第48話

「えーと……そんな金額で仕入れても誰も買わないのではないですか?」


 アルベールさんが言った価格があまりにも高すぎて、少し心配になってきた。

 当然消費者の手元に渡る頃にはもっと高い金額になるはずだ。いくら品質の高い作物だからといっても、価格が高ければ誰も買わないのではないか?


「もちろん、この価格では販売ルートは限られます。主に貴族の方々になりますね。貴族の方々は普段から最高級のものを食べていますし、食通の方も多いんです。そういった方々は品質が高ければ高いほど喜んでいただけますから心配要りませんよ」


「なるほど……貴族向けの作物ですか。お口に合えば良いのですが……」


 こんなものいらん!なんてことになったら野菜達がかわいそうだ。


「それは私が保証しますよ。こんなに美味しいものをいらないと言う人はほとんどいないと思います。それより、先ほど提示したお値段でもよろしかったですか?」


「ええ、もちろんです。残りは明日持ってきますね」


 今のところ特にお金にも困っていないので、アルベールさんが提示した金額そのままで買い取ってもらうことにした。

 俺がそう言うと、アルベールさんは少し驚いたような表情をしていた。


「あの、私が言うのもなんですが……貴族相手の商売になると聞いて、もう少し高く買い取ってもらおう、なんて考えないのですか?失礼かもしれませんが、あまりにも欲が無いというか……」


「特にお金には困っていませんからね。衣食住は整っていますし……まあ衣類はもう少し種類が欲しいとは思いますけど」


「そ、そうですか……。あまりお金に困っていないなんて言わない方が良いですよ?何かを買い取ってもらうときに買い叩かれる羽目になるかもしれません」


 アルベールさんにそう言われて、たしかにその通りかもしれないと思った。

 金に困ってない、なんて言う人に高いお金を払いたがる商人なんてあまりいないだろうからな。


「少し気をつけることにします。すみません、長いこと森で暮らしていたので世間知らずで」


「いえいえ、大切なお客様を守ることも私の仕事の内と言うものですよ。それではシュワン1玉で5万ガレル、ポムテルが10個で1万ガレルで買取りいたします」


「ありがとうございます。あと、1万ガレルは細かいお金にして頂けますか?」


 今現在、俺は1万ガレルの価値がある銀貨しか持っておらず、露店なんかで買い物する場合はもう少し細かいお金を持っていた方が良いだろうと考えた。


「ええ、構いませんよ。セシル、銀貨5枚と銅貨10枚で用意してくれ」


 アルベールさんがそう言うと、職員のセシルさんがお金を取りに行くために奥の部屋に向かっていった。

 

 試食会もあって結構時間が経ってしまったなあ……。ん?そういえばアルベールさんと会った時に何か用があると言っていなかったか?


「アルベールさん?そういえば私に何か話があったのでは?」


「ええ、そうなんです。単刀直入に言いますと、昨日ご用意していただいた皿と陶器をまだご用意していただけるのかなと思いまして」


 昨日のって……あの陶器製の植木鉢と受け皿か。用意はできるが……昨日はとりあえずの資金稼ぎとして『資材ショップ』から購入しただけだからな。


「少しは用意できますけど……あの陶器はそれだけ人気が出たのですか?」


「先ほど私が話していた方を覚えていますか?あの方は王宮で執事長をしているのですが、コーサクさんが用意した皿を見て王宮で使いたい、とご所望されまして。もちろん昨日より買取額は弾ませていただきます!」


 アルベールさんは少し興奮した様子でそう話した。昨日貴族の食卓に並ぶ……なんて言っていたけど、まさか王室で使われるなんて思わなかったな。

 

 でも……どうやって作っているか教えてくれ、なんて言われたら厄介だ。

 そもそも『資材ショップ』に受け皿の種類はあまりなかったし、いろいろなサイズを求められてもその要求に応えることはできないだろう。

 

「ただ、あの皿は亡くなった祖父が生前趣味で作っていたと聞いています。今は私1人で生活しているので、余分な食器を処分するつもりで持ってきたんです。用意できる量も限られていますけど、それでもよろしければ近日中にお持ちしますよ?」


「そうですか……あれほどの食器を趣味で作るとは……コーサクさんのお爺様は高位の生産職だったのかもしれませんね。それでは食器の方はまた後日、という形になります。食器をお持ちいただいた時に代金をお支払いしますから」


 アルベールさんと食器のことについて話していると、タイミングを見計らったかのようにセシルさんがまた小さな布袋を持ってきた。

 チャラチャラと音がするので、おそらくこの中に硬貨が入っているのだろう。


「今日はありがとうございました。ちょっと他に用があるので今日はこの辺で帰りますね。近いうちにまた食器を持ってきますから」


 俺は硬貨の入った布袋を手に取り、アルベール商会を後にした。

 

 商会を出て少し歩くと、後ろの方からおーい、と大きな声で声をかけてくる男がいた。

 

「おお、ジャンじゃないか。悪いな、少し時間がかかってしまって」


 俺は商談が長引いたことを謝罪した。試食会などは想定外でここまで時間がかかるとは思わなかった。


「意外と時間がかかるものなんだな。まあ、冒険者ギルドの要件は急遽決まったものだし、商談を優先するのは当然だろ?さあ、早くギルドに行くぞ。ギルドマスターが首を長くして待ってる」


「ギ、ギルドマスター……?」

 

 ギルドマスターって、ギルドの最高責任者のようなものなんだろう?なんでそんな大ごとになってるんだよ?


 俺は迎えにきたジャンと共に、ギルドマスターとやらが待つギルドへ少し早足で向かうことにした。

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