【幕開】
美神戦隊アンナセイヴァー
第五章 アンナスレイヴァー編
第91話【幕開】
「うっ、ううっ……グスングスン」
シャリシャリシャリ
「グスッ、ヒック、うえぇ……」
シャリシャリシャリ
「ふえぇん……グスッグスン」
シャリシャリシャリ
「め、メグ! わかった、もういい、もういいから!」
「ふえぇ、だ、だってぇ……」
「わ~ったから、そのな、泣きながらリンゴ剥くのは止めてくれ!
なんかすっごく申し訳ない気になっちゃうからさぁ」
「でも、でも! ありさちゃん達がこんなになっちゃったの、全部メグが悪いんだし……」
「んなこたぁないって。なあ未来?」
「そうよメグ。
あの状況なら仕方ないわ、もはやアンナセイヴァーでの対応能力を越えた事態だったんだから」
「そうだぜ、それにメグが治してくれたから、ホラもう全然大丈夫!」
「ホントにぃ~?」
「ほほほ、ホントだよ」
「う~、じゃあハイ、リンゴ」
「お、おう?!」
「会話成立してないじゃない……」
「ハイ、未来ちゃんも、あ~ん」
「ひ、一人で食べれるから!」
「でも、お怪我してるんでしょ?
メグがちゃんと看てあげるからぁ!」
「ひ、ひ~ん!」
ここは、総合病院。
未来とありさは無事意識を取り戻し、身体上も特に問題は起きていないと診断されたものの、異常な疲労状態にあるため更に数日の入院が必要とされた。
二人の横たわるベッドの間にテーブルを置き、黙々とリンゴの皮を?き続けていた恵は、いつものような天真爛漫さを失い、心底申し訳なさそうな顔つきだ。
その要因は、西新宿における対ゴーゴン戦においての、アンナミスティックの状況判断ミスではあった。
しかし直接的な原因は、また別にある。
二人が、恵を恨む理由も気持ちもあろう筈がなかった。
「そういえば、愛美と舞衣は?」
恵に貰ったリンゴをシャクシャク食べながら、ありさが尋ねる。
「舞衣は先生に私達の様態について詳しく聞いてくるって。
愛美は、何か買いに行ってるみたいよ?」
「なんだろ? 病院の売店?」
「さぁ……」
「えっとね、愛美ちゃん、二人の必要なものを持って来なきゃって言ってたよ?」
「必要なもの?」
そんな話をしている矢先、病室のドアの向こうから、ドタドタというけたたましい足音が聞こえて来た。
ガララッ、とドアが開く。
「お、おはようございます皆さん! 大変遅くなってしまいまして、申し訳ございません!」
額に汗を浮かべながら飛び込んで来たのは、
何やら大きなビニール袋を二つも抱え、肩で息をしている。
今の彼女の周りだけは、気温が高そうに思えるほどだ。
「あ、う、うん、おはよ」
「おはよう、愛美。
どうしたの? その大荷物」
「はい! あの、お二人がお目覚めになったと伺いましたので、必要な物資を調達して参りました!」
「物資?」
息を切らしながら懸命に語る愛美の態度に、未来は何故か、とてつもなく嫌な予感を覚える。
「はい、これまで数日間ずっとお休みされていらした訳ですし」
そう言いながら広げた袋の中身を見て、三人は目を剥いた。
「か、菓子パンに総菜パン……」
「ふやぁ、ポテトチップスとかスナックがいっぱい~!」
「何この……ナニ? やたらとカロリーが高そうなクッキーとか、ペットボトル飲料とか」
「はい、病院の売店で購入して参りました!
病院で売っているものなら、お二人の身体にも悪影響はないと思いまして、それに」
「やりすぎだぁ! これ、いったいいくつくらいあるんだよ!?」
「はい、ざっと一週間分くらいです!」
「ま、愛美ちゃん……身体が弱ってる人に、いきなりこんなに食べさせちゃダメだよぉ~」
「そ、そうよ! それに今、メグがリンゴを剥いてくれたし」
「え、リンゴ? ですか?」
愛美は、テーブルの上に置かれたリンゴの存在に気が付く。
「ひえぇぇぇ~~!! し、失礼しましたぁ!
せせせ、せっかくメグさんが用意してくださっていたのに! た、大変失礼しましたぁ!!」
足を動かさずに後ずさりすると、秒間五回の陳謝おじぎを連発し出す。
その無駄のない洗練された動きに、三人は思わず目を見張った。
「お師匠様に伺いまして、お見舞いにはどのようなものをお持ちすべきかを聞いた上で用意したのですが。
トホホ……」
「誰だよ、その師匠ってのは?」
「はい、それはですね~」
そこまで話した愛美は、恵の方を向き、不自然に言葉を止める。
「ん、どした?」
「あの、メグさん……物凄く顔色が悪いですけど、大丈夫でしょうか?」
心配そうな愛美の呼びかけに、未来とありさも恵の方を向く。
今まで泣き顔で気付きにくかったが、確かに顔は青ざめていて、どこか具合が悪そうだ。
「ふぇ? だ、大丈夫だよぉ~」
「本当ですか? なんだか酷く疲れてるみたいに見えますよ、メグさん?」
「そうだよ、ちゃんと寝てるのか?」
「え? アハハ! ちょっと最近寝不足かな?」
「そういえば夕べも、舞衣さんとメグさんはお疲れの様子でしたし」
「もしかしてメグ、あなたも相当疲労が溜ってるんじゃないの?」
「だだだ、大丈夫だってばぁ!
ありさちゃんと未来ちゃんがこんななんだし、メグまで倒れちゃったら大変だしぃ!」
タハハと笑う恵をいぶかしげな表情で見つめると、ありさは右手を上げ、そっと彼女の額に手を当てた。
「こういうのって、パターン通りというか、お約束というか」
「どうしたの、ありさ?」
「愛美、大急ぎで体温計を借りて来てくれ」
「え? あ、はい!」
慌てて病室を飛び出していく愛美を一瞥すると、未来もありさに続いて恵の額を看る。
「ちょ! 何これ! あなた熱出てるじゃない!」
「ええっ?!」
「病院で自覚のない発熱はいけないわ。
風邪とかじゃないと思うけど……ありさ、悪いけどすぐに舞衣に連絡して」
「がってん!」
「え? あ、だ、大丈夫だよぉ!
だって普通にちゃんとここまで――」
「それは、ナイトシェイドに乗って来たからでしょ?
メグ、あなたこそ休みなさい。これはリーダーの命令よ」
「ひ、ひえぇぇん!! そんなぁ!」
愛美と
測ってみると、恵の体温は39度にも及んでいることが分かった。
「メグちゃん、すぐに帰りましょう!
おうちでゆっくり休んでください」
「え、でもぉ、未来ちゃんとありさちゃんの看病ぉ~」
「それはお医者様と看護師さんにお任せしましょう」
「そうだよ、気持ちは嬉しいけど、今は自分の体調回復させるのが先だって」
「待って、舞衣。
メグの保健証があるなら、ここで診察を受けて行きなさい」
未来に言われて、舞衣と恵はハッとした顔をする。
「あ、あります! メグちゃんの保険証!」
「さすがは過保護な姉」
「さぁ、メグさん! 私も付き添いますので、受付に参りましょう」
「ふえぇ~ん、ごめんね、みんなぁ~」
「気にすんな! リンゴ美味かったよ、ありがとな!」
「舞衣と愛美は大丈夫なの?」
「はい、私はなんともありません」
「私も」
「そっか、それならいいけど……メグのこと頼むよ」
病室がいささか騒がしくなり、やがて見舞いに来た三人は帰還することになった。
その場に残されたのは、食べ終えたリンゴの紙皿と、愛美が置いて行った膨大な量の買い物袋。
「これからどうする? ありさ」
「とりあえず、食べられそうなものから少しずつ」
「そうじゃなくて、アンナセイヴァーのことよ」
「へ? あ、そっちか!
あたしらはまだ入院必要なんだろ?
それでメグまで疲労となると……うわぁ、動けるメンバーは三人だけか!」
困り顔で額に手を当てるありさに、未来は静かに首を振って見せる。
「いいえ、二人よ」
「え、なんで? だって舞衣は平気だって――」
「忘れたの?
舞衣は、メグと一緒にクロスチャージングをしないと実装出来ないのよ」
「え? あっ!!」
未来の言う通り、彼女達がXENOと闘う際に実装するアンナユニットは、愛美と
未来はありさとペア、そして相模姉妹でもう一つのペア。
何故そんな不便なシステムなのか不明だが、とにかく舞衣は一人だけではアンナウィザードになれない。
「参ったわね、だとすると、何かあっても動けるのはアンナローグとチェイサーだけだわ」
「戦力三分の一かよ!
やべぇな、何事も起こらなきゃいいんだけど」
「やめてくれない? そういうの」
「へ? なんでよ?」
「そういう事言うと、本当に何か起きちゃいそうだから」
――皮肉にも、未来の予言は当たることとなる。
「わかった。賢明な判断だ。
すぐに相模恵を自宅休養させてくれ」
電話を切ると、勇次は重い溜息を吐き出した。
「どうしたの、ユージ?
メグに何かあったの?」
向かいに座っていたティノ
ここは、“SAVE.”の秘密拠点・
その最深部付近にある研究班エリアにてミーティング中だった面々は、揃って勇次の顔を見つめた。
勇次は相模舞衣からの連絡内容を皆に伝え、とっくに冷え切ったコーヒーを飲み干す。
「極度の疲労だそうだ。
何かの病気ではないらしい」
「そっかぁ……まあ、風邪や感染症じゃなくて良かったよ」
「メグちゃん、物凄く心配性だし、気遣い半端ない人ですからねえ。
未来ちゃんやありさちゃんのことで、精神的に参っちゃったんじゃないっすかね?」
「同感だ」
「メグの奴、無理をしやがって……」
その場に居る他の二人――今川義元(いまがわあきちか)と北条凱(ほうじょうがい)も、心配そうな表情を浮かべる。
「メグの奴、無理をしやがって……」
「凱さん、早く帰ってあげてくださいよ。
メグさん、絶対心細くなってると思うし」
「そーよガイ!
あの子、気丈ぶってて結構モロいとこあるしね。
ここはうちらにまかせてさ!」
「すまん、二人とも」
すがるような目で勇次を見つめるが、彼はまるで「出て行け」といわんがばかりに腕を振るう。
「後でナイトシェイドを通じて連絡する! 急いで行け!」
「わかった、じゃあ!」
その言葉を合図に、凱は上着を引っ掴むと、物凄い速さで地上へのエレベーターへ走って行った。
「妹さんの事となると、早いっすねー」
「そりゃそうでしょ、殆ど自分の娘みたいなもんなんだし」
顔を見合わせニタニタする今川とティノをよそに、勇次は先程までの話を続けようとする。
「一時的とはいえ、アンナセイヴァーの戦力は半減以下だ。
これで、アンナローグとチェイサーの二機しか実働不可能となった。
XENOVIAの連中は、必ずこの機会を狙って攻勢をかける筈だ。
こちらも、なんとしても早急に対策を練らなければ」
そこまで言った時、突然、オペレーターの一人が声をかけて来た。
「蛭田リーダー、鷹風さんから連絡です」
「わかった、新町、こちらに繋いでくれ」
「承知しました」
勇次の回線に連絡が入る。
ディスプレイに表示された“
「もしもし」
『取り急ぎ要件だけ伝える』
電話の向こうからは、若い男のぶっきらぼうな声が響いてくる。
相変わらずだなと思いながら、勇次は真摯に電話の声に耳を傾けた。
『千葉愛美についてだが、しばらくの間こちら特捜班に異動させられないか』
予想外の連絡内容に、勇次は思わず眉をしかめる。
「どういうことだ? 何故千葉愛美を?」
『こちらで行動すれば、アンナチェイサーや俺と同時行動が容易くなる』
「それはそうだが――」
『そちらでは、他のアンナユニットは行動出来まい?
であれば、四人の状態が回復するまでの間一時的にアンナローグをこちらに寄越せば、有事の際にいちいち連絡を取り合って決議をする必要もなくなるだろう』
「何故、うちの状況をお前が知っているのだ?」
『そんな事はどうでもいい。
千葉愛美を寄越すか、どうなんだ』
「うぬ……わ、わかった。
それでは、しばらくそちらにお願いするとしよう。
で、どうやってそっちと合流させれば?」
『お前達が開発した新しいサポートビークルがあるだろう?
そのナイトクローラーに乗せてくれれば、アンナチェイサーを通じてこちらで誘導する』
ナオトの言葉に、勇次は目を剥いた。
「ちょっと待て! 何故昨日ロールアウトしたばかりのナイトクローラーの事まで知ってるんだ?!」
『そんな事はどうでもいい』
「いや、良くはないだろう!?
お前達はいったい――」
『明日の午後、ナイトクローラー1号機に千葉愛美を登場させ、都内を走らせろ。
いいな』
それだけ言うと、通信は一方的に切れてしまう。
勇次は溜息を吐きながら、端末から離れた。
「ちょっと、今の何?
アイツ、いったい何なの?」
「なんか、ナイトクローラーが複数台あることまで知ってる口ぶりでしたよね?
