【異動】


 新宿警察署・刑事課強行犯捜査係。

 つかさ警部は、隣の空席を見つめた。


 あれ以来、高原は職場復帰していない。

 かなり強い精神的ショックを受けたことが原因か、未だ休職中。

 彼の元彼女である城塚洋子の消息も不明なままで、親族が捜索願を提出するも決め手になるような情報は全くない。


 だが司には、なんとなく分かっていた。

 やはり、彼女は“消された”のだ。

 そして、こんな不可解な事案を引き起こすとしたら、犯人はもうXENOしかありえない。


 しかし、いったい何の為に?

 もし、それが桐沢を誘拐するために高原の目を背けさせる目的で行われのだとしたら、随分と回りくどい。

 それなら、高原を直接消せば事足りる筈で、わざわざ元カノを消す必要性などない。


 ――それとも、わざわざそういう陰湿な手段を選ぶのが、XENOの特徴なのか?


「わからんな……」


 何となく、独り言を呟く。

 それを聞きつけたのか、島浦がスススと近付いて来た。


「司、何を考えている?」


「コレの彼女の件だ。

 それだけじゃないが、XENOが引き起こしたと思われる事件は全て、どうにも回りくどいというか直接的でなく無駄が多い気がしてな」


「それについては同感だなぁ。

 俺にはまるで、わざわざこういう無駄な手間をかけて“楽しんでいる”ようにも思える」


「楽しむ、か」


「そう、俺にはこの一連の事件は“劇場型犯罪”に思えてならん」


「劇場型犯罪……確かにな」


 劇場型犯罪。

 演劇を模したようなスタイルで遂行される犯罪のことを指し、事件に直接関係しない第三者からすると、まるで物語を演出するような流れにも感じられる特徴がある。

 過去の事例だと、犯行予告を警察や新聞社に送付したり、インターネット上で犯罪予告を行うといったものが例として挙げられがちだが、それらに該当しない“加害者が直接意志を表明しない”タイプも該当する。


 実際、島浦以外にもそういった考えを持つ者が捜査本部内に数名おり、司自身も同感だった。

 しかし何故そのような演出を行うのか、それも遠回りなものばかりなのか、その動機が見えなかった。


 その一方で、西新宿を中心に幾度も巻き起こった“破壊活動”もある。

 不特定多数の石化事件、強力な音響兵器を使用したと思われる大規模破壊。

 犠牲者数は、避難勧告が出されていたにも関わらず四千人を越え、もはやマスコミの報道などを抑える事は難しくなってしまった。

 近々、警察は一連の事件を指して公式発表をせざるを得なくなるだろう。


 そうすれば当然、アンナセイヴァーの存在も明るみに出てしまう。

 これまでネット上で噂話の延長として語られていたレベルでは済まなくなる。


(XENOの目的は、桐沢の暗殺。

 だが何度も失敗を繰り返し、奴らはとうとう街ごと破壊する強硬手段に出た。

 そう考えるのが妥当だろうな)


 司の脳裏に、小憎らしい笑顔を浮かべる桐沢の姿と、アンナローグの姿が交互に浮かぶ。

 最後に出会った際のアンナローグの表情は、何を物語っていたのだろうか。

 次々に押し寄せる情報や状況に、司はだんだん混乱してきた。


「ところで司、ちょっといいか」


「ああ、わかっ……承知しました、課長」


 辺りをきょろきょろ見回し、課内にまだ大勢の人が居ることを確かめると、司はものすごくわざとらしく口調を変えた。


「今更すぎるだろ」


「今更すぎるかな」


 呆れ顔の島浦は、司を奥の部屋へ誘った。



「先日の西新宿の大規模破壊事件に関してだが。

 本庁は、XENO関連と思われる事件の情報提供者、桐沢大きりさわだい匂坂道成さきさかみちなりの二名は、エイ・エクシステーリホテルの崩壊に巻き込まれて死亡と判断された。

