【作戦】


「ブラックキャノン!」


 アンナチェイサーが、右手の人差し指と薬指で「イクイップメント・コンソール」を起動させる。

 次の瞬間、右手に大型のハンドガンが出現した。


 滞空したままの状態で、アンナローグが放り投げた化け物をロックオンする。

 

「ワイドブラスター!!」


 AIに命じ、ブラックキャノンのモードを切り替える。

 すると、銃身が八つに割れ、口径が肥大化した。

 光のエネルギーが集約し、銃身の内部が白色化する。


 トリガーを引いた瞬間、ブラックキャノンの銃身から、その大きさからは想像も出来ない巨大なビームが発射された。

 それは以前トリフィドを葬った時のブラックブラスター程ではないが、今回の化け物を包み込むには充分過ぎるものがあった。


 ――だが。





「……」


 動画が制止する。

 モニタに映された「ブラックキャノンが命中した瞬間」の場面を眺め、ナオトは小さく唸った。


「どうしたの、ナオト?」


「ああ。

 どうにも腑に落ちなくてな」


「何が?」


「先の戦闘なんだが。

 このXENO、アンナチェイサーの攻撃を回避していないか?」


「えっ?」


 後ろから顔を覗かせた霞は、驚いて身を乗り出す。

 ナオトは動画をコマ送りにして何度も進めたり戻したりして、同じ場面を繰り返す。


「被弾してるように見えるけど?」


「ああ、当たってはいるようなんだが、被弾中に消えてるように思えてな」


「えっ待って! 仕損じたってこと?!

 それじゃあ、あのXENOはまさか?」


「下手をしたら、まだ生きてるかもしれん」


「だとしたらまずいよ!」


 霞が珍しく表情を歪め、悔しがる。

 だがそんな彼女の肩を優しく叩き、ナオトは首を振る。


「やむを得ない。

 あの状況では、ブラックブラスターのチャージは間に合わなかった。

 まして照準も合わせられないからな。

 霞の判断は誤ってはいない」


「で、でも……」


「今度のXENOは、これまでとは違うのかもしれん。

 喋った、というのも気になる。

 もしかしたら、XENOではないのかもしれないな」


「――XENOVIA、ってこと?」


 霞の呟きに、ナオトは静かに頷きを返す。

 その途端、霞の顔色が目に見えて変わった。


「じゃあ、次のステージに……」


「そういうことだ。

 もし予想通りなら、一刻も早くアンナユニットの強化を図らなければまずい。

 その為にも、愛美の――」


「お二人とも~、できましたよぉ」


 鼻孔をくすぐる素晴らしい香りと共に、愛美の声が響く。

 大きなトレイに何やら色々と載せて運びながら、エプロン姿の愛美が満面の笑顔を向ける。


「あ、クレープ」


「随分時間がかかってるなと思ったら」


「ええ、厨房を隙に使って良いを仰られたので、先程のお話に出たアップルクレープを本当に作ってみました」


 愛美の言葉に、霞の目がハートマークに変わる。

 それとは別にお茶もしっかり用意されており、ナオトにはミルクコーヒー、霞にはダージリンティー。

 

「手が込んでるな」


「恐れ入ります。

 クレープは、リンゴをスライスして少し歯応えが残る程度に火を通しております。

 リンゴ自体の甘さを活かして、出来るだけ甘味は足さない方向で調理しました。

 あ、シナモンも軽く振ってありますので」


「うわぁ、美味しそう♪ いい香り!」


 霞は両手を組んで飛び上がらんばかりに歓喜する。

 その態度がいつもの雰囲気からは想像も出来ないくらい可愛らしく、愛美は一瞬面喰らった。


「一息入れよう。

 すまないな、愛美」


「いいえ、こういう事は得意ですので、何なりとお申し付けください!」


 久々にメイド的な仕事が出来たせいか、愛美自身も満足そうだ。

 「いただきます!」と元気に告げると、霞は目を輝かせて皿の上のクレープにフォークとナイフを差した。


「美味しっ!」


「うん、これは……凄い」


 キャラ崩壊しながら歓びの声を上げる霞と、口調こそ変わらないが眉が大きく動くナオト。

 その反応を見て、愛美は益々笑顔になった。


「もし差しつかえなければ、お食事やお掃除、お洗濯などの身の回りの事は、是非私にお申し付けください」


「な、なんか悪いよ」


「大丈夫ですよ、霞さん。

 一応、本職ですので」


「相変わらずの手際だな」


「え?」


「何でもない。

 ところで、ちょっと伝えておきたい話がある。

 座ってくれないか」


「はぁ、わかりました」


 ナオトは愛美を着席させると、先程のXENOの件について説明を始める。

 愛美の笑顔が消え、表情が強張った。



 

 