わざわざ1号機なんて指定までして……」
ティノと今川も、聞こえて来た通信内容に懐疑的な様子だ。
「もしかしたらアイツも、仙川と同じような能力を持っている……なんて言い出さないだろうな」
勇次は、空のマグカップを煽ろうとして、チッと舌を鳴らした。
「とりあえず、千葉愛美には俺から連絡をしておく。
二人はナイトクローラー1号機の再チェックと、引き続きアンナユニットの修理を頼む」
「了解!」
「おっけっす!」
素直に頷き、ティノと今川は席を離れる。
残った勇次は、先日凱と眺めた時のように、手すりの下に広がるサポートビークル達の姿を見下ろした。
『聞いてましたよ勇次サン!
ボクの事、話してたでしょ?』
突然、勇次の端末から若い男の声がする。
一瞬誰か分からなかったが、画面の表示を見て納得する。
「ナイトクローラーか」
『さいです! んで、ボクの最初のお仕事は、愛美チャンを運ぶ事なんすね?
おまかせなのだ!』
「そうだが……お前、AIの癖になんでそんな喋り方なんだ」
『教育係が、ヨッシーさんだからっす!』
悪ぶれる様子もなく、若い男の声―ナイトクローラー―は、誤った回答を返してくる。
勇次は、頭を抱えた。
「ナイトクローラー……“アッキー”だ」
『おっとぉ!』
下を見下ろすと、まるでこちらに合図を送るかのように、一台の黒いバンがライトをチカチカ点滅させていた。
東京都新宿区・新宿ゴールデン街。
古くから賑わう“新宿の夜の街”の一つで、その日も、大勢の人々が一時の歓びを味わうため、ここを訪れていた。
「あかるい花園三番街」。
オレンジ色に白文字の看板を掲げたゲートの向こうに伸びる、細い路地。
行き交う人々の目を避けるように、その男は素早く路地に入り込んだ。
人通りが少ない路を進みながら、男は落ち着きなく周囲を見回すと、懐から何かを取り出した。
――それは“解雇通知書”。
「くっそぉ……マジかよ!
アレ、本気でオレのせいにされちまったのかよ!!」
男は悔しそうに書類を何度も見直すと、やがてそれをぐしゃりと握り潰した。
ビリビリに引き裂いてやりたかったが、何故か躊躇われる。
寂しそうな溜息を吐き出すと、男はビルの隙間から空を見上げた。
「あ~……なんかもう、ど~でも良くなっちまったなぁ。
もういっそ、こんな社会ぶっ壊れちまえばいいのになあ」
誰もいない細い路地で、誰に言うでもなく独り言を呟いてみる。
男は、近間で適当に一杯やってから帰路に付こうと、通りに出ようと歩き出した。
「壊しちゃえばいいじゃない」
突然、背後から声がする。
先程まで誰もいなかった筈なのに、気が付くとそこには、いつの間にか一人の女性が佇んでいた。
赤いチャイナドレスを纏い、長い黒髪をアップにまとめ、妖艶な雰囲気を漂わせるグラマラスな女性。
そんな人物が、上目遣いに男を見つめている。
「壊しちゃえばいいじゃない、こんな社会を」
「え? は?」
「憎いんでしょ?
不当な理由で解雇した会社が、社会全体が憎いんでしょ?」
「な、何を言って……」
「その憎しみがあれば、出来るわよ。
――この社会を、滅茶苦茶にぶっ壊すことが。
どう? こっちに来ない?」
そう言うと、チャイナドレスの美女は男に手招きをする。
その抗しがたいエロティシズムすら感じさせる容姿と雰囲気に、いつしか男は呑まれてしまう。
「ど、ど、どういう意味です? 壊すって」
「それはね、こうすれば――いいの」
美女は、男を抱きしめる。
背中に手を回し、さするように動かすと……突然、爪を立てた。
「いっ?!」
「ちょっとだけ我慢してね、すぐに生き返らせてあげるから♪」
「い、い、い、い、痛、痛いいたいイタイ!!」
美女の爪が背にめり込み、スーツに血がにじみ出す。
だがその直後、美女の指が、男の背中に全て突き刺さった。
「ぐ?!」
断末魔の声を上げる間もなく、男は瞬時に息絶える。
美女は男の躯を抱きかかえたまま、にやりと不敵に微笑んだ。
「さぁ、次に目が覚めたら――あなたも、私達の“仲間”だよ」
チャイナドレスの美女――デリュージョンリングは、そう呟くと男の身体を解放した。
どさり、という音が細い路地に響き渡ったが、誰一人として気付く者はいなかった。
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