第54話
「今から家に帰るところですよ。その話はまた今度で」
近づいてきたグウェンさんを軽くあしらうようにそう言って俺は正門へと歩き始めた。
「まあまあそんな焦らなくてもいいだろう?ちなみにその袋に入ってるグランドボアの牙、それは冒険者ギルドでしか買取していないのは知っているかい?」
グウェンさんは俺が持っていた麻袋から飛び出たグランドボアの牙を指差してそう言った。もちろんそのことはアルベールさんから聞いていたが……さっき冒険者ギルドから逃げるように出てきたので買い取りを頼むのを忘れていた。
「ああ、そうらしいですね。こんなに大きいのも持って帰るのも面倒だし……買い取ってもらっても良いですか?時間はそんなにかからないんですよね?」
「ああ、もちろん構わないよ。それじゃあ一緒に冒険者ギルドまで行こうじゃないかコーサクくん」
グウェンさんはそう言うと、なぜか俺の腕を取り体をピッタリと寄せてきた。
「……近くないですかねグウェンさん?」
「ふふふ、まあ細かいことは気にするな。それとも年上は好みじゃないのかい?」
そう言ってグウェンさんは自分の胸を押し当てるようにさらに俺の体に密着してきた。
彼女の見た目はかなりの美人で、その様子を見た街を歩いている男性たちは、羨ましそうな表情でこちらを眺めていた。
しかし、彼らが思うほど世の中は甘くないのだ。
これも俺を冒険者ギルドに入れようとするグウェンさんのハニートラップに違いない。そんな見えすいた誘惑などに乗るわけ無いだろう…………嬉しく無いわけではないがな。
そうして俺はグウェンさんに腕を取られ、半ば連行のような形で冒険者ギルドに向かうことになった。
◇
「さあ、買取カウンターはこっちだよ」
冒険者ギルドに着いた俺はグウェンさんに連れられて買取カウンターに向かった。
「リナ、彼が持ってきたグランドボアの牙の買取を頼むよ」
「もちろん構いませんが……どうしてそんなに彼と密着しているのですか?理解できないんですけど?」
「細かいことは気にするな。さあコーサクくん、グランドボアの牙を出したまえ」
俺はグウェンさんに言われるがままに麻袋からグランドボアの牙を2本取り出した。
ふう、これで邪魔なものも無くなるな……こんな大きな素材は持ち運ぶのにかなり不便だな。
「かなり大きな牙ですね……コーサク様、冒険者カードのご提示をお願い致します」
「……そのカードとやらが必要になるんですか?」
冒険者カード?グウェンさんはそんなこと一言も……。
そう思って俺がグウェンさんの方を見ると、彼女は途端に視線を逸らし口笛を吹き始めた。
「やっぱり嵌めましたねグウェンさん?もしかして、その冒険者カードとやらが無いと買取できないんじゃないですか?」
「よく分かったねコーサクくん。冒険者カードを取得するには冒険者ギルドに登録しないといけないのさ。こんな大きな牙を再び家に持ち帰るのも大変だろう?ささっと登録を済ませてお金に替えた方が良いに決まってるさ」
そう言ってグウェンさんは親指を立てウインクした。
やっぱりこうなるか。随分トントン拍子に話を進めてくるなと思ったんだよな……決して胸を押し当てられたからノコノコ冒険者ギルドにやってきたわけではないからな?
「はあ、どこまで俺を冒険者ギルドに入れたいんですか。そもそも依頼なんか受けるつもりも無いですからね?」
「それは構わないさ。なにより、素晴らしいステータスの持ち主をそのまま放ったらかしにしておくのは勿体ないと思ってね。君もたまにモンスターを討伐することがあるみたいだし、こうやって素材を買い取ってもらえるんだ。無理に依頼を受ける必要もないんだし、名前だけの登録みたいなものだよ」
うーん……まあ名前だけの登録ならそれでも良いかもしれないな。そもそも素材を買取してもらうのにギルドへの登録が必要だとは思わなかったし、このままグウェンさんに呼び止められる時間が勿体ないか。
「はあ、それなら登録しますよ。そのかわり急いでくださいね?日が暮れる前に家に戻りたいんですから」
「ありがとう!リナ、冒険者カードは私の方で用意するから君は急いでお金を用意してくれ!さあ、コーサクくんはこちらに来てもらえるかい?」
俺が冒険者ギルドに登録すると分かると、急に慌ただしくなってしまった。まあ、俺が急げってせかしたのも理由かもしれないが。
「なにか俺は書類を書いたりするんですか?」
「いや、それは必要ないんだ。このカードにコーサクくんの血を1滴垂らせば自動的に情報が入力される。この針で指から血液を採ってくれるかい?」
俺はグウェンさんから手渡された針を左の親指に突き刺した。
チクっとした痛みと共に、親指から血が滲み出てきたので、その血液を用意されたカードに垂らした。
すると、何も書いていなかったただの金属性の板のようなカードに文字が浮かび上がってきた。
「すごい機能のカードだな……。これは魔法なんですか?」
「これは魔道具と言ってね、魔法が封じ込められた道具と言えばわかりやすいかな。大昔の『賢者』が開発したと言われている情報認識魔法を使った魔道具なんだ。無くしたら再発行に金貨1枚かかるから気をつけてくれ」
そう言ってグウェンさんは青い金属製の冒険者カードを俺に手渡した。
冒険者カードには俺の名前とレベルが表示されていた。
「冒険者カードの情報ってこれだけなんですか?」
「あと裏には依頼達成のポイントが加算されて行くんだが……依頼を受ける気がない君には関係ないから気にしなくてもいいさ。お、牙の買取金が用意出来たみたいだよ」
まあ、素材の買取くらいでしかこのカードは使わないだろうし気にしなくても良いか。
俺は今作った冒険者カードを胸ポケットにしまい買取カウンターへ向かった。
「コーサク様お待たせいたしました。こちらがグランドボアの牙2本の買取価格、20万ガレルでございます」
「……あのグランドボアでそんなに高く買い取ってもらえるものなんですか?」
たかがイノシシの牙で20万ガレル?冒険者はそんなに儲かる仕事なのだろうか?
「あのねコーサクくん、君のステータスならグランドボアくらいあっという間に倒せるかもしれないけど、普通はパーティを組んで討伐するモンスターなんだからね?」
俺の言葉に呆れたような表情をしてグウェンさんはそう言った。
まあ、俺の場合攻撃力が高いだけで耐久力はペラッペラの紙装甲なんだけどな。
「とりあえず今日はこの辺で帰らせてもらいますね。早くしないと日が暮れてしまいますから」
「ああ、急いでいるところ悪かったね。また何かあったら気軽に寄ってくれ」
俺はグウェンさんに軽く会釈して冒険者ギルドを後にした。
時間もかなり押してしまったので、かなり早足で正門に向かうことにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます