11 鍛冶屋の弟子

 普通なら、彼の家に来る者などいるはずがない。


 村の鍛冶屋の家に来るのは、金属製品の修理を頼む村人くらいのものだ。

 外の住民が来るなど、普通は有り得ない。


 だが、その日は違った。

 かつて、村を救った冒険者の一人が再来したのだ。


「ベリルハート様、先日はありがとうございます。御礼も致しませんで申し訳ありませんでした。村長のタジンバールでございます。今日は、どの様な御用件で?」


 見張り台の当番から知らせを受けた村長が村の入り口で、その客を出迎えに来ている。

 村にとっては恩のある人物だ。村長は、そのまま自宅へと迎えようとしたのだが、等のベリルハートはソレを拒んだ。


「いや、村長。あの時は報告の為に急いでいたでな。で、今日はな、ここの鍛冶屋に用があってな」

「はて?ゼルドラートが何か失礼でもしましたかな?」

「そうでなはいのじゃ。町の鍛冶屋を紹介したいだけなんじゃよ」

「町の鍛冶屋を?」


 村長は、村の恩人に失礼があったわけではないと知って、胸を撫で下ろした。


「では、御案内しましょう。こちらでございます」

「で、では、世話になろうかのぉ」


 ベリルハートが鍛冶屋の家を知らないわけでは無いのだが、そうと知らない村長の行為を無にするのも無粋だ。

 村長の案内で村外れにある鍛冶屋の家に、彼等は向かったのだった。


「ゼルドラート、お客人が見えたぞ!」

「何だ、村長?おやおや、これは冒険者殿!」


 村の救世主の顔を、鍛冶屋のゼルドラートも知っている。

 顔を見るなり、ゼルドラートは、冒険者ベリルハートに頭を下げた。


「実はな、今日は鍛冶技術の伝授について話があって参ったの次第じゃ」

「鍛冶技術・・・・ですか?ソレは・・・ああ、アレですな」


 ベリルハートは、アキトラード側からの技術教授である事を巧く誤魔化した。


 村の鍛冶屋が、町の鍛冶屋に教えるなど普通は無い。

 誤魔化したのは、アキトラード達が技術を村長達に秘密にしているのか、していないのか分からなかったからだ。


 最初は話に見当がつかなかった鍛冶屋のゼルドラートだったが、冒険者が来た時に息子が対応した話を思い出し、息子への用件だと理解ができた。


「その件は、息子のアキトラードがお話ししますので、奥へどうぞ」

「そうか?では、世話になる」


 ゼルドラートは、冒険者と同行者を奥へといざなったが、村長も同行しょうとしたので、歪んだ表情でソレ拒んだ。


「あぁ、村長。案内をご苦労じゃったな。これからは仕事の話ゆえ、席を外してはくれぬか?帰る前に寄るゆえに」

「そうでございますか?では、御待ちしておりますので」


 ベリルハートにまで言われて、村長は渋々退いたのだった。


「アキトラード、お前に御客様だ」

「客?誰が・・・って、ベリルハート様?」

「おお、御主じゃ、御主じゃ!実はな、この【タントウ】とかに使われている剣の製法を、これなる奴に教えてやってはくれまいか?」

「はじめまして、ゼスで鍛冶屋をやっています【クリソヘリル】と申します。御教授については、勿論タダでとは申しません」


 ベリルハートは、アキトラードに貰った短刀を持ち出し、一人の男を紹介したのだった。

 そのクリソヘリルは、金貨の入っていると分かる袋をテーブルの上に出してきた。

 かなりの量があるのが、その音で分かる。


「ベリルハート様の武器を作る為に修得したいのですね?承知しました。御引き受けしましょう。別に門外不出という訳でもないので」


 アキトラードは金貨の包みを父親に押し付け、頷いた。

 内心は予定通りの進捗だが、あえて予想外だった様な顔をして見せている。


「まず、クリソヘリルさん。鍛冶をなさっていると仰ってましたが、この短刀について何処まで理解なさっていますか?」

「はい。このナイフは軟性の違う二つの金属が合わさってできている事と、それぞれに年輪の様な濃密がある事が大きな点です」


 どうやら、ある程度の分析はできている様だ。


「では、ソレによるメリットは御理解できますか?」


 日本刀の作製行程は、一般的な鋳造行程よりも手間が掛かる。

 だから、メリットが理解できなければ行う意味がない。


「刃物を作る上で一番大事なのは鋭さです。ただ、鋭いだけでは切り進む事ができない。ですから、二番目に大切なのが強度と言えます。理想的な刃物は、鋭く硬い刃物と言えます」


 真新しい紙で、手などを切った経験は有るだろうか?ただ切るだけなら素材はたいして関係がない。


「ただ、武器などの使い勝手を考えれば、ソレは出来るだけ軽い方が良いので、可能な限り薄い刃物が求められます。結果的にできた【鋭く硬く薄い刃物】は、今度は折れやすくなるという欠点を持ちます」


 剣同士のぶつかり合いや、盾との衝突により、折れたり欠けては使いものにならない。

 日本でも愛用されているオルファカッターは、その特徴を巧く利用した製品と言える。


「このナイフの良い所は、外側が鋭さを保ったまま、内側の素材が衝撃を吸収する【しなやかさ】を持っている点と言えるのだと思います。それにより、薄くても折れにくい刃物に仕上がっています。年輪構造の方は強度が増すのかどうかわかりませんが」


 全てを正解するのは無理だろう。

 ただ、彼の回答は及第点と言える。


「そこまで理解されているのであれば、そんなに期間は掛からないでしょう」


 これが、日本刀を作る上で、全くの素人を教育するのであれば数年掛かるのだが、今回は武器の鍛冶職人である上に【日本刀】と言うわけでもなく、【多層構造の武器】なだけなので、基礎学習と実演だけで済む筈だ。

 掛かっても数ヵ月で済むだろう。


「狭い所ですが、本日は取り合えずココでお休み下さい。明日より詳細と行程の説明を致します」


 部屋は、ゼルドラートが結婚した時に、子供が増えるのを見越して増設した物だった。

 実際にはアキトラード以外は使う事が無かったが。


 空き部屋をクリソヘリルにあてがい、ベリルハートと話をして、四人で軽食をとった。

 軽めなのは、ベリルハートには村長宅での歓迎が待っているだろうからの配慮だ。


「ちょうど、二刀流の為に、もう一振り作ろうと思っていたんだ。資金も入って一石二鳥だな」




――――――――――


 ココでは、先に鋳造による剣の製作について簡単に語ろう。

 基本的に、中世風の剣の作り方は、量産のきく鋳造によるものが多い。


 鉄鉱石を精錬して作った鋼鉄までは、省略する。

 村の鍛冶屋が、鉄鉱石や砂鉄から玉鋼たまはがねを作る事は稀だからだ。

 砂鉄から三日ほどかけて【たたら】と呼ばれる製鉄法で作る鍛冶屋も居るが、ここでは省く。


 既に、精錬済みの鋼鉄などが塊として手配できるものとして進める。


 先ずは、耐熱性粘土で剣の型を作り、流し込むだけの状態にしておく。

 耐熱陶器で作った炉に精錬された鉄を入れ、木炭などで加熱して融点を越えるところまで持っていく。あまりギリギリだと流し込みの時に塊となるので、やや高温が必要だ。


 十分に溶けたら粘土の型に流し込み、十分に固まるまで冷やす。この時に形が崩れなければ良いので、常温まで冷やす必要はない。


 型となっている粘土を崩し、取り出した剣を木炭などで再び加熱し、柔らかくなったらつちで叩き錬成をする。


 鎚で何度も叩く事で形を整えると同時に、内部の空気などの不純物を排出させる働きがある。


 空気などの不純物が多いと強度が下り、一部に固まると製品が剣同士の打ち合いなどで衝撃を受けた時に、ソノ部分から崩壊が起きやすくなる。


 形が完成したら、焼き入れと急速冷却で分子結合を更に硬くする。


 最後に研きを掛け、握りとなるつかなどを取り付けて完成となる。




 参考までに、古き鉄工業では主に二種類の鉄が使われる。

 混ざり物のほとんど無い純鉄は【軟鉄】と呼ばれ、曲げても折れてはいけない釘や針金に使われている。


 炭素を多く含んだ炭化鉄は【鋼鉄】と呼ばれ、変形しては困る武器や縫い針、金具に使用されている。

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