 同時に、保護管理を任されていた我々にも責任追及されている」


「あんな天災にも等しい出来事で責任を問われてもな」


 呆れた口調で返す司に頷きながらも、島浦は表情を引き締めつつ続ける。


「無論、上層部もそのことは理解済だ。

 もはや警察にはどうしようもないレベルだったからな。

 だからこそ上は、ある程度の情状酌量の余地はあるとして、懲戒処分なしの代償に特別命令を課して来た」


「特別命令?」


「司よ、お前を長として、捜査本部の延長線上に臨時の特殊セクションが設けられる事となった」


「俺が、だと?」


 予想外の内容に、さすがの司も困惑する。

 しかし、島浦はいつものようなフレンドリーな態度を廃し、感情を込めない口調で更に続けた。


「正式な辞令はいずれ下りるが、お前は今後、科警研や各県警の科捜研と協力し“XENO犯罪対策一課”という新設部署に配属される。

 良かったな司、これでお前も、俺と同じ“課長”へ昇進だ」


 そう言いながら、島浦は酷く意地悪そうな表情でニヤリと微笑んだ。


「マジか……強引にも程がある人事異動だな」


「それについては俺も同感だ。

 だが司、これは深入りし過ぎたお前が自ら招いた事だと思うぞ?」


「良く言うぜ。

 それで、具体的にはいつからだ?」


 出来るだけ表情に出さずに尋ねる。

 そんな彼に、島浦は口元を釣り上げて囁くように告げる。


「今日から、だ」


「今日?!」


「準備出来次第すぐに、とのことだ。

 詳細はおって伝えるよ」


 さすがに、今度ばかりは顔に出してしまった。


 

 




 美神戦隊アンナセイヴァー


 第92話【異動】

 





 その男は、無表情のままとぼとぼと廊下を歩いていた。

 明らかに昨日から着たままのスーツ、洗っていない髪、無精髭、薄汚れた肌。

 しかもジャケットの背中は大きく破れ、その周辺には不気味な黒いしみがこびりついている。

 その異様な姿に、他の社員達は声をかけようともしない。


 男は、自分が勤務する部門の部屋に入り込むと、自分の席の椅子に荷物をどっかと置き、島の先へと進んでいく。

 いつも挨拶する同僚達に、声をかけようともしない。


 島の一番上の席に辿り着くと、そこに座る中年男性を睨みつける。


「おはよう。

 三島、どうした?

 随分顔色が悪いが」


 心配そうに声を掛ける中年男性に向かって、三島と呼ばれた男は、吐き捨てるように呟く。


「ええ、昨日のショックが抜けなくてですね」


「待て三島、その話はまだ皆には」


「別に構わんでしょう?

 俺はあんたら上長達の判断ミスの責任を負わされて解雇される。

 どうせ、何人かはとっくに噂で知ってるでしょう」


「人聞きの悪い!

 あの件については、もう十分に話をした筈だろう?」


「ええ、そうですね。

 ――だからって、納得までしてると思ったのかよ?」


「み、三島?! 何を――」


 三島は、突然上司の胸倉を掴み上げた。

 思わず止めに入ろうとした同僚達は、その直後の異様な光景に、思わず足を止めた。


「な、が……く、苦し……!!」


「前々から気に入らねぇんだよ。

 いつも俺のことを嘗めくさりやがって。

 お前には目をかけてるだぁ? 期待しているからだ、だぁ?

 その結果がトカゲの尻尾切りかよ! ハハハ、笑わせるな!」


「ち、違……俺は、最後までおま……を」


「俺ばっかり不幸のドン底じゃあ、不公平だからなあ。

 まず、お前からぶっ殺してやんよ」


「ひ……!」


「お前だけじゃなくて、この課の……いや、この会社の連中全員道連れにしてなぁ!!」


 ズボッ!


