第72話

「それじゃ失礼します」


 そう言って俺はアルベール商会を出ようとした。


「待ってください!そんなこと簡単に伝えられませんよ!」


 アルベールさんは慌てて扉に手をかけた俺を引き留めた。


「いや、急いで帰らないと日が暮れますし……」


「そ、そうかもしれませんけど……なんで急にそういった話になったんですか?」


「いや、だって美味しい作物が欲しいと言う割には俺の要望まるっきり無視してるじゃないですか。別に俺は王都に行きたいだなんて一言も言ってませんし……それにあの作物を本当に欲しがっているのは王女なんでしょう?」


 俺はカミラから聞いた王女の話を尋ねた。

 アルベールさんは何故そのことを知っているのか、というような驚きの表情を浮かべた。


「コーサクさん、その話をどこで……?」


「いや、貴族界隈では王女が野菜嫌いって有名な話なんでしょう?娘のことを思うなら国王は父親としての誠意を見せるべきですよ。野菜を食べられるなら健康にも良いですしね」


「…………どうやらコーサクさんはかなりの情報通のようですね……。参りましたよ、王宮に作物を卸したのは王宮の人間と私しか知らないはずだったのですがね」


 アルベールさんはそう言って困った表情を浮かべながら苦笑いした。

 まあ、俺のバックにいるのはあのロリのじゃ女神だからな。情報は間違いなく俺に漏れるだろう。

 

「まあ、俺も街を作る話になるのであれば協力しますよ。そもそもあの魔の森で生活したがる人はいないでしょうが、そこは1つ対策があります。結界のようなものを張れる魔道具が複数用意できそうなので、安全な地帯も増やせるはずです」


「そ、そんなものが複数も用意できるのですか!?一体コーサクさんは何者なのですか……?」


「まあ、その辺はどうでも良いでしょう?そうして身の安全が保証されたら移住を考える国民も多くなるかもしれませんし、現に俺の家の周りはその魔道具で守られていますよ」


 俺がそう伝えると、アルベールさんは何かを考えるように顎に手を当て俯いてしまった。


 その時、セシルさんが話が長くなっていることを気遣ったのか、俺たちに紅茶を持って来てくれた。


「コーサク様、立ち話も疲れるでしょうからお掛けになってください。アルベールが気を遣えなくて申し訳ございません」


「わざわざお気遣いありがとうございます。遠慮なく頂きますね」


「も、申し訳ございません……。セシル、ありがとう」


 そうして俺とアルベールさんは椅子に掛けることになった。うーん……できれば早く帰りたいのだが……セシルさんのご厚意だしゆっくりしていくか。


「コーサクさん、1つお願いがあるのですがよろしいでしょうか?」


 俺が紅茶を嗜んでいると、アルベールさんがそう尋ねて来た。

 

「お願い……?俺に出来ることなんてあまりありませんよ?」


「まず、コーサクさんの要望は王宮に間違いなくお伝えします。ですがそれはコーサクさんが提供する土地が安全であるかどうかが判明した場合です。もちろんコーサクさんを信用していますが、グランドボアを倒してしまう力を持つコーサクさんの安全と、一般人の望む安全は少しばかり認識の違いが出てしまう可能性がありますので」


 アルベールさんは俺の要望に1つ条件を付けた。

 まあ、安全が保証されてるかどうかは確認しないと信じられないだろうからな。


「もちろんそれで構いませんけど……どうやって判断するんです?まさかアルベールさんが直接見にくるというわけでは無いんでしょう?」


「ええ、そこでこの街を拠点とする冒険者を調査に向かわせたいのです。よろしいでしょうか?」


 なるほど……まあモンスターがたくさん出るような森にはうってつけの人材だからな。

 それならあいつらに来てもらうか。


「じゃあB級冒険者のジャン達にお願いしてみませんか?彼らとは少し面識がありますし、俺もその方が安心できます」


「わかりました。急な依頼になりますので一応彼らに確認を取ってみます。少し時間が掛かってもよろしいですか?」


「大丈夫です。もう日が暮れる前に家に帰るのは難しそうですからね。あ、それならちょっとプリシラの店に寄って来ます。少し時間を潰したらギルドの方に向かいますね……セシルさん、紅茶ご馳走様でした」


 セシルさんにお礼を言い、俺は席を立ってアルベール商会を後にした。

 

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