 美神戦隊アンナセイヴァー


 第94話【作戦】


 





 駒沢京子は、黒い壁に囲まれた広大な部屋の中に立っていた。

 部屋の各所には、剥き出しになった機械部品や組み立て用と思われる機器・重機が無数に配置され、あらゆる位置に無数のモニタが配置されている。

 その中央部、特に大きな機械にはカプセルのようなものが設置されており、その中には滑らかなシルエットを持つ人型ロボットが入れられていた。


 うっとりするような目でそれを眺める京子の背後に立つ男が、「ほぉ」と声を漏らした。


「これが、アンナユニットというものか?」


 男――キリエが尋ねる。


「そう。

 優香はこれを実装してアンナソニックになるわ」


「見た感じ、全く姿が違うようだが?

 アンナソニックは、あの女と殆ど変わらない形だったように思えたが」


 キリエの質問に、京子は鼻で笑う。


「その疑問は当然ね。

 アンナソニックは、この姿のままでも充分過ぎる程のスペックを弾き出せる。

 でも、それだけでは面白くない。

 だから、あの贋作共と同じ外観にしてやったのよ」


「言ってる意味がわからんが。

 つまりはお前の対抗意識ということか?」


「どうでもいいでしょ、そんなこと。

 それより……あんたがどうしても見せろっていうから見せたけど?

 アンナソニックをどうするつもりなのよ」


 腕組をしながら不機嫌そうに尋ねる京子に、キリエはフッと笑いアンナソニックの機体を指差した。


「コイツには何もしない」


「あらそう」


「だが、構造を確認させてもらう」


「どうするっていうの?

 壊したら許さないわよ?」


「壊しはしない。

 それでは意味がないからな。

 ――この機体に触らせてくれ。

 ほんの数秒でいい」


「……?」


 京子は首を傾げながらも、端末を操作してカプセルを解放する。

 露出したアンナソニックの機体に向かって、キリエはまるで宙に浮かぶようにふわりとジャンプした。


 キリエの手が触れた途端、アンナソニックの機体全体に、青白い光のラインが無数に迸った。


「ちょっと、あんた何してんのよ!」


「問題ない。すぐに終わる。

 ――なるほどな、構造は把握した」


 十秒弱ほど手を触れていたが、やがてキリエは満足そうに微笑み機械から飛び降りる。

 もういいぞ、と言わんがばかりに、京子に手を振る。

 再び、カプセルが閉じられた。


「構造を把握?

 専門家でもないあんたが、この短時間でいったい何がわかるというのよ」


 いぶかし気な視線を向ける京子に向かい合うと、キリエはにやりと笑う。


「俺の能力は、既に見せた筈だな?」


「超生産能力、だっけ?

 あの、胡散臭い能力だったら見たわ」


 攻撃的な姿勢を崩さない京子を見下ろすと、キリエは近くにある端末用のデスクに手を伸ばす。

 そこに置かれていた一本のペンを手に取ると、それをブン! と強く振る。


 彼が指で摘まんでいたペンは、いつの間にかハンカチのようなものに変化していた。


「メガネが汚れているぞ」


 そう言いながら、ハンカチを投げ渡す。

 京子はそれを受け取ろうともせず、少し怯えた目でキリエを見つめた。


「このアンナユニットを、量産する」


「そんな事が――」


「まぁ聞け」


 青筋を立てて怒る京子を抑えると、キリエはいつものようにマントをバサッと翻した。


「吉祥寺が命じた“第三次実験”に、協力してやろうというのだ」


「協力? アンナユニットのコピー品を作ることが?」


「その通りだ」


 自信に満ち溢れた態度で、キリエは京子に迫る。

 その迫力に、僅かに気圧される。


「確かに、アンナソニックは優秀な性能を持っているようだ。

 理想的な攻撃兵器だし、あの女達と渡り合うには充分過ぎる性能だ。

 だが、一体しかいない。そこが問題だ」


「一体あれば、それで充分よ」


「甘いな。

 実際、初戦で既にあの女達に対策を講じられたそうじゃないか」


「……っ」


 キリエが言っているのは、アンナパラディンがやったエネルギー消耗作戦のことだろう。

 何故そんな事まで? という疑問を抱きはしたが、京子はあえて口を紡いだ。


「アンナソニックは、新たに生まれるXENOVIA達の守護者ガーディアンとなって貰いたい。

 となると、一対一や一対複数の戦闘になっては、いずれ圧されてしまうな」


「馬鹿言わないで!

 あたしが作って、優香が操縦するアンナソニックが、そんな遅れを取るわけがないでしょ!

 贋作共にっっ!!」


「ふん、果たしてそうかな?

