6.まだ朝だっいうのにぐったりだよ……
「エヴァリア嬢、来てくれたか。やっぱりエドに頼んだ甲斐があったな。我は嬉しく思うぞ」
「ラジア王子にご挨拶申し上げます」
(あ、おはよう……)
教室に入るなり、ラジアに話しかけられた。登校だってラジアの要望なのだから、声を駆けられて当たり前と言えば当たり前なのだが。それにしたって、機嫌が良さそうな笑顔を見せている。
「そなたが再び学園に通うのを、今か今かと待っていたぞ。賢いそなたのことだ、学園なんてものはなくとも立派なのだろうが、我のためと思って辛抱してくれ」
「とんでもございません。ラジア王子にご指名いただき、大変光栄にございます」
(はぁ、ほんとめんどうなことに巻き込んでくれたよ……)
教室にはもうほとんどの生徒が揃っている。それぞれの派閥などで小グループに分かれていて、ひそひそ会話をする様子は私が見て来た学生生活となんら変わりはない。
その一番大きな集団、中心にはワカナが居る。私達が入ってきたことに気づいているはずなのに、背を向けて知らんぷりをしている。周りを囲う令嬢達がちらちらと、敵意のこもった視線を投げてくる。
「3ヶ月のブランクがあるが、ついていけそうか?」
「
(心配、してるつもりなのかな? それなら学校に呼び戻さないでほしかったんだけどな)
そんなことはお構いなしに構ってくるラジア。私がそう答えると、心底面白そうに笑い声を上げた。
「はっはっは。さすがはエヴァリア嬢。我の予想など遥かに超えてくるなぁ」
「ラジア、私もいるのだけどなぁ」
ラジアの笑い声を遮るエドワード。そうだ、肩を抱かれたままだった。さりげなく、その手から逃れる。
「おぉ、我が親友よ。これは失礼、エヴァリア嬢しか見えずに居たことに気がつかなかったわ」
「私の薔薇が美しいことは同意するが、親友を忘れるとは随分な態度だな」
なんだろう。2人とも爽やかな笑顔なんだけど、ピリついた空気を感じる。会話に混ざった方がいいかな……。
「ラジア王子、もうこちらでの生活に慣れましたか? エドワード殿下と、市井を視察なさったりしていると聞きましたが」
(えっと、ラジアは普段何して過ごしてるの?)
「エヴァリア嬢、よくぞ聞いてくれた。最近エドと行った甘い菓子の店がとてもよくてな、今度そなたとも行きたいと思っていたのだ」
「まぁ! ラジア王子が気に入る店ですもの、きっととてもよい店なんでしょうね。ぜひ、エドワード殿下とご一緒したいものですわ」
(この前のお茶会でも甘い物持ってきてくれたし、甘い物が好きなのかな)
「はっはっは。できれば我はそなたと2人で行きたいのだがなぁ」
「ラジー? 冗談もほどほどにな」
にっこり笑うエドワードの顔が怖い。これは完全に怖い。
「ラジア王子お戯れを。
(お願いだから、勘弁してよ)
「よいよい、代わりと言ってはなんだが我のことはラジーと呼んでくれぬか? 親しい友人や家族、それから恋人に呼ばせる名前だ」
そう言われてぎょっとした。原作にも出てこなかったラジアの愛称。それを教えられるなんて。原作でもストーリーがかなり進んでからじゃないと出てこないのに。
「恐れ多いことでございます。これから親しくさせていただきたく思いますが、今はまだラジア様、と呼ばせてくださいませ」
(愛称って……そんなの呼べないよ……)
「はっはっは。では仲良くなれるよう、我は努力するとするか。……なぁエド、そんな怖い顔で睨まんでもよかろう? そなたも我の愛称で呼んでいるではないか。親友の大切な婚約者だ。等しく大切にするものであろう?」
「そなたの国では知らぬが、この国でそのようなことは度が過ぎているのだ。我が国に学びに来たのであれば、受け入れるべきと思うが?」
「異文化交流ということであるのだから、我が国の文化も受け入れるべきであろうが、違うのか?」
……なんだろう、2人の間でバチバチと火花が散っているように見える。周囲の生徒からの視線が痛い。純粋な好奇心と、自分の家門に少しでも有利な情報がないかという下心が滲んでいる。
多分、あんまり好ましい状況じゃないよね。
「恐れながら両殿下」
(あのちょっと)
私の方を向く、2人の両目。それから教室中の視線。
「どちらの言い分も正しいと思いますわ。エドワード殿下はラジア様の国での習慣を受容するべきですし、ラジア様は
(とにかく、ここはどっちが良いとか悪いじゃなくて、言い争いみたいなのをやめないと。周り見てよ、みんな好奇心でこっちを見てる。このままだと変な噂が立ちそうだよ……)
私がそう言うと、黙って顔を見合わせる2人。バツの悪そうな顔を一瞬見せてから、すぐに笑顔になった。
「エヴァリア嬢の言う通りだ」
「ラジア、すまなかった」
「いや我こそ、悪かった」
そう言って固い握手を交わす2人。自然と沸き起こる拍手。ナイスタイミングで教室へ入って来る教師。……いや先生、あなた絶対外で様子窺ってたでしょ。
生徒間で何かあったとしたら、一応仲裁に入らなければならない。でも隣国の王子と自国の王子のケンカでは話が違ってくる。よほどの格の高い家門でなければ、見て見ぬふりをするのがふつうだ。どちらについたかで、家が滅びる可能性だって大いにあるから。
こういう時、レトゼイアで良かったと思うけど、責任が重いとも感じる。
「皆さん、おはようござ」
「先生」
とにかくやっと授業が始まると、ホッとしたのも束の間、弱々しく手を上げたのはワカナだった。
「高橋さん、どうしたんですか?」
「あの、私、今日体調が悪くって……。ちょっと休ませていただいてもいいですか?」
細く弱く、震えを滲ませながら言ったワカナ。
もしかしたら本当に具合が悪いのかもしれないけれど、今までのことを思うとどうせそれも演技なんだろうな、とか思ってしまう。っていうか、朝あんなに私に詰めて来たんだから、体調が悪いなんてことはない。そう、絶対ない。
「かまいませんよ。どなたか、付き添いをお願いします」
先生がそう言うとワカナはすがりつくような目で、ラジアをそっと、でも強く見ていた。あの視線に気づかないはずもないのに、ラジアは素知らぬふりをしている。今度は何を企んでるんだろう……。
「ワカナさん、大丈夫ですか?」
「朝お会いした時におっしゃってくれればよかったのに」
「さ、参りましょう」
見かねたワカナ派の令嬢達が立ち上がって連れて行った。
「お騒がせして、申し訳ありません。先生、どうぞ授業をなさってください」
教室から出て行く時に、ワカナは立ち止まってそう言った。
ワカナがわざわざ言うべきことではないと思うのだけど。もうダメだ。ワカナがみんなの気を引きたいだけに見える。いたよね、こんな人。中学生くらいの時に1人や2人さ。
「あぁ、うん。そうだな」
先生もほら、わけのわからない返事をしている。
綺麗なお辞儀をして去っていくワカナの後ろ姿は、とても体調不良に思えないほどしっかりしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます