靴下観察日記

櫻んぼ

第1話 変な柄の靴下女と俺

足立陽。

高校三年生。



今年の春から、

いつも乗る電車に

おかしな柄の靴下を履いた女の子が

同じ駅から乗るようになった。


どうやら俺の降りる駅のいくつか向こうに

新しくできた服飾専門学校の子らしい。



たくさんいる女の子の中で、

その子だけやけに目についたのは、

俺と同じメーカーの赤い靴を

履いていたからだろう。



俺は「赤」が好きだ。

母曰く、小さい頃、俺は落ち着きがなく

やんちゃだったらしい。

何か気になるものを見つけると、

すぐに脱走(親がそう言っていた)するため、

どこにいてもすぐに見つけられるように、

なるべく派手な服を着せていた。



赤、黄色、黄緑。

誰も着ていないような色の服を見つけると、

嬉しかったそうだ。

そしてそれを俺に着せていた。


その頃のお気に入りは車だったため、

ミニカーの絵の赤いTシャツが

俺のお気に入りだったそうだ。



その影響で、

小学校入学の頃には、

ランドセルは赤がいい!

と、駄々をこねて大変だったのよ、

と今でも言われる。



今ではさすがに落ち着いて、

派手な服は着ないけれど、

どうしても赤は気になって、

差し色には赤を入れることが多い。




登下校は真っ黒な学生服なので、

今は真っ赤な靴を履いている。





ある日。

ふと、前に並んでいる女の子が、

俺と同じメーカーの赤い靴を

履いているのが目に入った。

以来、なんとなく靴を眺めているのだが、

そのうち靴下が気になるように

なっていった。




ある時は蛇。

ある時は大根。




今日は、えーっと・・・



「鍋?」



思わず呟いてしまった。



その瞬間、前にいた女の子が

くるりと勢いよくこちらに振り向いて

「すき焼きです!」

と言った。




ぽかんとする俺と暫く見つめ合い、

はっ!としたような彼女は

真っ赤な顔で

「すみません」

と、雑踏に消え入りそうな声で言った。






俺は笑いをこらえるので必死だったが、

「いや、ごめん、

すき焼きなんだ」

となるべく平然と話した。




「そうですよ~

これ、焼き豆腐ですから」




彼女が指差した先の豆腐は、

なるほど、焼き目がついている。




「へぇ~細かいとこまで

よくできてる。

こんなの売ってるんだね」





「いえ、作りました」

ちょっぴりどや顔で彼女が言う。




そのどや顔がかわいくて、

また吹き出しそうになる。





そうこうしているうちに電車が来て、

後ろから押されて俺たちははぐれた。

そしてその日はそのまま

彼女と話すことはなかった。







その日の夜。


今までもあの女の子は

変な靴下だったことを思い出し、

彼女の「靴下観察日記」でも

つけてみようかと考えた。




日記と言うと仰々しいのだが、

携帯のメモ機能にでも、

彼女の靴下の種類を

メモしてみようと思う。






月曜日。




出会った彼女はいつか見たことのある、

蛇の靴下だった。


しかし、すき焼きの件がある。

蛇だと思っていたものが

蛇ではないかもしれない。




そこで、彼女に聞こえる程度の声で

「蛇」

と呟いてみる。





案の定、くるりとこちらを向いた彼女は

「アナコンダです」

と。





もう笑うしかない。


「いや、アナコンダも蛇だろ?」



「アナコンダ、です!」




そのこだわりがすごい。



今日は『アナコンダ』





火曜日。




今日はクワガタ?のような虫だった。




「クワガタ?」



今日は疑問形で呟いてみる。




「タガメなんですけど」




「わかるかよっ!」





なんて独特な感性だろう。



ちゃんと携帯にメモをする。





『タガメ』







水曜日。





今日のお題はわかりやすかった。

見たことのあるやつ。



大根。




間違いようがないだろう。




「大根」






振り向いた彼女は

嬉しそうに頷いた。




『大根』






木曜日。



でた。

この間のやつ。




ははっ!

思わず笑ってしまった。




振り向いた彼女に向かって堂々と


「すき焼き!」


彼女と声が被った。



今日は『すき焼き』






金曜日。




なぜか普通のハート柄だった。




ハート?

いや、心臓?



そのまま彼女に聞いてみると、



「どっちも、です」

なぜか彼女の顔が赤かった。




意味不明。

『ハート。心臓』






土曜日。




書いていたメモを見ながら

彼女のことを思い出す。




実は彼女のことは

ずっと前から気になっていた。



ある時は階段を降りるおばあちゃんの

荷物を持ってあげていたし、

ある時は満員電車で、

抱っこされた赤ちゃんが

泣きそうになるのを見つけて、

思い切り変顔をしていた。



気になる度合いが増したのは、

もちろんあの赤い靴。

そして変な柄の靴下だった。






そこでふと、メモを見て気づいた。





もしかして?

まさか?






暫く悩んだが、

俺もやるしかない。




きっとこれが正解だろう。




ネット通販で

派手な柄の靴下をカゴに入れる。




その先の買い方は

母親にでも聞くか。




母は心配するだろうか?

せっかく落ち着いてきた息子が、

オレンジ柄と桃柄の靴下を

買いたいと言ったら。

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