春半ばにて朱夏を想う
@3ma
1 第六感ー運命?
「第六感ねぇ。俗にいう勘というやつか」
大吾のつぶやきに、伊六が答えた。
「まあそうだな。このしみったれた世界に生きる俺たちは、五感に頼らない『新たな眼』が必要なわけさ」
大吾はきょとんとした顔をした。
「早速頼っていないか。もっとがんばれ」
「言葉の綾だよ」
「まあ見逃そう」
大吾が続ける。
「しかし、勘といってもそれは五感から得られる情報を総合的にみて判断される雰囲気のことではないか?完全に各感覚から切り離されて得られる情報はあるのか」
伊六は答える。
「細かいことをぬかすな。勘は勘だよ」
大吾は思わず「横暴なやつ」と漏らす。
「それで、どうだね。大吾くんは第六感を感じるかね?」
大吾は教師の真似をした様子を流して少し考えてから、
「そうだな。この前、こんなことがあった」
そう話し始めた。
「この間、おれは兵庫に帰省していたんだ。
当然、盆といえば法事だよな。それで、墓参りをしてきた。親族集まって墓に行って、お参りする流れはどれもつつがなく終わった。
で、だ。片付けが終わって帰るとき、道中で突然、強い風に吹かれるのを感じて振り向いたんだ。うだるような暑さのこの夏に、まるで晩秋の、さわやかで懐かしく凍えるように寒い風を浴びたから。
ずるずると歩くみんなは冷えたスイカのことしか頭にないようで、気づいていないのか、そもそも風がなかったかのようにしていた。おれは目の前に現れた、未踏の神社に足を踏み入れることにしたんだ。
うっそうとした林の中は、外とは比べ物にならないほど涼しかった。財布には100円玉しかなかったが、賽銭をしないというのも忍びないので思い切って投げてやった。
それから冷たい石畳に座り込んで、気分がいいなあなどとゆったりしていたんだが、ふとあることに気づく。どういうわけか、あたりがどんどんと暗くなっていくんだ。小さな社に高い木々が影になって、境内は確かに暗いんだが、そうではなく林の外が暗んでいくんだ。しまった日没かと思ったが、まさか昼に行った帰りでもう夕方とはなるまいよ。何か恐ろしい気持ちがして、慌てて飛び出そうとした。
するとだ、立ち上がるとなにやら光の粒が舞っているんだ。大きな粒が明滅したかと思えば小さな粒が湧き出す。鳥居までのどれほどもない距離が無限のように長く思われ、そうやってだんだんとおれはまっすぐ歩くことさえできずに、そこに倒れこんでしまった」
伊六は大吾の話を食い入るように聞いていた。
「そ、それで。どうなったんだ」
大吾は同じ調子でつづけた。
「まあ、そのあとは道に倒れていたおれを、あんまり帰りが遅いんで見に来た親父が拾っておしまいだった」
それに伊六は眉をひそめて問うた。
「む、境内に倒れたのではなかったか」
大吾は腕を組む。
「ああ。つまり、そんな神社はなかったんだ」
「なんだって?」
「存在しなかった。涼しい境内などはそのあたりにはなかった」
「じゃあ化かされたとでもいうのか?狐や狸が出たのか」
「わからない。しかしな、このような時代になっても化かされるというのはおかしいだろう。おれは、なにかもっと別のものに憑りつかれたのではないかと考えた」
伊六は一瞬空を睨むと、したり顔でこう言った。
「ははあ読めたぞ。つまり大吾はこう言いたいのだな。霊感こそ第六感であると」
「ご名答」
「なるほどな、面白い考えだ。たしかに、五感でどうこうできるものではないし、個人差などもあろうな。詳しくはないが」
大吾はああと返すと、今度は伊六の番だと言わんばかりに胡坐の足を組み替えた。
「大吾。俺はな、第六感とは、運命というものだと思うておる」
しかし大吾はしょっぱなからあきれ顔で突っ込んだ。
「伊六。前々から言っているが、わからない言葉の話に分からない言葉を持ち込むものではない。その運命についても話すのか?」
伊六は意に介さずに続けた。
「まあ聞け。そう運命とは、つまり出会いだ。出会いは運命的なものだ。たとえはじめは何でもないものであっても、時間が経つにつれ二人の関係は絡み合う。それは因縁かもしれないし、または友情かもしれない。
俺たち人間は、ひかれあう運命なのだ。お互いを求め、好いて、嫌い、別れていく。それはなぜだ?俺たちがひかれあうのはなぜだ。
俺はそれこそが第六感だと思う。第六感に従って、俺たちは孤独な草原から人の街に出、第六感に従って誰かと出会う。
さて、こないだ東京に行ったときに、こんなことがあった。
そのときは知り合いと飲んでいたんだが、話が盛り上がるうちに外は真っ暗んなってしまってな。それで宿屋を探そうにも、俺たちは泥酔していたから、頭が回らず座り込んでしまった。おお、ここまでは似たような話だな?」
「おれの話はそこまで低俗ではないがな」
「そうだったか?まあ、それでだな。俺たちは商店街の道端に座り込んでしまって、また喋りだした。長いこと長いことしゃべっておるうちに、酔いが醒めてきて、さあそろそろ宿屋に行かねばなるまいと歩き出した。その時だった」
伊六が床をべちと叩く。
「俺らは二人の女に会った。運命的だった。
女はいい宿屋を知っているというが、残念ながら手持ちがないという。俺らは遊ぶために来たわけで、その日は給料日のすぐ後だったからまだ金があった。さあ!もうわかるな、大吾!」
「なにがだ」
伊六は立ち上がって大きな声で大吾にけしかけた。
「なんだ。わからないのか。そうか。これは一枚とってしまったなぁ」
伊六はまたもしたり顔で、
「これが俺の
「おいこら」
対して大吾はあきれ顔で、
「下ネタやないか」
そう言った。
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