 憎しみのこもった叫び声と共に、上司の腹部に左の手刀が深々と突き刺さる。


 三島の両腕は二メートル程に伸びており、上司は宙吊り状態のまま抵抗も出来ずに刺殺された。

 その光景を目の当たりにした他の社員達は、一瞬硬直したものの、すぐに悲鳴を上げて逃走し始めた。


「ば、化け物だぁ――っ!!」


「助けてくれぇ!!」


「きゃあぁ――ッ! だ、誰かぁ!!」


 思い思いの悲鳴を上げながら逃げ惑う同僚達に殺意のこもった視線を向けながら、三島はありえないほど大きな口を開け、上司の死体にかぶりついた。


「もご……う、うめぇ……これが人間の味かぁ♪」


 口がふさがっているにも関わらず、三島は嬉しそうに感想を述べる。

 ものの数秒で上司の死体を?み込むと、次の犠牲者の所へと歩き出す。

 部屋の入口は逃げようとする大勢の社員でごった返しており、まだ多数の者が室内に残っていた。


「ひいぃぃ!! た、た、助けてぇ!」


「や~だね♪」


 バクン! という大きな音を立て、三島は命乞いする社員の頭を食い千切った。

 大量の鮮血が、周囲の者達に降りかかる。

 あまりにも信じがたい状況が目の前で展開したせいか、皆硬直してしまう。

 すかさず、三島は巨大な口を開けた。

 乱雑に生えた無数の牙と紫色の長い舌、そして奥の方で恨めしそうに見つめている犠牲者の頭が覗く。

 それが、彼らの見た最期の光景だった。





「え、私が特捜班にですか?」


 愛美はきょとんとして、自分を指差す。

 勇次は無言で頷くと、エレベーターのボタンを押した。

 ゴンドラが、ゆっくりと下降していく。


「鷹風ナオトからの依頼でな。

 しばらくの間、あいつや宇田川霞と行動を共にしてもらいたい」


 感情のこもらない口調で、目線を向けもせずに勇次が呟く。

 愛美は、彼の態度の微妙さに気付いていたが、きっと特殊な事情があるのだと察し、あえて何も尋ねないことにした。


「承知しました。

 でも、どうやってナオトさん達と合流すればよろしいでしょう?」


「それについては、案内役が居る。

 これから紹介しよう」


「は、はい――って、ここはメカニックドック?」


 エレベーターは最下層に辿り着き、ゆっくりとドアを開く。

 そこは以前にも来たことがある、アンナユニットが置かれたドックであり、ティノ達メカニック班の活躍の場だ。


 エレベーターを降りてしばらく歩いていくと、奥の方から何かがこちらに近付いてくる。

 それはグレーのハイエースで、何故かしきりにパッシングを繰り返す。

 愛美は、ライトの眩しさに思わず顔を腕で覆った。


「よせ、ナイトクローラー。

 眩しいだろうが」


『おっとぉ! すんませぇん!

 愛美チャンに逢えると思ったら、ついつい嬉しくなっちゃって!』


「え? ど、どなた?!」


 初めて聞く声に、戸惑う。

 愛美は辺りをきょろきょろ見回すが、勇次以外の人はいない。

 いるとしたら、このハイエースの中? と思うが、フロントガラスが暗くて中が良く見えない。


「紹介する。ナイトクロ-ラーだ」


「え?」


『愛美チャンちーっす!

 ボク、ナイトクローラー! よろしくね!』


「えっ? えっ?」


『きょろきょろしないでよぉ、目の前にいるでしょー?』


 再び、車がライトをチカチカさせる。

 愛美は、目が点になった。


「え、えっと、あの……も、もしかして?」


「そうだ、この車が喋っている」


 勇次は、そう言いながら目の前の車をバン! と叩いた。


『痛ぁ~い! ユージさん、もっと優しくしてぇ♪』


「嘘こけ! ミサイルの直撃にも耐えるボディの癖に」


『こういうのは、精神的な傷みなんすよぉ』


「何が精神的だ。AIの分際で」


『あっ、あっ、その言い方酷くないっすか?

 AIにだって心はあるんですよ、山よりも深く、海よりも高いボクの心は傷ついちゃいましたよぉ~♪』


「逆だ、逆」


「あの、すみません、まだちょっと状況が理解できてないんですけど……」


 勇次と車の奇妙なやりとりに翻弄されながら、愛美がぼそりと呟く。


「この車は、ナイトクローラー1号機。

 ナイトシェイドと同様、自己思考型のAIを搭載しているので、こうして会話や意志の疎通が可能だ。

 勿論自動運転も可能だ。

 お前達アンナセイヴァーの実装前後の移動をフォローする役割を持っている」


 勇次が、軽く咳ばらいをしてから説明する。

 ナイトシェイドと同様、の辺りで、ようやく理解が及んだ。


「ナイトシェイドさんと同じなんですか!