 だが、アンナソニックと同様に、同じ目的の下に活動できる機体が――そうだな、あと四体ほどもあれば、より確実にあの女達を止められるだろう。

 違うか?」


「くっ……」


 京子は、悔しさのあまり歯ぎしりした。

 アンナソニックは、アンナセイヴァーと違い有限のエネルギーユニットしか搭載出来ない。

 その為、最大でも三十分程度しか実装時間が稼げず、また戦闘が激化すれば時間はどんどん短縮されてしまう。

 しかも、その弱点は既に向ヶ丘未来に見抜かれた。

 であるなら、キリエのいう通り駒の数を増やし、短時間で一気に決着を着けた方が確実性は高い。


 正論ではある。

 が、しかし。

 それは京子のプライドを著しく傷つける指摘でもあり、受け入れがたい話でもあった。

 

「アンナソニック一体で充分よ!

 それ以上は要らない!

 これ以上贋作を増やされても困るわ!

 いくらそれが吉祥寺博士の命令でm――」


 ガシッ、とキリエが京子の顎を掴み、言葉を無理やり止める。

 彼の目には、今の京子と同じ色が宿っていた。


「吉祥寺の命令など関係ない」


「?!」


「あの男の意のままになるのが癪に触るのは、俺も同じだ。

 ――だが、まぁいいだろう」


 そう言うと、顎から手を放す。


「では、それを実証してみろ」


「じ、実証?」


「三島の、次の水道橋襲撃をアンナソニックでフォローしてみせろ。

 それが充分な成果だったら、アンナユニット複製の件は見送ろう」


「本気、なの?」


「ああ、俺は嘘は言わん」


「……」


「だが、アンナソニックが不覚を取った時は、俺の思惑を実行する。

 それでいいな」


「……わかったわ」


 無理矢理ではあるが、話はまとまった。

 京子は、キリエに捕まれた顎を手でさすりながら、彼を睨みつける。

 一瞬ではあったが、凄まじい傷みを感じたのだ。 

 


  


 一方、ここは地下迷宮ダンジョン

 水道橋に出現したXENOの件は、当然のようにこちらでも話題になっていた。

 単独で帰還したナイトクローラーから事情を聞き、愛美が無事ナオト達と合流したらしき事を理解すると、勇次は改めて今回の事件を検討することにした。


「今回のXENOは、以後“UC-20 ローパー”と呼称する。

 それにしても、突然ビジネス街の中心部に出現した目的は何なんだ?」


 勇次の質問に、テーブルに腰かけた凱が答える。


「調査によると、現場のすぐ近くのテナントで入ってる株式会社ミンギ・フィルモアで起きた事件が絡んでいるようだ」


「事件? なんすかそれ?」


 相変わらずハンバーガーをパクつきながら、今川が質問する。


「この会社に勤務している三島という男性社員が、この日社内で殺人事件を起こしてる」


「さ、殺人?! 社内でぇ?!」


 今度は、今川の脇で彼のポテトを摘まんでいたティノが反応する。

 彼女に向かって頷くと、凱は更に説明を続けた。


「どうも社内で大規模な横領事件があったようでな。

 この三島という男は、所謂トカゲの尻尾切りの理屈で会社を懲戒解雇処分を受けていたらしい。

 その怨恨が動機だと言われているが、目撃者の話だと、コイツが突然化け物に変身したんだそうだ」


「人間に擬態しているタイプか。厄介だな」


「ねぇガイ、その三島って男の消息は?」


「アンナローグとチェイサーの撃退以来、発見されていない。

 恐らくあの時倒されて消滅したと思いたいところだが――」


「だが?

 なんか歯に物が挟まったような言い方だな」


「あ、わかります?

