BR:二刀流にもロマンス
いすみ 静江
B:二刀と流
東京にもまだ広い公園があり、
学園都市となっており、その一つ、
美花は、彫塑を専攻している。
十二月ともなれば、卒業制作も仕上げの段階だ。
逢魔が時を知らせる鐘が公園から聞こえて来た。
「そろそろ、お腹も空くだろうなあ、
さっとロッカーへ行き、上着に鞄と支度する。
「
「おう! シュタタタとごはん食べて来るね」
美花のうちは、ペットと住めるメゾン・アキュータの四階だ。
そこには、二羽の可愛い野郎どもがいる。
階段を踏む足も軽快になった。
「うさぎさんは、元気かな? 時代劇で、刀を二振り持ったお侍さんの様子と、その守りたい姫が手水で手を清めている姿から流れを感じ、命名したのよね」
うさぎさんを思い浮かべると、満面の笑みになる。
三階の踊り場をターンして、四〇三号室も目前となったときだ。
一瞬で背筋が凍った。
「はや! ああ……」
階段を踏み外した。
豪快な音を立てて、落下する。
頭から落ちてしまい、全身を打ってしまった。
最期に思い浮かんだものなんて、儚い間に過ぎて行った。
◇◇◇
「どこだ? それに寒い……」
美花は、生きていた。
ログハウスのような部屋から、窓の外を見ると、何やら賑やかだ。
「ええ! うさぎさん、ばっかり!」
この世界は、うさぎで溢れかえっているようだ。
ドアがノックされると、白うさぎが物腰もやわらかにこちらに食事を持って来た。
「お声が聞えまして。お目覚めですか? 旅のお方」
「これ、夢よね。私がうさ語を話せるなんて。あ、白うさぎさん。ここはどこですか?」
美花は、ベッドから体を起こした。
「うふふ。おかしなうさぎさんだこと。ここは、四季の美しいアキュータ国ですよ。それから、私は女将の
「はあ? 誰のことをうさぎさんと」
美花は、自身の手を見て、唖然とする。
「もふもふだ! 茶色の毛がふっさりしている」
あまりにもうさぎを可愛がったせいか、転生したのだろうか。
窓から見えるのは、茶うさぎ、灰色うさぎ、黒うさぎ、皆、愛らしい。
「この国にも冬将軍が来ましてね、人気の祭典、スケーター大会が催されているのですよ。ご存知ですか?」
美花は、キャロットスープをいただいていた。
具は小さなニンジンで、スープは野菜ジュースみたいなニンジンに果糖が入ったような風味だ。
「うさぎさんがスケートって萌えるわ」
「第百回と言う節目でして、旅籠も賑わっております」
ファンファーレに続き、音楽が聞こえて来る。
「スケーター番長は、大会曲ですから、わくわくしますね」
「ごちそうさまでした。美味しかったわ」
お腹もうさぎさん仕様のようだ。
「私でよろしければ、ご一緒に行かれますか?」
「是非ともです」
宿から歩いて直ぐの所がリンクになっていた。
アナウンスが聞こえる。
『――次は、男子スケーター・シングルです。皆さん拍手でお迎えください』
拍手喝采だ。
リンクからは、黄色い声が、今か今かと素敵な選手の出番を待っていた。
「二刀さーん! キャアア、流し目だわ」
「流くん! 可愛い過ぎて痺れちゃう」
女将が教えてくれた。
「二人共、好敵手なのです」
「ライバルな訳ね。それにしても、二刀と流とは、奇遇だわ。うちにいたうさぎさんと同じ名よ。優れたフィギュアスケーターとして、私の前に現れてくれるなんて」
美花は、まじまじと見た。
二刀は、全身が灰色をしており、鼻筋と口元が白い、精悍な男子だ。
「二刀さんも素敵でしょう。スケートは、雄々しく力強い四回転を飛ぶクワドラプルを得意としていらっしゃいます。第九十九回で、クワドラプルアクセルに失敗し、挫折をしたけれども、それでも果敢に挑んでおいでです」
