消しゴムカバーの下、ぼくの名前。
幽八花あかね
ゆうきくん
隣の席のミライさんが、未来日記を書いている。ぼくは偶然それを目にした。
そして彼女の未来日記は、よく当たる。特に今日は、大変なことが起きるはず。
ミライさんの未来日記曰く、今日の彼女は階段から足を踏み外して落下する。そのとき、彼女は「好きな人」に助けてもらえる。
いわゆるラブハプニングの一種なのだろうか。危ない気もするけれど、こう書いているということは、これが彼女が望む展開なのだろう。
四時間目のあとの休み時間。音楽教室からの帰り道で、それは起こった。
他のクラスの男子とミライさんがぶつかって、彼女の体がふわりと浮いた。あ、という声が聞こえた気がする。
「あ」
と今度言ったのは、ぼくのほう。まずい。ミライさんが、ぼくの上に落ちてくる。これでは、ぼくが助けてしまう。
しかし、落ちてくる女の子が目の前にいる状況で、助けないわけにもいかなくて。音楽バッグを手放して、彼女へと腕を伸ばした。
「きゃっ!」
ミライさんの運動神経が良かったのか、彼女は、ぼくに全体重をかけてきたりはしなかった。とん、と足で着地して、バランスを崩したのか、ぼくに抱きつく。くらいのことで済んだ。
「あ、ありがとう! ゆうきくん。私のこと、助けてくれて」
「いや、別に。足、痛めてない? 大丈夫?」
「うん! 大丈夫、本当にありがとう!」
パァァァと輝くような笑顔で、ミライさんはぼくに礼を言った。
ミライさんの未来日記は、よく当たる。ただし、「好きな人」に関すること以外。
彼女が「好きな人」との間で起こそうとしていたラブハプニングは、なぜかすべてぼくとの間で起こっている。彼女も困っているだろう、なぜこんな男なのかと。
あるときは、彼女と一緒に体育用具倉庫に閉じ込められた。
あるときは、掃除じゃんけんで二人して一発で負けて、ゴミ捨て場に一緒に行くことになった。
あるときは、歌のテストの男女ペアが、くじ引きの結果一緒になった。
あるときは、悪戯な風さんが吹いてしまって、ぼくは彼女のスカートがめくれるところを見てしまった。
あるときは、彼女が教室で転びかけて、一瞬だけど手を握られてしまった。
五時間目。いつもどおりにノートを取っていると、漢字をまちがえた。消しゴムを使おうとしたけれど、なぜか見当たらない。
「ゆうきくん、どーぞ? 貸してあげる」
「あ、ありがと」
彼女の消しゴムを借りて、まちがえたところを消した。そのとき、力が強すぎたのか、消しゴムのカバーの一辺がはがれてペロリとめくれてしまう。
「あ、ごめん。カバー……」
ぼくは手を止め、消しゴムを凝視する。カバーの下には、なんと「ゆうきくん」と書いてあったのだ。
隣の彼女をちらりと見ると、彼女はにやにやと笑っている。未来日記も、消しゴムカバーの下のあれも、ぼくの妹もやっていた恋おまじないだ。
「え、え、えっ?」
ミライさんの未来日記は、よく当たる。
消しゴムカバーの下、ぼくの名前。 幽八花あかね @yuyake-akane
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