逆・裏・対偶日記

半私半消

本当に毎日書くのは意外と難しい

「おめでとうございます。【連続3650日日記執筆】を達成したプレゼントをお届けに参りました」

「……は?」


 寝る前の習慣になっている日記を今日も書き終えて、さあ寝ようと勉強机からベッドへ振り返ったら、いきなり言葉を投げかけられて、脳の処理が追い付いていない。

 何? いまなんつった? というか誰? なんか発光してない?


「自己紹介が遅れました。わたくし、日記の神でございます」

「……ピンポイントな神もいるんだな」


 まあ、八百万っていうくらいだから存在するか。突然現れたし発光してるし、日記を書き終えたタイミングで出てきたうえに、そう名乗ったならそうなんだろう。


「今回は【連続3650日日記執筆】──つまり、10年間欠かさず日記をしたため続けた人への、記念の品を持って参りました」

「ああ、そう……そんなログインボーナスみたいなシステムなんだ……。いや待ってくれ、結構この条件は緩くないか?」


「と言いますと?」

「10年間欠かさず日記を書くぐらいなら、これまでの人類史でまあまあな人数が達成しているんじゃないのか? だったら『日記を10年間続けたら神に会える!』みたいな噂や都市伝説が、もっと流布していてもおかしくないはずじゃないか」


 疑問点を挙げているうちに、だんだん目の前の何かが恐ろしく思えてきた。こいつは日記の神なんかじゃなくて、神々しい雰囲気を出して騙そうとしている妖怪の類では? もしくは、何故か光っているだけの不法侵入者なのでは?


「みなさん、案外達成できないものなのです」

 日記の神、と自称する人型実体は、やや悲しそうに説明し始めた。

「一生のうちに一度は日記を綴ったことがある人間は多いです。特に日本では、夏休みの宿題として絵日記を課されることが多く、綴ったことのない人の方が少数派です」

「ああ、最終週ぐらいのページに急に現れるやつだな。最初の辺りにあるなら忘れにくいものを、なんであんな中途半端な位置なんだろうな」

「それは神の力で捻じ込んだせいですね」

「捻じ込んでたの!?」


「文字を習って間もない年齢の人間は、どうしても日記普及率が低いです。だから、幼少期から習慣になるようにと」

「そんな、販売促進させたいがために教科書会社に圧力掛けて自分のメーカーの教材を載せる、みたいな感じで捻じ込めるの!?」


「しかし、せっかく日記を始めても三日坊主で終わる人のなんと多い事か! そのうえで、一応習慣と言えるほどに定着した人々の中でも、本当に日次ひなみ綴り続けているのなんて、ひと握りなのです」

「そういうものかなあ……」


  未だに納得できない。そんな困難なことなら、自分なんかが成し遂げられるとは思えないし。

「まだ、信じられませんか?」


「そうですね……例えば、体調不良で机の前に座るのも一苦労、という時には、日記は綴られない場合が多いです」

「あ……」

「あなたへのこのプレゼントは、もちろん日記を書き続けた行為そのものを褒め称えるものですが、同時にその10年間を無病息災で過ごせた証でもあるのです。そう思うと、なかなか達成できないものだと思えませんか?」


 そうか……もはや、日記を記すことが慣習となってきた人でも、あまりの忙しさや、病気、不慮の事故などで簡単に途切れてしまうのか。本来、日常において必須の行為ではないために、時間を捻出しようとしたらすぐに切り捨てられる習慣なのだ。

 自分は恵まれていたのだなあ、という実感が湧いてくる。自分だけでなく、家族や友人の健康があって為せた事なんだと理解する。

 思い返せば、小学校に上がる前に、祖父母から貰った日記帳からだったっけ。あれから10年間も書いてきたんだなあ……。


「あと、作家などの『文字を書くことを生業としている人』は参加できない、ってのが大きいですね」

「そんなアマチュアリズム的な規定があるの!?」

 マジで趣味での執筆でないと無理なの!? そりゃあ達成率が低いわけだよ! 今のが一番腑に落ちたよ!


「さて、本題です。今回贈呈するプレゼントも、当然日記に関するものではあるのですが、4つの中から1つ選んでいただきます」

「あ、そうだったな」

 流石にもう、眼前で話しているのが日記の神だということは信じられるようになった。忘れるところだったが、プレゼントの件で顕現したんだったな。


「1つ目は、『普通の日記』です」

 そう言って取り出したのは、どこにでも売ってそうな、B5ノートだった。表紙は真っ白、見たところ厚さも至って普通、だから30ページぐらいか?

「本当になんの変哲もない日記帳です。日々の出来事を記せるだけ。しかし、偉業を果たしたのにたったこれだけ、というのは味気ないので、私の権限で能力を付加しました」


 言うや否や、似たような外見のノートをもう一つ取り出す。こちらには表紙に【サンプル】と大きく赤い判子がされている。

「このサンプルで説明しましょう。いま、何の苦も無くページを開くことができますね?」

 渡されたので、パラパラとめくってみる。なんだ? マジックでも始まるのか?


