第11話 オタク君、ご都合薬を被る。

 「せーいりーんさまぁ」

 スリスリスリスリスリスリ、リスリスリスリスリスリスリス。

 「・・・?」

 「ねー、構って!構ってよ!」

 「・・・・・・は?」

 「申し訳ございませんっ」

 1年生の調合室にて、俺に文字通り擦り寄る愛し子、顔面蒼白の下級生たち、傍らには割れたフラスコと飛び散った濃い紫色の液体。

 「ま、ままさか、わたくしどももこんなことになるとは」

 「『こんなこと』?」 

 「ひいっ」

 山蛇の一件から数日経ち、新しい龍の石を龍王様より賜ったので首飾りにした物を明日にでも渡そうと思ったらこれだ。なんだ?なにか仕組まれてるのか?



~4時間前~

 「あの山蛇がなにかしでかさないとも限らないので、しばらくは教職員や力のある学生たちで1年生の授業を見守ることになりました」

 ふむ、妥当だな。

 俺は教務課の言葉に無言で頷いた。

 「しかし、あまり関わりのある者が見ると、良からぬことを企む者が出るやもしれません」

 まぁ、可能性としてはあるな。

 「という訳で、青林君は誠君のクラスに近寄らないで下さい」

 「なぜだ!!??」

 「『良からぬこと』には風紀を乱すようなことも含むんです!そして現在、この学園でやらかしそうな生徒第一位は貴方です青林君!」

 「だが、俺以上に誠を守れるやつはいないぞ?どうするんだ?えぇ?」

 「仮にも龍神でしょう貴方。そんな輩みたいなメンチの切り方しないで下さい。それにその袂にあるのはビー玉ですか?もしそうなら誠君の専属護衛生徒に任命しますよ」

 その時、既に俺の袂には新しい龍の石があった。

 「・・・チッ」

 「舌打ちしない!」



 「ねーえ、せいりーんさ、まっ」

 思わず意識を今朝に飛ばしていた俺の横では、構って貰えないことに業を煮やした誠がぴょんぴょん跳ねて俺に抱きつこうとしている。なんだこの生き物。可愛いが過ぎる。

 ひとまず頭をポンポンとしてやると「えへへ」と締まりの無い顔で笑った。不思議と癒されるな。

 時間経過で固まる紫色の液体を下級生が必死に片付けていると、恐らく液体が服に付いたのであろう生徒が横をそそくさと通り水場へ走る。その時に微かに香った植物と紙の匂いから、液体が「欲望を引き出す」薬だと分かった。本当、誰だこんな都合の良い状況を生み出したのは。

 「せいりんさま、好き、好き」

 腕に引っ付いて頬擦りする誠にまたしても教室中がぎょっとしてこちらを見た。先日の騒動で誠が俺の「愛し子」であることはほぼ公然になってしまったが、やはり俺相手にこうしてデレデレしている姿には驚くようだ。薬の色合いからして調合は成功しているし、こうして俺に甘えたいというのが一番強い欲望なのは確実だが、それが更に驚きに拍車をかけているらしい。

 「・・・誠、ひとまず離せ」

 「や!!」

 腕に手をかけた途端に俺の腕を抱える力が強くなった。確か人間界にはこういう人形があった気がする。

 「離したらどっか行っちゃうでしょ!ふわふわって!やだ!俺の!俺の龍神様なの!」

 俺は風船か綿毛か?いや空は飛べるが。

 思わず心の中でツッコんでしまったが、青林おれという個神こじんへの独占欲がなんとも言えず愛おしく感じた。青龍の一族である俺を独占したいとは、なんともまぁ大それた願いだ。が、それが心地よい。大地を蹴る生き物が天を舞う俺に一心不乱に両手を広げる姿は、確かに滑稽に思う者もいるだろう。しかし、俺はそんな姿が愛いと思う。特にこんな愛らしい子ならばなおさらだ。

 「どこにも行かないぞ」

 もう一方の手で撫でながら言うが、誠は首を横に振るだけだった。

 「約束だ」

 「・・・・・・本当に?」

 「青龍の名にかけて」

 「ん」

 恐る恐る手を離した誠の頭を一撫でし、少し屈んで額同士を合わせた。

 「               」

 「?せいりんさま?」

 「               」

 「あ、れ?う、ん?」

 「               」

 人間の耳には風の音にしか聞こえない声で、理性を取り戻す術を少しずつかける。いきなり戻すと力のない誠には効き過ぎてしまうかもしれないため、直接接触して術をコントロールする。何故か隅で顔を赤らめる生徒がいたが、なんだ?

 「               」

 「ぅぉ、ぉ、ぉぉぉ」

 「               」

 「・・・・・・」

 「               」

 「・・・・・・」

 何も発しなくなった誠は、やがて顔を真っ赤にしてプルプルと震え出した。

 悪戯心で術をかけ終えてもしばらく額を付けたままにしていると、先に誠が折れた。いきなり五体投地して

 「もうお婿に行けないっっっっっ」

と泣いた(いや「鳴いた」)。

 「なにをそんな慌てている?」

 「うわああああん、このっ、このっ、ひ、人の心を弄んで!あんな近距離、ひどい!」

 「なんだ?俺の顔が嫌だったのか?」

 「ふざけないで下さい!最高に決まってるじゃないですか!なに言ってるんですか!」

 わーわーぎゃーぎゃーと騒ぐ誠に別の意味で教室がざわつく。だがこれで良い。

 「くそう、死ぬほど格好良かったぁぁぁ」

 「そりゃ良かった」

 あんなに可愛い様子、他のやつにあれ以上見せてなるものか。

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