secret diary

九戸政景

secret diary

「……あ、入ってる入ってる」


 夕焼け空が広がる放課後、百葉箱を開けると、そこには一冊の日記帳が入っており、日記帳のタイトルには『秘密の交換日記』と書かれていた。


「さて……今回はどんな事が書いてるか楽しみだな。この前は部活動で活躍した事が書いてあって、その前は授業で先生から褒められた事、その前は誰もいないところで転んで恥ずかしかった事……ふふ、成績優秀で周囲に頼られる事が多いわりにはちょっとドジな人みたいなんだよな。交換日記の相手は」


 これまでの交換日記の内容や字の感じを思い出しながら笑った後、俺はこの交換日記の始まりを想起した。

この生活が始まる数ヶ月前、俺は毎日をなんとなく過ごしていた。高校に入学したもののやってみたい部活動も無く、面白いと思える事も無かった事から、部活動への参加が自由なのを良い事に部活動も始めずにただ授業を受けるために来て帰るみたいな毎日を送っていた。

そんなある日、授業が終わったのでいつものように帰ろうと下駄箱まで来て、外履きに履き替えようとしたその時、下駄箱に一通の封筒が入っていた。

その封筒を見た瞬間、これが噂に聞くラブレターかと思い、期待しながらも周囲に誰もいない事を確認してから中を見てみると、綺麗な模様の便箋があり、取り出してから手紙を読み始めた。

手紙はこの手紙を下駄箱に入れていた事への謝罪から始まり、続けて交換日記への誘いと日記帳のありかが書かれており、最後には是非交換日記に参加してほしい旨が書かれていた。

俺は手紙がラブレターじゃなかった事にガッカリしたが、交換日記自体は面白そうだと思っていたため、日記帳があるという学校の百葉箱まで来て、発見した日記帳を使った交換日記を始めたのだった。


「こういうのは初めてだったから、最初は何を書いたら良いのかわからなかったし、相手を嫌な気分にさせないように気をつけながらだったけど、続けている内に相手も同じような事を考えていた事がわかってからは、お互いに交換日記をやりやすくなったんだよな。

まあ、名前はお互いに明かさないようにしてるから、わかってるのは相手が1年上の剣道部の女子っていう事と簡単な趣味や特技、この交換日記の誘いの手紙が俺の下駄箱に入ってたのはランダムで選ばれただけな事なんだけど……この交換日記って少なくとも来年で終わりだし、その時が来たら寂しくなるな。

でも、続ける中で会ってみたいって言われた事は無いし、俺も無理には会おうと思ってないから、これも青春時代の良い思い出として考えて終わる事にするか」


 そんな事を独り言ちてから日記帳を手に取り、百葉箱を閉じようとしたその時、こっちに向かって走ってくる足音が聞こえ、俺は交換日記をバレたくないと感じて日記帳を後ろに隠しながら後ろを向いた。

すると、視界に入ってきたのは黒いポニーテールの女子生徒であり、焦った様子で走ってきたその女子生徒は俺の姿に気付くと、体をビクリと震わせた後にどうしたものかと迷った様子で口を開いた。


「あ、あの……もしかしてこの百葉箱って開けました?」

「え……まあ、用事があったので開けましたけど……」

「そ、そうですか……あ、それならそれでも良いんです。すみません、変な事を訊いてしまって……」

「いえ、良いですよ。でも……どうして貴女はここに? 俺が言えた事じゃないですけど、百葉箱に用事がある人なんて限られているような……」

「えっと、それは……」


 何か理由があるのか女子生徒は答えづらそうにしており、その様子から答えはおそらく得られないだろうと感じて俺は微笑みながら女子生徒に話しかけた。


「答えづらいなら良いですよ。無理に聞くつもりも無いですから」

「……いえ、お話しします。実は……去年の春頃からこの百葉箱を使ってある人と交換日記をしていて、今朝も書いて百葉箱の中に入れたんですが……書いた内容を思い返したら少し恥ずかしくなってしまったので交換日記の相手が来る前に回収しようとしてたんです」

「交換日記……」

「はい……お恥ずかしい話なんですが、私はあまり誰かと話すのは得意じゃなくて、クラスメートや部活動の仲間と話す時も表に出していないだけで緊張している自分が嫌だったんです。

けど、そんな時に話すのが苦手なら交換日記という形でも良いから誰かと日常的な事を話して慣れてしまえと思いついて、それ用の日記帳を買ってきて百葉箱に入れてから、交換日記への誘いなどを書いた手紙を目を瞑りながら誰かの下駄箱に入れたんです」

「…………」

「すると、手紙を入れた下駄箱を使っている人は交換日記に乗ってくれて、お互いに慣れないながらも楽しく交換日記を続ける事が出来、少しずつ交換日記の相手と会いたいという気持ちも沸くと同時に好意を抱くようになってきました。

けれど、相手にとって迷惑になるかなと思ったら直接会って話したいとは中々言えなくて……それでもその気持ちを抑えきれなくて一度会ってみたい事やもう少し踏み込んだ話もしてみたいと書いてみたんですが、流石にそれは無いだろうと思うと同時に恥ずかしくなって回収しに来たんです。

でも、私でもその相手でもない人が先に来ているとは思わなくて少し驚きました。貴方が先程仰ったようにこの百葉箱に用事がある人なんて限られていますから」


 先輩の安心した笑顔を見ながら日記帳を持つ手が汗ばんでいくのを感じた後、俺は小さく息をついてから隠していた日記帳を出した。


「……これがその日記帳ですよね?」

「あ、そうです。それにしても……やっぱり迷惑ですよね? 一度も会った事がない相手なのに、勝手に好意なんて抱いているなんて……」


 先輩が少し寂しそうに言う中、我慢出来なくなった俺は小さく息をついてから静かに口を開いた。


「……迷惑なんかじゃないですよ」

「え……?」

「色の無かった人生に色をつけてくれた相手が会いたいと思ってくれていて、好意を持ってくれているなら嬉しくないわけないですから」

「……え、それじゃあ……まさか貴方が……」

「……はい、春頃から交換日記をしていた相手です。すみません、すぐに言わなくて……」

「あ……いえ、大丈夫です。でも、まさかこんな形で出会うなんて……」

「俺も驚いてますよ。交換日記を取りに来たら、その相手が取りに来た上に好意を抱いている事を打ち明けられたわけですから」


 その言葉に先輩は恥ずかしそうに顔を赤くしながら俯く。


「もう……仕方ないじゃないですか。こんな形で出会うなんて思わないですし……」

「まあ、たしかにそうですね。それで、あの……こんな形で出会ってしまいましたけど、交換日記ってまだ続けますか? 個人的には続けたいですけど、もし終わりにしたいというなら、それでも良いですし……」

「そうですね……これで終わりというのも寂しいですし、交換日記は私にとってもう日常になっていますから、私も続けたいです。

 ただ……貴方さえよければ、これからはただの交換日記相手じゃなく、もっと近い関係になりたいなと……」

「もっと近い関係……」

「……はい。どう……でしょうか? 私と思い出を交換するだけじゃなく、今度からは一緒に楽しんでくれませんか?」


 不安そうに上目遣いで見てくるその姿に俺は愛おしさを感じた後、微笑みながら静かに頷いた。


「こちらこそよろしくお願いします、先輩。俺も貴女との交換日記生活は楽しいと思っていますし、来年になってこの生活が終わってしまうのは寂しいですから」

「……ありがとうございます。至らぬところもあると思いますが、これからよろしくお願いします」

「こちらこそよろしくお願いします。それにしても……どうして百葉箱だったんですか? 何か理由があったんですよね?」

「はい。この百葉箱の百葉という言葉は、牛や羊の胃袋という意味もありますが、八重の花びらという意味もあります。

そして、八重とは幾重にも重なっている様子であり、8は末広がりと呼ばれている……私は交換日記を続ける事でその相手と気持ちを重ね、それを糧にお互いの将来が栄えていけるようにと考えていたんです。

私の勝手で付き合って頂くわけですから、相手にもそれなりの対価はあって然るべきですしね」

「そんな理由が……」

「けれど、これからは気持ちを重ねるだけではなく、思い出も共に重ねていきましょう。貴方とならば、きっと楽しい人生になると思いますから」

「……俺もそう思います。先輩、改めてよろしくお願いします」

「はい、よろしくお願いしますね」


 先輩が嬉しそうに笑った後、俺も嬉しさを感じながら静かに微笑んだ。これからの交換日記の内容は、恐らくお互いに知ってる物も出てくる事になると思う。

でも、それでも良いんだ。その時の思い出をもう一度楽しめるだけじゃなく、先輩は俺の、俺は先輩のその時の気持ちをわかる事が出来て、更に相手の事をわかってあげられる事にも繋がるのだから。

そして、それを通じていつまでも先輩の事は大切にしよう。俺の中に咲いた綺麗で色鮮やかな花のおかげで、潤いも色も無かった俺の毎日がカラフルに色づいて楽しさに満ちた物に変わるのは間違いなく、俺自身もその花をいつまでも綺麗に咲かせ続けたいと思うから。

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secret diary 九戸政景 @2012712

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