 なるほどぉ、よくわかりました!」


「今回は、こいつがお前を特捜班の許へ送り届けることになっている。

 すまんが、搭乗してくれるか」


「はい、わかりました。

 ナイトクローラーさん、初めまして。

 千葉愛美と申します。

 先程は大変失礼をいたしました。

 改めまして、どうぞよろしくお願いいたします」


 愛美は、まるで膝に顔がつくような勢いで深々とお辞儀をする。

 その態度に、ナイトクローラーのフロント部分が紅潮した……ように一瞬見えた。


『アハハ! そ、そんなご丁寧に! なんか照れちゃう♪』


「本当に車なのかって気がしてくるな、お前と話していると」


『ヨッシーさんにもそう言われましたわ』


「あの、ナイトクローラーさん……“あっきー”さんでは?」


『おっとぉ!?』


 ナイトクローラーの物言いに、愛美は思わず吹き出してしまった。





 ナイトクローラーの車内は、少々豪華ではあるものの、ごく普通のワゴン車そのまんまだった。

 ただしシートはかなりしっかりした物に替えられており、かなりの人数が乗れそうだ。

 全てのウィンドウはスモーク処理が施されており、更にはコンソールパネルに見たこともない機器やメーター類、ランプ等が付けられている。

 勇次によると、搭乗時は後部座席の方にする必要があるようだ。


 愛美は、一番後方のシートに腰かけると、座り心地の良さについ感嘆の声を漏らしてしまった。


『愛美チャン、シートベルトはちゃんと着けてね。

 そこはさすがに自動化できないから』


「はい、承知いたしました!」


『愛美チャン、もっとフランクに話してくれてもいいんだよぉ?

 いっつも敬語で疲れない?』


「いえ、私はずっとこの喋り方ですので……なんだか、申し訳ありません」


『そっかぁ。

 じゃあ、シートベルト着用も確認したし、早速出発しようか』


「ちなみに、どちらに向かわれるのですか?」


『知らない~』


「えっ? ど、どういうことですか?」


『行先は極秘みたいでね、鷹風ナオトって人が誘導するんだって』


「は、はぁ」


 なんだかよくわからないが、きっと何かの方法でちゃんとするんだろうと無理やり納得することにする。

 勇次に見送られながら、ナイトクローラーは静かに発進し始めた。


 しばらく車内に沈黙が流れたが、なんとなく気まずいような気分になり、愛美は口を開いた。


「あの、ところで」


『何~?』


地下迷宮ダンジョンは、確か地下深くにあるって伺っていたのですが、ここからどうやって地上に出るのでしょう?」


『あれぇ、知らないの? 愛美チャンは』


「え? 何がですか?」


地下迷宮ダンジョンから外部へのアクセスは、全て自動転移テレポーターで行われてるんだよ』


「て、てれ……なんですか?」


自動転移テレポーター

 要はね、各所にあるゲートをくぐると、そこから特定のポイントに向かって電送しちゃうんだよ』


「な、なんだかよくわかりませんが……」


『手っ取り早く言うと、いきなり遠くまで一瞬で行けちゃうの』


「そ、それは凄いですね!

 え、じゃあ今向かおうとしているのは」


『うん、たぶん鷹風ナオトって人が転移先を指定してんだろうね』


「ふ、ふやぁ~……」


 いまいち理解が及ばないが、なんだか凄い科学力でいきなり遠方まで移動できることは分かった。

 振り返れば、SVアークプレイスからのエレベーター移動も、何かおかしな挙動を経ていたのを思い出す。


(ということは、地下迷宮ダンジョンが何処にある建物なのかは、相変わら謎ということなんですね)


 愛美は、もうかなり長い間“SAVE.”に関わっているのにも関わらず、その全貌をまだ殆ど知らないことを改めて意識した。







「司、大変だ!」


 コーヒーを淹れて戻って来たところに、島浦が血相を変えて飛び込んで来た。


「どうしたんですか、課長殿?」


「嫌みを言ってる場合じゃないぞ!

