第3話
「充分な勉強もできましたことですし、できればビルギット様は外の学校でもっと学んでもよろしゅうございますけど」
先生はそう、やや悲しげに言った。
「先生、私学校に行きたいわ」
「ですが」
「お嬢様、今まで人に慣れて来なかったのですよ、すぐに学校というのは……」
「それでも、ずっと一生この家に閉じ込められているのは嫌よ」
「……一応、旦那様に報告してみます」
先生はそう言ってくれた。
答えはまずは否、だった。
そこで私は伯母に手紙を書いた。
もっとちゃんと学びたいから学校に行きたい、だけど人慣れしていないから、伯母様のところに住まわせてもらえないか、と。
虫のいい話ではある。
だがこの時点で私は伯母の顔を知っていても、両親の顔すら知らなかったのだ。
頼むのなら、伯母しかいなかった。
伯母は何とか自分の弟に対して話をつけてくれた。
「ただし、うちの娘ということは絶対に表に出さないでくれ。姉さんが引き取った身寄りの無い娘ということにしてくれ」
「……お前はまだそんなことを……」
父のその態度に、伯母の握った拳はぶるぶると震えていたそうである。
そしてその足で伯母は私を引き取っていった。
その時、初めて私は妹の姿を見た。
波打つ髪、白い肌、笑い声、生き生きと表の庭を走り回る彼女。
馬車に乗り込む際に、彼女は伯母に気付いたらしく、こちらへとやってきた。
そこで私と初めて間近に顔を合わせた。
「……もしかして、これが、ビルギット姉様?」
ぽかんと口を開けて、アマーリエは私を指さした。
「人をこれ呼ばわりしてはいけません!」
伯母は即座にアマーリエに注意しつつ、私を馬車に乗せた。
「だってお父様もお母様も言ってたわ。いつ火を出すかもしれない、ほっぺたが汚い子だって」
「汚いのではありません! そういう肌なだけです!」
「じゃあ、生まれつき汚いんだ」
けらけら、と妹は笑った。
私は頭がくらくらとした。
その後はしばらく記憶が無い。
はじめての馬車に酔って気を失ってしまったのか、それともあまりにも酷い罵声でも飛んだのか。
ともかく私は両親の顔も知らぬまま、家を離れることとなった。
*
そして私は伯母の家で一年間、人慣れするための日々を送った。
顔に関して伯母はこう言った。
「隠したいと思うならば、その方法を教えます。でも、どちらでもいいと思うならば、そのままで通しなさい。それは貴女の自由です」
基本的な方向性をこの一年で決めろ、ということだった。
だから私は色々試してみた。
化粧を厚塗りした場合、どのくらいで隠せるのか。
「お化けだわ」
却下した。
看護婦みたいに、目の下を布で覆う。
「何処の国から来たとか疑われないかしら」
しかもそれはそれで目立つ。
「伯母様、私そのまま出しておくことにします」
「そう。それはそれで厳しいわよ」
その「厳しさ」は街に買い出しに行く時点から始まった。
だが、慣れていけば「人は珍しいものには目をやってしまうものだ」と諦めることにした。
そして寄宿学校へ行きだした。
無論当初は奇異な目でひたすら見られたが、ひたすら勉学に打ち込んだ結果、「顔はともかく頭はいい」という評価を皆から得た。
無論そこだけは人の何倍も努力した。結果、女子を受け容れだした大学への進学試験に受かることができた。
おめでとうと言ってくれる友人が既に私には結構な数存在していた。
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