 肉の筋が奥歯に挟まっちゃって。フロスないっすか?」


「知らん!」


 何処から取り出したのか、百均で売っていそうなデンタルフロスを今川に投げつけると、勇次は呆れた溜息を吐き出す。


「何かあったんだな? 凱」


「そうだ。

 三島のマンションを調べた警察が、どうやら室内で人間の身体の一部を発見したらしい」


 そう言いながら、凱は自分の右前腕をぶらぶら振って指差す。

 ティノが、「ひえっ」と短い悲鳴を上げた。


「おかしいな、では三島という男は、事件後にマンションに帰宅していたということか?」


「そのタイムラインがよくわかってない。

 俺はどうも、ローパーが完全に倒されたわけじゃないように思えてならないんだよな」


「ううむ……」


 勇次は、シェイドIIIから送られた映像を再生する。

 それは先程ナオトが確認していたものと同じで、ローパーがアンナチェイサーのブラックキャノンを受けて消滅する瞬間の場面だ。


 ナオトがやったように、何度も同じシーンを繰り返し再生してみる。

 結果、勇次もナオトと同じような結論に至ったようだった。


「凱よ」


「なんだ?」


「仮に、このローパーの変身体が三島であるとしてだ。

 生き残った奴は、次にどういう行動に移ると思う?」


「そうだな。

 三島の事情を考慮すると、恐らく動機は復讐だろう。

 特定個人の上司ではなく、会社全体に対する……みたいな」


「だったら、また同じ場所に現れて会社を攻撃するかも?」


「おっと、ティノ。

 俺も同感だ」


 ティノを指差し、軽くウィンクする。

 そんな凱に、ティノもウィンクを返した。


「であるなら、そのミンギ・フィルモアという会社を警戒する必要があるな。

 それと――」


 そこまで言って、勇次は伏目がちに凱を見る。


「相模恵の様子はどうだ?」


 意図を察したのか、凱は残念そうな顔で首を振る。


「熱は落ち着いたが、相変わらずドクターストップ状態だ。

 未来達程ではないにせよ、休養を必要とすると診断を受けたよ」


「そうか……仕方ないな。

 であれば、アンナローグとチェイサーに対応を依頼しよう」


「俺もナイトシェイドと一緒に行くぜ」


「凱さんは、メグちゃんとこに居てあげなきゃダメっしょ」


 凱の口にポテトを一本突っ込みながら、今川が首をブンブン振る。


「そ、そうは言っても」


「メグちゃんなら、凱さんが傍に居てあげればきっとすぐに回復しますって!

 ねぇ勇次さん?」


「そうだな」


「お前まで」


「はいはーい、あたしもそう思う!

 というわけで、多数決だからこれ」


「いつから?!」


 三人に圧され、凱は弱った顔をする。

 だがそこに、更にもう一人……いや、一台加わった。



『ボクも一票入れまーす!』



 その声は、凱の腕時計・シェイドIIから響いて来た。


「あ、ナイトクローラー!

 聞いてたのか?」


 今川の質問に、腕時計から「うぃーっす」という元気な返事が返って来た。


『凱さん、ボクが現場に行きますし、ナイトシェイド先輩とも連携取りますから、どうかご心配なく!』


「そ、そか。

 そこまで言うのなら」


 いささか不安げではあるが、凱は皆の意見を尊重することにした。

 話が一段落したところで、勇次は早速、ナオトに連絡を取ってみることにした。






「委細承知した。

 では、早速アイガーデンテラスへ二人を向かわせよう」


 勇次からの通信を切ると、ナオトは霞に目配せする。

 

「聞いた? 愛美。

 早速行くよ」


「ええ、承知いたしました。

 それではナオトさん、行って参ります」


「ああ、気をつけろ」


 ナオトに頭を下げると、愛美は迷宮園ラビリンスの広場のようになっている空間へと走った。

 その手には、ペンダントが握られている。

 そしてその後を、霞が追う。


「一緒に行くぞ。コードシフト!」


「コードシフト!」


 二人の詠唱に反応し、ペンダントが展開する。

 待機音が鳴り響く中、二人は両腕を回した。


「「 チャージアーップ!! 」」


 凄まじい閃光が煌めき、二人の姿が一瞬光に呑み込まれる。

 それを腕を組みながら見つめるナオトは、目を細めながら溜息を一つ吐いた。






「さぁ、お前達の出番だ」


「ほ、本当に、もうあいつらが来ても大丈夫なんだろうな?」


「心配しなさんな。

 あたしがついててやっからさぁ」


「……」


 ここは、アイガーデンテラス。

 良く晴れた昼下がり、そこには場違いな恰好をした男女と、スーツを着こなした男性が佇んでいた。


 キリエはバサッと黒マントを翻し、優香はゴスロリドレスを翻しながら底の厚い靴を鳴らす。

 二人とも、期待に満ちた眼差しだ。


 彼らに見守られながら、男性・三島は会社へと入っていく。

 会社の入口には警察関係者が何人が残留しており、ビルを出入りする人々をチェックしているようだ。

 ふと見上げると、昨日三島が変身してぶち破った階の窓には、不自然な形でブルーシートが貼られている。


「ねえ」


 不意に、優香が尋ねて来る。


「なんだ?」


「なんであたし、殺そうと思った相手と揃って、こんなガキのお守りみたいな真似してんのよ」


「それを言ったら、なんで俺は、俺を殺した女と一緒に行動しなきゃならんのだと思ってる」


「お互い様ってことぉ?」


「かもな」


 ふと見ると、早速会社の入口で三島と警官が何か言い争っている。

 それを見止めた優香は、口元に不敵な笑みを浮かべた。


 不安そうな顔でこちらを見て来る三島に向かって、優香は、まっすぐに立てた親指を下に向けた。


「さぁ、始まるよぉ♪」



 ビルの入口で警官達の悲鳴が上がったのは、その直後だった。





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