「では、表紙にあなた以外の名前を書き込んでください」

「え……」

 急にそんなこと言われても、すぐには浮かばない。

「あの……母親のとかでもいいですか?」

「いいですよ」

「母の身に何か起こるとかじゃないですよね?」

「日記にしか変化はありません。神とはいえ、日記に関連する事柄にしか干渉できないんです」

 へえ、そういうものなんだ、と思いながら記す。


「では、日記を開けてみてください」

「……まさか」

 さっきみたいにめくろうとするが、全然できない。ページが指に引っかかる感触すらしない。もともと一枚の板だったかのようだ。逆さにして振ってもバサバサしない。


「日記帳には、他人から盗み見られることがないように、という意図で、鍵が付属しているものもありますよね」

「……それの究極版とでも?」

「はい。表紙に記された人物にしか開けられません。私ですら内容を読むことは不可能です」


 なるほど、それは凄い。凄いが、それほど秘密にしたいような記述をするだろうか? ああでも、パスワード保管用としてなら便利かもしれないな……。

「神の目の届かない場所、として使うのがおすすめです」

「その視点を神側から勧めてくるんだ……」

 別にそんな大それたことをする予定もないし、わざわざ言ってくるからには、本当は読めるんじゃないか? 確かめようもないが。


「2つ目は、『逆日記』です」

 不穏な響きのアイテムだな。この感じだとまた不思議な力が込められているのだろうけども。

「まず出来事が先にあり、それを文字にするから日記。これが通常の流れです。これの逆、つまり先に記述があってそれに沿って出来事が発生する──」

「えっそれって」

「そうですね、『まえもって日記』とでも呼びましょうか」

「おっとズラしてくるね~」


 ツッコんでいる場合じゃない、あまりに1番目のスケールと違いすぎないか? こんな強力な能力を日記関連として扱えるの、やや言ったもの勝ちな感じするのだが。

「ただし、鉛筆・シャープペンシルで書き込んでも消せません」

「いや、いいよ、打ち消す内容書き込んだらキャンセルできるんでしょ。読んだことあるもん」

「……詳しいですね?」


 どうしよう、これを手にしたら、あまりに強大な力に溺れそうなんだよな……最初のやつみたいに、こっちは所有者を選んだりしないだろうし、うっかり奪われたら目も当てられない。一瞬心惹かれたけど、やめておこう。現実改変者の結末が悲惨ってのは散々描かれてるもんな。


「3つ目は、『裏日記』です」

 法則性が分かってきた。ん? でもこの場合の裏ってなんだ?

「裏──つまり、出来事が発生しない、それに沿って記述がされない日記。起こらなかったことは書かれない、裏返せば起こったことは全て記述されていく──謂わば『自動書記日記』です」


「……それは、ありがたい、のか?」

 そりゃあ日記を書くのが煩わしいときだってあるだろうし、備忘録として付けているなら、オートで書いてくれるに越したことはない。でも、趣味だし、自分で書く内容を選べるからいいんじゃないか?


「そうなんですよね、作れるから作ってみたものの誰もこれ選ばないんですよね」

「やっぱりミスマッチなんじゃん! ……待ってくれ、このプレゼントの選択をした人間が他にもいたみたいな言い方だな?」

「? そうですよ、今回が人類史上初、という訳ではありません」

「じゃあ他の人は何を選んだんですか……?」


「皆さん『通常の日記』を選びますね。1人だけ『対偶日記』を選んだあと、すぐに燃やしてしまいましたが」

「ああ、そうなんだ……」

 よかった、誰かが『まえもって日記』を使っている世界ではなかったらしい。みんな良識があって助かった。


「4つ目は、『対偶日記』です」

 で、燃やしてしまいたくなるような日記ってなんだ?

「記述がされない、それに沿って出来事が発生しない──つまり、書かれている内容は全て起こることなのです」

「……? 『まえもって日記』と何が違うんだ?」

「作成しておいてなんですが、日記としては使えません。何故なら既にびっしりと過去・現在・未来の事象が書き込まれているからです」

「……『アカシックレコード』だな!?」


 そんなもんを読めるようにするなよ! 燃やしておいてくれてよかったよホントに! もはや日記じゃないだろ!

「一瞥したかと思うと急に呻きだして、自分に火を点けちゃったんですよね、前に選んだ人は」

「SAN値ゼロになってるじゃねえか!?」

 その情報貰って選ぶわけないだろうが!


「では、4つのうちのどれにしますか?」

「『通常の日記』でいいです……」

 そうして、少年は今日も日記を綴る。

 この『通常の日記』を最期に処分し損ねた故に、後世に『誰も開けない謎のノート』としてオーパーツ扱いされることになるとは、誰も知る由もない。

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