本日はお大尽

 本日は迷宮探索がお休みの日。『栄光の階』は週休二日制だ。週の真ん中あたりに一日、週末に一日、休みにする方針らしい。


 というわけで、今日は初めてのお休みだった。実は冒険者になってから初めてのお休みでもある。冒険者活動が仕事だって意識がなかったから、毎日活動してたけど、よく考えるとブラックな環境だった。


 さて、初のお休みに僕が何をするのかというと、ショッピング! 何しろ、僕には金貨10枚がある。そう、あの水差しの売却で得たお金だ。


 欲しいものは色々あるけど、まずは防具屋さんかな。目をつけているお店があるんだよね。




 早速、目的のお店にやってきた。この防具屋さん、珍しく店主が草人なんだ。


 草人は、もともと草原地帯の遊牧生活をしていた種族みたい。見た目は僕やレイのような普人の姿によく似ている。ただ、種族的に小柄で大人でも僕の背丈ほどしかない。顔付きも普人から見ると幼く見えるから、よく子供と間違えられるって話はよく聞くね。


 多くの草人はとても自由気ままで、旅暮らしをしている者も多い。だから、行商人は多いんだけど、こうしてお店を構えてることは珍しいんだ。


「やあ、君は前にも来ていた子供だね。また、来たのかい」


 店主らしき草人がそう言って笑った。そういう店主も子供みたいに見えるけど、そう言うからには大人なんだろうね。


 僕がこのお店に目をつけた理由は商品の品揃え……というかサイズだ。店主が草人だからか、草人用の小さめサイズの防具も豊富に揃えてある。草人の大人が僕と同じくらいの背丈なので、僕にもちょうどいいサイズなんだよね。


「今日はお金がありますから、バッチリ買い物できますよ」

「おや、そうなんだ。それじゃあ、期待しようかな。予算はどのくらいだい?」


 予算かぁ。他にも色々と欲しいものがあるから防具にお金を使いすぎてもいけない。だからと言って、防具代をケチって死んじゃったりしたらそれこそバカバカしい。バランスが難しいな。


「頑張って金貨3枚……です!」

「へえ? お大尽じゃないか。それだけ出せるならオススメがあるよ」


 そう言って店主は店の奥に引っ込むと、黒いコートを持って戻ってきた。トレンチコートっていうのかな? 軍人が着てそうなイメージのカッコいいコートだった。もちろん、草人仕様だから僕にでもぴったりのサイズだ。


「これは冒険者だった僕の知人が愛用してた物なんだ。彼女はなかなか優秀な冒険者だったよ。草人の勇者だなんて呼ばれ方もしてたっけ」


 店主が懐かしむように遠くを見やった。

 彼の心に去来する想いを、僕は知る由もないけれど。それでもそのコートには様々な思い出あるのだろう。


 冒険者活動は楽しいことばかりじゃないってことだ。辛いこと、悲しいこともたくさんあるだろう。そして、そんな経験の中には死という残酷な別れも含まれる。自分が特別だと思っては駄目だ。僕だっていつか命を落とすかもしれない。


 しんみりとそんなことを考えていたのだけど――


「引退してからは随分経つからね。今じゃ見る影もないよ。あはは」


 生きてたよ!

 あの流れだと形見だと思うよね!

 そうだよね!


「今じゃ僕との間に子供もいてね。すっかり丸くなったもんだよ」


 しかも、惚気だったよ!

 なんなんだよ、もう!


 店主は僕の顔を見て、楽しそうにしてる。僕が勘違いするって、わかっててやったんだな。完全に遊ばれてるよ。


「ごめんごめん。君は反応が素直で面白いね。で、どうかな? 金貨3枚なら、かなりお得だと思うよ」


 ふぅむ。コートに金貨3枚って滅茶苦茶高いと思ったのに、店主の判断だとそれでもお得なのか。


 んー、鑑定したいな。お店の商品って、勝手に鑑定とかしていいのかな? 確認を取ればいいか。


「鑑定させてもらってもいいですか?」

「へぇ? そんなこともできるの? 君は本当に面白いな。もちろん構わないよ」


 鑑定は僕の能力じゃなくて、ルーペの力だけどね。こっそりと収納リングから取り出して、ルーペでコートを覗いてみた。


 アイテム名は『恩寵の外套』。品質評価はS。細かい数値はわからないけど、頑丈さはそこらの革鎧では比較にならない。そして、軽くて動きを制限しないので、僕みたいな戦闘スタイルだととてもありがたいよね。さらには、特別な効果まであるみたいだ。それは神の恩寵を賜った者が着用したときに、外套の性能が最大限に発揮されるというもの。


 【運命神の微笑み】が神の恩寵に当たるかどうかはわからない。だけど、それを差し引いても金貨3枚の価値は十分にあると思う。


 だけど、この性能で金貨3枚なら幾らでも買い手はいると思う。それをなんで見るからに駆け出しの僕に勧めたんだろう。


「なんで、僕にこれを?」

「んー? なんでだろうね。元々、妻からはこの外套の相棒を探してあげてって言われていてね」


 店主が言うには、日頃からこの外套に相応しい人物を見極めていたようだ。だけど、どんなに実力のある冒険者を見ても、どうもピンとこなかったらしい。


「だけど、君の顔を見てると、なんとなく譲ってもいいかなって気になってね。特に理由はないけど、強いて言うなら運命神の導きってやつかな?」


 草人は直感を大事にする種族。直感に従って行動することを、彼らは運命神の導きだって言うそうだ。だけど、今回のことは本当に運命神の導きなのかもしれないね。なにせ僕が持ってるスキルは【運命神の微笑み】だからね。


「そうですか。わかりました! 金貨3枚で買わせて貰います!」


 これも何かの縁だ。性能は申し分ないわけだし、買わない手はないよね。


「毎度あり。あ、そうそう、ついでに妻が使っていた双剣があってね。その外套ほどじゃないけど、なかなかいい品だよ。あと、外套だけいいのもバランスが悪いから、このブーツはどうだい。腕当てもあった方がいいかもね」


 了承の返事をした途端に、店主が凄く早口で商品をアピールしてくる。


 た、確かに武器も新調したいとは思ってたけど。双剣は……【短剣】スキルでも扱える? ああ、そうなんだ。でも、お金が――




 結局、なんだかんだで金貨5枚分の買い物をすることになった。いい買い物だったとは思うけど、少し疲れたよ……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る