オタク君、2次元男子と恋をする。

猫助

第1話 オタク君、出会う。

 異様に高い天井。高そうな灰色の壁に、蔓のように這う白い幾何学模様。壁に掛けられたランタンの中では白い炎が揺らめいて、縦も横も3mはある出窓の外には絵画のような神秘的な海と山が絶妙な割合で広がっている。

 間違いない。これは、俺が愛して止まない幻獣擬人化学園コンテンツのゲームアプリ「キセキのモリビト 集結ノえにし」での学園背景~廊下~だ。

 (これが噂の異世界転生・・・!)

 オタク歴の長さから危機感や困惑よりも興奮が勝った俺は、後ろからぬるんと現れた影に気がつかず。

 「俺の、愛し子よ。ようやく相まみえたな。大変嬉しく思う」

 それが世界で一番整った顔と世界で一番美しい声だと思っているガチ恋キャラであること、俺が彼に言われたらタヒぬだろうなと思っていた台詞を言われたこと、なんか知らんが好感度が高いことなどが僅か10秒ほどでファミコン並の容量しかない俺の残念な脳内に流れ込んできた。結果。

 「ふ、ぷふしゅう・・・」

 黒歴史確定の意味不な鳴き声が漏れた。



 俺の名前はまこと。先日20を迎えた大学3年生で、オタク歴は11年目。ついこの前まで年齢=恋人ナシどころか年齢=恋愛経験ナシだった俺は、とある出逢いを果たした。それが幻獣擬人化学園コンテンツ「キセキのモリビト」に登場する、青龍の一族である青林せいりん(様)。アプリのメインストーリーにて下級生を庇い負傷した親友に対し、普段は高圧的な言動で恐れられている彼が取り乱しながらも適切に処理する姿にノックアウトされて以来、気がつくとずっとそのキャラを考えていてずっとドキドキしてふわふわして~なんて、我ながら随分とお熱なのだ。青林の素晴らしい所はそれだけでなく、学生らしく(「キセモリ」は8年制の学園を舞台に、幻獣や人ならざる者の流れを汲む学生たちが成長していく物語だ)はしゃいだり笑う姿がこれまた心臓にストライクだったりして・・・いや、脱線した。戻そう。

 んで、そんな俺が毎日のアプリログインを欠かす訳もなく。今日も今日とて、wkwkしながらアプリをタップした。が、何故か反応せず。他のアプリはタップしてすぐ開いたのでスマホの問題ではないなぁ、と適当にゲームアプリをタップしまくった。すると、起動と同時に生活感溢れる自室から世界遺産と見紛うばかりの建物、つまり今のこの場所へ移動していた。

 いや本当、どこのラノベっすか。



 強制再起動した俺はそんなことを青林に語った。何故か分からないが、青林はよく俺の話を聞いてくれた。その途中で手を取られそうになったが、イラスト等で見まくったどこか細身で繊細な雰囲気を纏いつつも適度に厚くて血管の浮いた丈夫そうな日焼けした手が俺に向かって伸びてきているのに命の危険を感じたので、丁重に断った。ああもう少ししょんぼりすんのなに!?ごめんね!?でもさっきから俺の心臓破裂しそうなんだ、許して下さい!?

 「ふむ。どうやら、そのタップが原因だな」

 しょんぼりモードから一転してキリッとして幻獣の威厳に満ちた様子になった青林はそう言った。

 「愛し子、『うほ』は分かるか?字面はこうだ」

 一本だけ付け爪がある中指が空中を切るように横に動くと、緑色に発光する漢字が浮かんだ。「禹歩」。

 「道術とかの特別なステップのことですよね?魔除けとかそんな感じの」

 「そうだ。恐らくだが、タップが何かしらの術に触れたか力を得てしまったんだろう。確率としては低いが、まぁ他の可能性よりは高い」

 Q.そんなことあるの?

 A.少なくとも、俺は今文字通りの異次元にいます!

 「ところで、これからどうするつもりだ?」

 「え?えーと・・・どうしましょう?」

 「元の世界に帰りたいとは思わないのか?俺が言うのも難だが、こういう時は慌てるだろう?知っている世界とはいえ自分の住む世界ではないのだ。俺のことも、すんなりと受け入れるとは。それとも余程頭が

 「ちょ、ちょっと待って下さい!どうして俺がこの世界を知っているって体で話すんですか?だって、えー、貴方、は

 パニクりつつもゲームのキャラなのに、とは流石に言えなかった。が、青林は小馬鹿にしたようにフッと笑った。

 「なにを言うか。我が愛し子のことは随分前から知っている。それこそ次元を越えて、な。この俺に飽きもせず懸想するなど、愛いくて仕方がない。それに、我ら青龍の一族に次元や存在など関係ない。我らの力を見くびるでないぞ」

 ほう??????

 「あー、だが。クククク。特にあれは面白かった。俺が鳳凰の一族の結婚式に出席した時の愛し子の反応といったら、クククッ、今でも笑える」

 ソレハ ヒョット シナクテモ オレガ ハッキョウ シタ ケッコンシキイベント ノコト デスヨネ? エ、アレ シッテルノ?

 「この青龍に不可能はない。いつかお前に会いたいと願っていて、こうして叶ったようにな」

 「・・・ピギャ」

 黒歴史リターンズ☆


 「それで、どうする?まぁ、せめて往来が可能になるまでは帰さないがな」

 (ああ、この威圧感。流石です。感動です)

 これ以上黒歴史を増やす訳にはいかないと、鳴くより言語化することにした。嗚呼、オタクが溢れる。ついでに愛も溢れる。

 「となると俺は、どうなるのでしょう」

 「お前に意思が無いのなら俺の希望を通すことにしよう。それ」

 何かを撒くような仕草をすると同時に俺の部屋着が一瞬にしてキセモリの学園服へと変わった。

 「!?!?」

 「喜べ。俺が自ら与える物だ。後生大事にせよ」

 青林の手で緑の石がついた鮮やかなネックレスが掛けられる。ひょえ。

 「これで俺の愛し子だと誰もが分かる。これからは、俺の言葉をよく聞き、俺の隣で生活し、俺にだけ思いを寄せろ。良いな?」

 「は、ひゃい」

 「クッフフフ、良い返事だ。アッハハハハハハ」

 それからひとしきり笑って満足したらしい青林は、着いてこい、と俺に示した。慌ててその背中を追うと少し睨まれ、思い直して真隣に立った。

 (うっわぁ満足そうな顔もカッコイイ)

 俺、尊いが原因の心臓破裂で死んだ貴重な症例になるかも。

 「そう言えば。」

 「?」

 「お前、俺に『愛し子』と呼ばれてどうだ?」

 プレイヤーを「お前」呼びする設定なのは青林だけだったはずだ。で、「愛し子」はいつだか俺が二次創作で見て「こう呼ばれたら最高だろうなぁ」と涙した呼称。ん?え、あ、

 「っへぁっあ!?」

 「ブッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!」

 

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