母の庭
山猫拳
第1話
去年、母が亡くなってから月に一回、娘と一緒に実家に帰るようになった。古い家具や荷物の整理を少しづつ行うためだ。母が生きている頃は、年に数回帰るだけだったが、もっと
父が亡くなってからの十二年は、母は一人で暮らしていた。わたしは大学を卒業して、その四年後に結婚し、実家を出た。それはもう三十年も前のことだ。夫の転勤で県外に出てから、実家に帰る機会が減った。何回かリフォームされるうちに、懐かしいと思うよりも、変わったと思う部分が増えていった。
母は植物が好きであった。家の南西側にある庭には、様々な木や花が
母の一番のお気に入りは
小学生の頃、花の
母が亡くなった後も、
「ママ、どうしたの? なんか嬉しそう」
「え? ちょっとね、
「へぇー。おばあちゃんも怒ることあったんだね。ね、二階の
娘の春香が、居間で庭を見ているわたしに、後ろ手に何かを持って近づいて来る。
「何? 高そうなものでも見つけた?」
「違う、もっと凄いもの。ほら、これ見て」
春香が目の前に一冊のノートを突き出す。少し
「これ、おばあちゃんの日記だよ」
「日記? えぇ! そんなの付けてたなんて、嘘でしょ?」
わたしは春香の手からノートを取って、ぱらぱらとめくる。日付と二、三行程度の短い文が、延々と書かれていた。
母はあまり文章を書くことが、好きではなかったように思う。わたしに手紙を
わたしがまだ母のお腹の中にいる頃に、書かれたもののようだった。妊娠したとき、父は
五月十二日
サクラがよくなく。大変だがしょうがない。
五月十三日
子供の名前を
サクラが眠れずつらそう、睡眠薬を使う。
五月十五日
サクラが外に出たがる。よくなく。
「ねぇ、京一はおじいちゃんでしょ? このサクラって誰?」
一緒に日記を
「ママが生まれる前に飼ってた犬の名前よ。二十年くらい生きて、ママが生まれる前に死んじゃって……。たしか庭に埋葬したとか……。ほら、
「えー! 庭にお墓あるの? 平気なの?」
春香が眉を
「昔はね、そんなの平気なの」
再び、ページをめくる。
五月二十日
サクラのことはしかたない。他に方法がない。
五月二十一日
埋めた。いなくなってみるとさみしい。
かわいそうなので首輪を取っておく。
五月二十八日
「このノート、何かに入れて
「
春香がスマホの画面を差し出す。画面には確かに、グラヤノトキシンが含まれ有毒と書かれている。症状は血圧低下、呼吸困難などとあった。わたしは、箱の中を見たくなって急いで二階に上がる。
父が亡くなってからは、物置として使われていた部屋は、春香が
わたしは
春香が、誰だなんて言うから。人と間違えたから。そう思って読むからいけないのだ。
家具や不要なものを処分してリフォームを施し、実家を
日記と一緒に入っていたネックレスは、どのような
母の庭 山猫拳 @Yamaneco-Ken
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