 XENOだ、XENOが出た!」


「なんだと?!」


「場所は水道橋西側のオフィスビルんとこだ。

 社員が突然化け物に変身して、社員を次々に食い殺しているらしい!」


「どういう状況なんだそれは?!」


「怪物はかなり大型みたいだ。

 今、神田川と首都高が重なってる辺りで、大暴れしているそうだ」


「状況の確認をする必要があるな」


 司は、大慌てでネットから情報を調べる。

 すると案の定、周辺の奇異な状況がSNSで挙げられており、鮮明な画像や動画が確認出来た。



 場所は、 JR水道橋駅から南西の方向にある、複数の企業ビルが立ち並ぶエリアに設けられた広場・アイガーデンテラス。

 そのど真ん中に、とてつもない巨体の化け物が居た。

 

 外観は、まるで巨大なイソギンチャク。

 しかし下方からは無数の触手が生えており、情報には大きな花を思わせるような口が開いている。

 その触手は何人かの人間を捕えているようで、別の動画では人間を次々に口の中へ放り込んでいるようだ。


 人間の大きさとの対比から、その全高は少なくとも六メートルはある。

 ぶよぶよとした質感を覚えさせる濁った体表は生理的嫌悪感を煽る。

 司は、冷や汗を拭った。


「こんなもん、警察がどうにかできるものではないだろう!」


「そりゃあそうだ!

 おい司、あのコスプレ集団に連絡を付けることは出来ないのか!?」


「そんな方法は――」


 そこまで言って、ふと思い出す。

 鷹風ナオトという男が置いて行ったタブレットを使えば、或いは……


「すまん、ちょっと出て来る」


「あ、おい、司?!」


 タブレットは、自分の車のダッシュボードにあった筈。

 司は、急いで駐車場へ向かって行った。







『愛美ちゃん、通信だよ』


「えっ、ど、どなたからですか?」


『鷹風ナオトって人』


「えっ?」


 車内でうとうとしているところを、ナイトクローラーに起こされる。

 意識が朦朧とする中、愛美の耳に、少し厳しめな口調の男の声が聞こえて来た。


『愛美、緊急事態だ。

 今すぐ水道橋に向かってくれ』


「は、はい?!

 何があったのですか?」


『XENOが出た!

 被害者が続出しているので、お前とアンナチェイサーで食い止めるんだ。

 ナイトクローラー、愛美の実装のフォローを』


『へいまいどあり!

 愛美チャン、聞いての通りだ。

 すぐにチャージアップして』


 畳みかけるようなナイトクローラーの言葉に、愛美は戸惑う。


「すぐにって、まさかこの中で、ですか?!」


『そう!』


「で、でも、私が実装すると、凄いことになっちゃいますよ?!」


『だーいじょうぶだから、気にしないで!

 実装補助機能展開、フォトンコーティング開始』


 ナイトクローラーの言葉と共に、室内がまるでミラールームのように変化する。

 壁も窓も椅子も煌めく銀色に変化し、次々に椅子が畳まれていく。


「あ、あの、本当にいいんでしょうか?」


『かまわないよ!

 さぁ、急いで!』


「承知しました!

 コードシフト!」


 愛美の掛け声と同時に、胸のサークレットが展開する。

 待機音が鳴り響く中、愛美はゆっくりと椅子から立ち上がり、後部座席スペースの中央に立った。


「参ります!

 ――チャージアーップ!!」


 愛美の全身を包み込むように、光の粒子が巻き上がる。

 しかし、ナイトクローラーの車内はその光を適度に反射し、受け流す。

 光が外に漏れることもなく、車体もビクともしない。


 愛美が実装を行っている最中、ナイトクローラーのボディカラーが、グレーから薄いメタリックピンクに変化する。

 ナンバープレートの表記も変わり、まるで全然違う車のように変貌した。


『愛美チャン、上から出るんだ!』


「分かりました!」


 ナイトクローラーの天井が左右に開き、人が一人出られるくらいの穴が開く。

 愛美の――否、既にアンナローグとなった彼女の足音がジャッキアップし、押し上げる。

 数秒後、アンナローグは、まるでナイトクローラーの屋根の上に立つ形となった。

 周辺の車に乗っている者達が、信じられないものを見るような目で見つめている。

 少し恥ずかしかったが、そんなことを言っている場合ではない。

 サポートAIが、既に事件現場のマップを展開している。


「それでは、行ってまいります!」


『気を付けて! 応援してるからね!』


「ありがとうございます!」


 ナイトクローラーの声援を耳に、アンナローグは青空に向かって高く飛翔した。

 

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