「カッコいい、二刀らしいスケートだわ」
流は、全身は白いが、左目に黒の眼帯をしており、背中の一部が黒い優しい面差しの男子だ。
「流くんのスケートは、シークエンスと呼ばれる様々に舞いながら大きな円、若しくは直線を描くものが得意ですよ」
「べたべたに甘える流らしい。力強いジャンプより、華麗に舞うのが似合うわ」
さて、順番が来て、黄色い声の門を二刀と流が潜る。
暫く、リンクでスケーティングをし、本番前に慣らしていた。
流が高難度のスピンを確認していたときだ。
ライバルの二刀が近付いて来た。
「おい、流くん」
「ああ、二刀さんか。僕のスピンが当たると怪我をするよ」
流は、黙々と練習をし、確認をしていた。
「なら、回転を止めろよ」
「分かった。用事はなんだい。二刀さん」
六ウサウサの練習時間も一杯になる。
「俺さ、シングルでも男子ペアでも行けるよ。流……」
肩を抱くように触れられながら口説かれる。
いつもは、氷の上で危ないから、距離を取っていた。
けれども、手袋もないのに、あたたかい二刀の掌から心の奥から熱を帯びていると分かる。
突飛なことに、流は戸惑いを隠せなかった。
「二刀さんは、立派なシングルの選手だと僕は思っているよ。どっちも行ける口だったのか。僕は、驚いたよ」
流は、首を竦めて、肩の手を払い、微笑みで話を逸らそうとした。
リンクのサイドでエッジカバーを付ける。
「奥で、話がある」
二刀の行動力に、流も呆然とする。
美花も知らない所で新しい幕開けが動いていた。
二刀と流が消えて行くのを美花は目で追った。
「とうとう、見えなくなっちゃったわね。ライバルさん達」
場内では、他の選手が演技をしていた。
「はあ……。僕、こそばゆいから、やーめてだーめっ」
流の耳元を擽るような声を二刀が零す。
「俺らシングルスケーターとして、やって行けるんだ。どうだろう。一度ペアを組んでみないか?」
「僕らで? どうやって男子同士で滑るんだよ。ペアは男女の体格の差があって、成り立つ競技だと思うよ」
うさぎの国の王、
二人は、控えの間に来ていた。
「ならば、俺が身の軽い流を支えるリフトとかをするさ」
「何故、僕らがそこまでしなければならないの?」
二刀のスツールに、流が手をついた。
「この度の第百回では、エキシビションで、新しい競技を発表しなければならないらしい。それが、本日発布された国王命令だ――!」
国王命令とは、伝家の宝刀を抜かれてしまった。
「分かったよ。プログラムはどうしようか。スケーター番長だけれども」
「うん? 番長とはどうした。俺は二刀さんだ」
二刀が怒りながら提案をし、プログラムのアタリをつけて、振り付けまでも決められた。
その刻は、ほんの五ウサウサだった。
『――男子シングル、最終滑走です』
アナウンスがあると、一人、四ウサウサの本番演技は、あっと言う間に終わる。
誰しもが願う金メダル、華麗な舞だが、ジャンプの弱かった流が取れなかった。
流は、銀となる。
さて、金を胸に抱いたのは、がっしりした体型ながら、大根並みの足が紡ぎ出すジャンプ力によって、高く決まる。
加点要素の高い、片手を上げてのジャンプにも果敢にチャレンジしていた。
一番の要因は、難しいプログラムをノーミスだった所だろう。
「おめでとうございます。二刀さん、一位だな」
「謙虚だな、全く。流くんは」
お互いにメダルの紐を首に通し合う。
色の異なるものを。
銀の方がどうしても褪せて見えるが、大人しい流は、黙って微笑んでいる。
『――次に、女子スケーター・シングル。選手の方は、練習を始めてください』
◇◇◇
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