10 善人ではない

 交渉しようとして帰ってきた答えに、野盗は呆然とした。

 この自称【鍛冶屋】は、はなから四人相手で勝てるつもりでいたらしい。


 それも、ただの腕試しだと言う。


 逃げる訳にはいかないが、野盗はアキトラードから間合いをとった。


 それを見たアキトラードは、残った野盗を尻目に、倒れた死体から武具や金目かねめの物を剥ぎはじめた。


「(これはチャンスか?いや、誘い込みだ。相手は剣を手放してはいない)」


 野盗の手に一瞬だけ力が入ったが、すぐに様子見に切り換えた。


 アキトラードは、めぼしい物品を剥ぎ取った後に、最初の一人の様に肉体を破壊し始めたのだ。

 頭だけではなく手足や胴体、衣服の大半が、ホコリの塊の様に変化して崩れ落ちていく。


「一応は世間体も有るから、死体は始末しとかないとな。こう言うのを地球の日本よそでは【盗人ぬすびと上前うわまえを取る】と言うんだ。さっきも言ったが、【趣味】なんで色々と金がかかるんだよ。まさか俺を善人だとでも思っていたのか?」


 御頭おかしらすら倒し、魔法すら効かず、思うがままに瞬殺できる上に、自分達を腕試しの道具や小銭を稼ぐ獲物としか考えていない相手に、野盗は体験をしたことのない恐怖を感じる。


 単に被害者と加害者が逆転しただけなのだが、自己中心的な野盗には理解ができない。


「(に、逃げなければいいんだよな?)か、金を用意する。持ってくるから助けてくれ」


 野盗は持っていた武器を投げ出し、地べたに這いつくばって頭を上げ、アキトラードの手にしたお頭の金袋へと視線を動かした。


 それを見たアキトラードは、肩を落として溜め息をつく。


「元々、お前達は金が無いから村を襲ったんだろうが?それに、戦いから【逃げた】な?」


 既に嘘を見抜かれており、【逃げ】を指摘された男は、目を大きく見開いたまま頭が灰色に変色し、頭部だけが地面に崩れ落ちた。


 一応は周りを見回し、他に獲物が見当たらないのをカクニンシテ溜め息をついた。

 まだまだ満足のいかない彼だったが、再び崩れ落ちて土の様になった死体を見て、アキトラードは眉間にシワを寄せた。


「あ~ぁ、これはもう、職業病だな」


 目を閉じ左右に頭を振った後に、死体だった塊の中をまさぐって、幾つかの金属片を拾い集めた。


 高度成長期以後の日本では有り得ない行為だが、機械化による大量生産大量消費の無い中世レベルのコノ世界では、金属は貴重品だ。

 村の鍛冶屋では、地金から新製品を作るより修理やリサイクルが主で、小さな金属片すらも追加資材として必要になる。

 村では鉄と銅が主流で、それらの金属は一部の衣服の装飾や部品として使われている事がある。


 転生した後の習慣だが、彼は貴重な金属片を捨て置く事ができなかったのだ。


 こうして手に入れた品々を一ヶ所に集め、彼は来た道を帰ってゆく。森に隠していた背負い袋を回収に向かうのだ。

 死体同様に、放置しては誰かに発見される恐れがある。

 かと言って、このまま【戦利品】を下手に持ち帰ると、他の村人にも勘ぐられるので、手に入れた武器や装備品を森に隠しておく為だ。


「現金は、そんなに無いな。武具は手直しをして行商人にでも売るか?どちらにしても、数日後の話だな」


 “五人分”の武器や装備品の入った袋を森の洞窟に隠し、今度は森の中の水溜まりへと向かう。


「やっぱ、二刀流にしなきゃなぁ。いくらファンタジー世界でも、地球と同じ様に複数の敵を相手にする場面が多いみたいだ」


 地球では、刀を闇ルートで販売した時に、暴力団の抗争に巻き込まれた事もあった。

 多数の敵を相手にするのが当たり前だったのだ。


 ゲームや小説では雑魚キャラを除いて、敵役が多数やチームプレーをする事がない。

 仮に、四天王と魔王が連携して、勇者一人を迎え撃つなんてされたら、余程の屑ストーリーでも無ければ勇者は勝てないからだ。


 到着した水溜まりで上着に付いた血を洗い流す。

 顔や髪についた血も拭き取る事を忘れない。

 最後に刀を洗ってから水気を拭い、油布で磨いてから鞘に納める。


「帰ってから、ちゃんと手入れをしないとな」


 動物の血液には酸化鉄と水分、脂が含まれているので、ちゃんと手入れをしないと錆の原因となる。


 刀を痛めない為には使わないのが最善だが、【美術品愛好家】でない彼には【使わない】と言う選択肢は無い。


 森に来た言い訳を考えながら、アキトラードは村への道を帰って行った。




「おい、もう行ったか?」

「ああ、大丈夫だろう。どうやら感知系は不得手な様だ」


 アキトラードが去った後に、森で話し声がする。


「あれは、どう見ても日本刀だよなぁ」

「【ニホントウ】って何だ?」

「いや、何でもない。しかし、何者だ?魔族でも無さそうだが、おかしな魔法を使っていたな。阻害系と腐食系か?」

「何にしろ危険な奴だ。ここは接触を控えて、情報収集が先だろうな」


 魔族の襲来による、近郊の冒険者派遣。

 撃退後に野盗が村を襲った。

 だがコノ件で、村を訪れたのは、彼等だけでは無かった様だ。





「何処に行ってたのよ?心配かけて!」

「ごめんよ。三人掛かりで一人を倒したら急に怖くなって、森に逃げ込んでたんだよ」


 村に帰ってきたアキトラードを見付けて、リーリャンスが詰め寄ってきた。


「結婚前から尻に敷かれてるな、アキトラード!」


 見かけた村人が二人を茶化す。


「いくら身を守る為とは言え、人間を手にかけるなんて、普通の村人には無理だし恐いわよね。私も隠れていたし」

「でも、俺は男だから、何とか皆を助けようと頑張ったんだけど・・・もう御免だな」

「そうよね・・」

「ああ。俺は兵士でも冒険者でもないんだから、危ない事はしちゃあいけないな!」


 そう、アキトラードは村人で鍛冶屋で趣味人だ。


 そして【善人】でもない。あえて今回の事を言えば【辻斬り】。

 刀の試し斬りがしたくて仕方がなかったのは確かだ。


 だが、自分の周りに自発的な争い事を起こさない分別ふんべつは有る。

 そして、保身の為に嘘をつくのに何の苦もないのだった。


「魔族に続いて、盗賊団とか不幸続きよね。ゼルおじさんにも平和なうちに、結婚した方が良いって言われたんだけど、決心してくれたの?」

「あ~、うちの親父が愛想良くしているからだろうが、貧乏な鍛冶屋に結納金なんて出せないよ。リーリャンスも、俺なんかじゃ嫌だろ?」


 アキトラードとリーリャンスが仲良しなのは、たまたま同じ年代の子供が村に居なかった為だ。

 子供の交友は年齢の近い者を求めるが、結婚相手となると、かなりの年齢差まで許容されるので対象者が増える筈なのだ。


 この世界は、日本のラノベが基礎になっているので、結納金の習慣がある。

 花嫁側の裕福さに比例して相場が変わるが、リーリャンスの家は、村長に次ぐ大農園なので結納金が馬鹿高くなる。


 リーリャンスが言い寄ってくるが、とても村の鍛冶屋が用意できる額ではない。


 もとより、前世では三回も結婚して全て別れたアキトラードは、肉体的興奮は別にして、結婚と言うものにポジティブにはなれない。

 ましてや、裕福な家の御嬢さんに、鍛冶屋の女房が務まるとは思えない。


「俺も、リーリャンスも、別の相手を選ぶのが妥当じゃないな。村長んの息子が独身だったろう?」

「テバールンドの事?あれはオジンじゃないの!あなたなら結納金なんて要らないわよ」

「当人同士が、どう思おうと、村と言う小集団コミュニティでは、そうはいかないんだよ」


 後々に遺恨を残し、最悪アキトラード達が村を追われる可能性もある。

 最低限は、ちゃんとした結納金を入れておく必要が有るのだ。


「(前世では女運が悪かった。と、言うより俺の性根の問題か?)」


 生まれ変わっても【刀馬鹿かたなばか】の自分なんかと、一緒になっても幸せになれる筈がないと客観的にも判断できていた。


 彼の元に嫁ぐ女など、生活に困り行き遅れた不細工な女しか居ないだろうと考えており、ソレはリーリャンスの様な御嬢様ではない。


 何より彼は、エゴイストな悪人なのを自覚していたのだから。


 普通なら、彼の家に来る者などいるはずがない。

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