Dieary

維 黎

〇月Ⅹ日

「ん?」


 402と書かれた部屋番号の郵便受けの扉を開けると一冊の本。


「手帳? いや、日記帳か?」


 質感のよい黒の装丁に二行に分けて"ONE YEAR""Dieary"と金字で刺繍された見覚えのないそれ。

 何の包装もされておらず、メール便のような封筒に入っていた訳でもなく、当然ながら配送シールもない。

 手に取って裏表と見てみるが、金字文字以外に何もない。


「誰かが直接いれたのか?」


 開いてみる。


『決して読まないでください』


 1ページ目の真っ白なページの真ん中に黒印字された文字。


「なんじゃそりゃ」


 思わずつぶやいてパラパラとめくってみると、ラインもない真っ白なページの真ん中に一文、印字されている。


『〇月Ⅹ日 0:00 コーヒーを飲む』

『〇月Ⅹ日 0:00 くしゃみをする』

『〇月Ⅹ日 0:00 手を叩く』

          :

          :

          :

          :

『〇月Ⅹ日 0:00 爪を切る』


 どのページにも一文書かれているようだ。


「なんじゃそりゃ」


 先ほどと同じ言葉を繰り返す。

 とりあえずエントランスで突っ立ってても仕方ないので、よくわからない日記帳のような物を片手にエレベーターで自室の4階へと昇る。


 部屋に入り改めて表紙を見てみると違和感を覚えた。


「あれ?」


 ポケットからスマホを取り出し"日記 英語"と打ち込むと"diary"と出てくる。


「スペル違ってんじゃん」


 表紙の金字は"Dieary"と刺繍されている。


「――とりあえずメシにすっか」





 零時まであと2分。


「――そうそう。何か今日郵便受けに変な日記みたいなんが入ってたんだけど由紀惠ゆきえ、入れた?」

「何それ。知らないよー。私は入れてない。っていうかたくって日記とか無理な人でしょー」


 スピーカーからケラケラと笑い声。


「まぁそうなんだけどよー。何か変なんだよな」

「何が?」

「いや、全部のページが埋まってるんだよ。一文だけいろいろ書かれててさ」

「新品じゃないんだ。どんなこと書いてんの?」

「ん。『〇月Ⅹ日 0:00 ハサミで紙を切る』とか『〇月Ⅹ日 0:00 テレビを点ける』とか」


 適当に開いたページに書かれていることを読み上げる。


「何それー? じゃぁ、今日は何て書いてんの?」

「今日のやつは『コーヒーを飲む』って書いてたな。確か」


 零時。


「そうなんだー。それじゃコーヒー飲んでみたら? って、もう0時過ぎちゃってるけど」

「――」

「あれ? もしもし、拓?」

「――」

「もしもーし? ちょっと、拓? 返事してよー」



                    ――了――

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Dieary 維 黎 @yuirei

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