第20話 裏を突け!
望月に何か策略を授かったのか、斎藤は不気味に薄く笑って、ゆっくりと振りかぶった。同時にこちらの多賀も、不必要なほど大きくバットを後ろに引いた。
投げた。大きく上から下に落ちる、およそ適当にバットを振っただけではまず当たらないようなカーブだった。そう、当たり前のことだけれど、斎藤は普通に変化球が使えるのだ。それも烏野と同様程度には多彩な球種で。これと速球ストレートを併用されたら、まず打つことは難しい。富風がツーベースを打てたのはまぐれだったのだ。きっと斎藤も油断していたのだろう。
でも、なぜか多賀は、バットにボールを当てた。比較的小振りな振りだった。おそらく多賀は最初から大振りする気はなかったのかもしれなかった。斎藤の逆張りを読んでいたのかもしれない。
そして、さっきの富風のツーベースもあって、外野が深く守っていたのが、都楽高校には致命傷だった。多賀の打球は、比較的落ちるまでに時間をかけながら、レフトの前にポトリと落ちた。
そうなると、烏野を除けばうちの部では一番の快速といわれる富風は、余裕でホームインに成功した。
「やったぁ! 先制だ、先制だ!」
桐原先輩、利尻先輩、烏野がパン、パン、パンとテンポよくハイタッチを交わした。まさかとは思っていたけれど、こんなにうまく点が入るだなんて。これは本気で勝てそうかもしれない。
花野がそっと僕の耳に口を寄せてくる。
「中海先輩、もちろんこれも今日の作戦のうちなんですよね? ただ大振りするだけではないという……」
「そうだよ。大振りはいわばミスディレクションなんだ。向こうがこちらが大振りしてくると思い始めたときに小振りする。向こうがこちらが小振りしてくると思い始めたときに大振りする。ーー本当はここまで極端にやるのは外道なんだけどね。でも、こうまでしないと、都楽高校に対抗するのは難しいと思ったんだ」
最初は、打者がひとまわりするまでは全員大振りでいこうと思っていた。でも、多賀は僕の言葉の真意を読み取ってしまって、早めに実践してきたというわけだ。なかなか使える奴だ。
さあ、幸先よく先生できた。今日の試合はうまくいきそうだぞ。
⭐︎
ーーと、1回裏には思っていたはずだったのだけど。
「………………」
これから9回裏の攻撃を迎える近山高校のベンチは、ずっしりと沈んでいた。
それもそのはず、僕たちは現在のところ、5対2でリードされている。僕たちは3回に1点を、5回に2点を、7回に1点を取られた。7回の1点のタイミングで烏野を利尻先輩と交代させたのだけど、利尻先輩もさっき9回に1点を取られている。
対してこちらの攻撃はどうかといえば、6回になんとか1点を返しただけ。やはり斎藤を打ち崩すのは難しく、都楽高校に試合の主導権を握られてしまっている。
さらには。
「なんでよりにもよって今からの攻撃が、6番からなのかなぁ……」
バリバリの下位打線なのだ。しかも、今日のうちの下位打線は、軒並み全滅しているのだ。6番から9番までは文字通りほとんどが三振しかしていない。
「せめて8回に点が入ってればなぁ……」
8回は1番富風からの上位打線で、ランナーも出したのだけど、5番の利尻先輩が内野ゴロに倒れて、無得点に終わってしまった。惜しいところだったのだけれど。
6番の
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