【大樹】


 今から、二十年ほど前。


 当時まだ駆け出しであった司は、先輩のベテラン刑事とコンビを組み、とある弁護士の不審死事件を追っていた。

 その弁護士は、高名な政治家数人が関わっていたとされる売春グループ摘発事件の裁判に関わり、被告側弁護人として活動していたのだが、第三審の直前に突如行方をくらませ、自宅や事務所から数百キロも離れた山の中で、幾重にも拘束され生き埋めにされていたのを偶然発見されたのだ。

 司は、この事件を追っていたジャーナリストと協力し合い、この事件と政治家達の繋がりを白日の下に晒そうと努力を重ね、努力の末に、裏側で暗躍する“ある存在”にまで辿り着く。


 それが、井村いむら大玄だいげん


 表向きは大実業家として、昭和戦後の時代より暗躍していた裏世界の大物。

 若くして大資本を得て、政界・経済界の裏側に君臨し、時の政治家すらも影で操り「裏日本のドン」とまで呼ばれた存在。


 しかし、その代償はあまりにも大き過ぎた。

 彼は結果的に、先輩刑事と協力者のジャーナリストを失い、自身も瀕死の重傷を負わされた上、先輩刑事達殺害の汚名を着せられてしまう。


 弁護士は、自殺ということで決着がつき、先輩刑事やジャーナリストも同様であると判断され、事件性は一切ないものとして捜査が打ち切られる。


 幸い、先輩刑事の生前の取り計らいで、司は決定的なアリバイが証明され、大きなブランクを経て復帰が適ったものの、キャリアを失い冷遇状態が続いた。

 そして何より、限りなく100%に近い状態まで調べ上げた捜査記録が闇に葬られ、その上協力者を失った上、容疑者扱いまでされた遺恨は凄まじかった。


 全ては、井村が仕組んだ事であるのは明白だった。

 それ以来、司は心のどこかで、再び井村大玄に迫ることを夢見続けていたのだ。


 よもや、このような形でそれが叶うとまでは思わなかったが。




 




 美神戦隊アンナセイヴァー


 第67話【大樹】

 





「二十年も前のことですし、もう覚えてはおられないでしょうけどな」


「ふむ……記憶にないな。

 であれば、どうせ大したことではなかろう」


 謎の老人・大玄のその言葉に、司は思わず眉間に皺を寄せる。

 指に力が込められた瞬間、横から凱が腕を掴んだ。


「司さん、落ち着け」


「……」


「あんたがさっき言ってただろ。

 俺達を指して、“本当に信じていいのか微妙な気分だ”って。

 今の俺も、同じ気分だ」


「そうか……“その”可能性があるんだったな。

 うっかりしていた」


 真剣な眼差しで制止する凱に、司は苦々しい表情を向けながらも、大玄から銃口を逸らす。


「あ、あの、それよりも……すみません」


 そこで、突然アンナローグが、申し訳なさそうな声で大玄に呼びかける。


「私、あなたと、以前どこかでお会いしたことがありましたでしょうか?」


「ふむ?」


「記憶のどこかに、凄く引っかかるんです。

 ああ、でも、何故か思い出せなくて……」


「おお、可哀想にな。

 そうだな、お嬢ちゃん。

 君の言う通り、私とは逢ったことがあるのだよ」


 一瞬優しげな表情を浮かべ、大玄はアンナローグに穏やかな口調で語りかける。

 その言葉に、凱はぎょっとした顔つきになった。


「あの、すみません!

 私、どういう事情であなたとお会いしたのでしょう?

 私、昔のことがどうしても思い出せなくって、それで――」


「それよりも、良いものを見せてやろう。

 こっちに来なさい。

 君達二人もだ」


 大玄が、三人に――司も含め、手招きをする。

 司達は、思わず顔を見合わせた。


「安心したまえ、電流は切っておく。

 君達が見たいもののところへ、案内しよう」


「どうする、北条君?」


「これ以上ないくらい、露骨なお誘いだよな。

 だが、ここで乗っからないと……って気がする」


「そうだな、あえて火中の栗を拾いに行くか」


「ということは、付いて行くっていうことですね?

 わ、わかりました」


 三人の意志は、意外と早くまとまる。

 無意識に息を殺しながら、司と凱、アンナローグは、大玄の後に続いて更に奥へと歩みを進めた。





「まさか、井村大玄がここで登場するとはな」


 重い溜息を吐きながら、勇次はモニタに映し出される光景を睨みつける。

 その横では、今川と未来、そして相模姉妹が複雑な表情を浮かべている。


「ゆーじさん、あのおじいさんは誰なの? どんな人なの?」


「俺も直接知っているわけではないが。

 仙川によると、この“SAVE.”の大元になった研究所の出資を行った元スポンサーだ」


「元、ですか?」


 舞衣が不思議そうな顔で尋ねる。

 そこに、未来が反応する。


「そうよ。

 “SAVE.”の前身で、仙川博士の研究所があって、そこに出資して研究を持ちかけたそうね。

 もっとも、後でその立ち上げ資金は、あなた達のお爺さんが肩代わりしたんで、傘下から外れることが出来たらしいんだけど」


「うう、メグ、難しくてよくわかんない……」


「でもこのおっさん、物凄い悪人ヅラしてますよね。

 なんかこう、昔のRPGに出て来る、ラスボスの魔術師みたいな」


「あながち間違ってもいないかもな」


 今川の呟きを、勇次が肯定する。


「どゆ事っすか?」


「表社会に堂々と出て来る事はない、所謂“裏世界のボス”みたいな人物だと聞かされている」


「うげ! それって、絶対関わっちゃいけない奴じゃないっすか!」


 戸惑う今川に向かって、未来が更に補足する。


「戦後の日本を作る為という大義名分の下、随分と無茶な犯罪行為を犯したり、関わってきた人物ですよ。 それでいて、日本経済の中枢を裏で支えていると云われる、相当ヤバい存在と聞いてますね」


「え、何それ怖い……」


「そんな人物と、お兄様と愛美さんは、逢っているんですか?」


 激しく動揺する舞衣と恵に、未来は、酷く真剣な眼差しを向けて頷く。


「そうよ。

 しかもこんな、絶対に人の行き来がない場所に、それもたった一人でいる訳がないわ。

 普通に考えたらね」


「そ、それではこの方は……」


「まあ、真っ当な人間でないことは、確実だな」


 勇次が、まるで結論付けるような口調で呟く。

 それに誰も反論はせず、各々の視線は、再び中継映像に移る。


 だが相模姉妹の手は、無意識に、左薬指に嵌められたサークレットをまさぐっていた。




 通路の先は大きな観音開きのドアで仕切られており、その先には、それまでと全く雰囲気の違う、八角形の筒状の通路が姿を現した。

 淡い青色の照明に照らされ、まるでSF映画のセットのように思える通路の手前で、大玄は壁の一部に手を触れる。

 すると、ガコン! という大きな音がして、青色の照明が全て消えた。

 すぐに再点灯するも、今度は普通の昼白色の光が照らす。


「これで安全だ。付いて来なさい」


「は、はい!」


 大玄が先を歩き、そこに続いてアンナローグが進む。

 特に異常は起こらないようなので、凱も、腕時計で周辺の様子をチェックした後に、彼女の後へ続くことにした。


「本当なら、我々はここで黒こげか」


「俺達の命を奪う気はないってことなのか? あの男は」


「さぁな……いよいよわからなくなって来た」


 大玄がどんどんと、老人とは思えない歩みの速さで進む為、アンナローグは先の状況を調べることも出来ない。

 通路を抜け、妙に複雑な形状の廊下をくねくねと曲がり、やがて五メートル四方ほどの大きさの空間に出る。


「ここに入ったら、動くんじゃないよ。危ないからね」


「は、はい……って、きゃっ!?」


「?!」


「これは……床だけのエレベーター?」


 四人が立っている床が、突然ゆっくりと沈み始める。

 ボタンも何も操作していないのに、四人乗ることが最初からわかっていたかのように、床エレベーターは全員が中央に集まった頃合で稼動し始めた。


 ゆっくりではあるが、かなり深いところまで降りていく。

 今、ここは地下何メートルくらいなのだろう? と、司はふと考えた。


「こりゃあ、帰りが大変だな」


「ああ、真っ当な方法じゃ戻れそうにないな」


 こちらを見ながら沈黙を貫く大玄に少し怯えながら、アンナローグは、そっと話しかけてみる。


「あの、お爺さんは、ここにお一人でお住まいなんですか?」


「ほほ、まあそうじゃな」


「あの、この上にあったお屋敷には」


「昔は住んでいたこともあったんじゃよ。

 君が勤め始めるずっと前だがね」


「えっと、私のことをご存知とのことですが、私はいったい、どういう素性なのでしょう?

 お爺さん、もし宜しければ、何か教えて頂けませんでしょうか?」


 どこかすがるような口調で、アンナローグが必死で呼びかける。

 大玄は、少しだけ考えるような素振りを見せると、大きく頷きを返した。


「よかろう」


「本当ですか? それじゃあ」


「だがそれは、これから向かう所に着いてからにしよう。

 なぁに、あとほんの少しじゃ」


「は、はい」


 何故か会話が普通に成立している二人に、司と凱は奇異な目を向ける。


「なんだかあの子、自分が何者なのかわかっていないような口ぶりだな」


「ああ、俺もそう思った。

 どういうことなんだ、愛美ちゃん……」


「ありがちな話だが、記憶喪失で、別な名前を仮名で付けられたってことはないかな」


 そう言いながら、司は先ほど見せた、“千葉ちば真莉亜まりあ”の顔写真を開く。

 横から画面を覗き込みながら、凱は目を細める。


「俺が言うのもなんだが、やっぱり、愛美ちゃんにしか見えない」


「そうだよな。

 百人に見せても、多分全員が同一人物だと思うだろう」


「ああ、もしそうなら、あの子も安心出来ていいんじゃないかな」


「そう、話が旨く行けばいいんだがな」


「え?」


 司はスマホの画面をスワイプして、別の画像を映す。

 それは、先ほどの研究室のキャビネットで発見した、黒いバインダーの書類を撮影した物だ。


「“人造育成生態について最終報告”?

 なんだこりゃ?」


「詳細はわからないが、その名称から、あまり良いものではなさそうだな。

 それに、ここを見てくれ」


「え?」


 司は、書類の右上の辺りにある、書類作成者の名前と思しき部分を指差す。

 そこを見た凱は、思わず目を剥いた。


 ――千葉ちば真莉亜まりあ


 そこには、はっきりとそう書かれている。


「これって……まさか!?」


「ああ、そうだ。

 もし、あの子が記憶を失った千葉真莉亜本人だとしたら、相当やばい存在の可能性が出て来る」


「……」


 凱は、戸惑いの眼差しで、大玄と話すアンナローグの後姿を見つめる。


 やがて、エレベーターが停止した。



 床エレベーターは完全に通路と同化し、もはやどこが端っこか区別がつかない。

 そのフロアは非常に天井が高く。恐らく十メートルくらいは悠にあると思われた。

 照明は壁面に付けられた丸いライトが均等に配置されているだけで、どこか薄暗く不気味な印象が強い。

 そこに降り立った途端、凱と司は、肌がビリビリするような感覚に捉われた。


「こ、ここは?」


「どうやら、最深部に到着、といったところらしいな」


「ああ、そのようだ。

 だけど、この感覚……前に一度、どこかで」


 誰も居ないのに、まるで何者かに監視されているような感覚と、ほのかな殺気のようなものを覚えながら、司と凱は、先を歩く大玄とアンナローグの後に続く。


 そんな彼らの遥か後ろに、もう一人、誰かが降り立った。




「さぁ、ここだ」


 大玄が、高さ五~六メートルはあろうかという、巨大な扉の前で立ち止まる。

 ドアの横にはセンサーのような機械があり、そこに大玄が手を触れると、ゴゴゴ……という鈍い音を立て、ドアが横へスライドしていく。

 その向こうには、今までの中でも最大級の、まるで大工場の作業現場を思わせるような巨大ルームが現われた。

 無数のパイプや配線が剥き出しになり、縦横無尽に駆け巡る壁。

 スポットライトのような、強烈な光を落とす天井の照明。


 だがそれよりも奇異なのが、三人の目の前に屹立する、想像を絶する「物体」だ。


「なんだ、これは?!」


「これは……樹?

 い、いや、それにしては」


「ひえ……」



 部屋の中央には、見上げんばかりに巨大な“樹”のようなものが立っていた。

 幹の太さはいったいどのくらいあるのか、直径だけでも軽く十メートル以上はあるように見える。

 天井を突き抜けるほど背が高く、あらゆる方向に枝のようなものを伸ばし、床や壁、天井にまで届き全体を支えている。 

 そして枝のあちこちには、毒々しい色の実“のようなもの”が成っており、それは不気味に鼓動し、蠢いている。


 だが、それが植物ではない事は、誰が見ても明らかだ。


 何故なら、その表面には筋肉組織や血管、一部には肌のようなものが見て取れ、まるで「生物組織で形作った樹木のオブジェ」のようにすら思える。


 不思議な事に、この樹には根に相当する物が見えず、床には上から伸びている枝の一部が貼りつくのみだ。

 よく見ると、床の中央は丸くくり貫かれているようで、樹はそこから生えているようだ。


 どくん、どくんと脈打つ木肌と、その上を迸る太い血管。

 そのグロテスクさは、言葉では言い表せない程で、さすがの凱や司も言葉を失ってしまった。


「ようこそ、我が妻の寝室へ」


 呆然としている三人に向かって、大玄は突然、響き渡る大きな声で呼びかけた。

 それは、まるで病人のように見える彼の雰囲気からは想像も出来ないものだった。


「我が……妻?」


「それは、どういう意味だ?!」


「妻って……それは、いったいどういう意味なのですか?」


「そのままの意味だよ。

 これは、我が最愛の妻、“井村いむら依子よりこ”だよ」


「何を……言っているのですか、あなたは……?」


 生気を失ったような目で、アンナローグが呟く。

 そんな彼女をよそに、大玄は、


「依子はここに留まり、孤独に生きる私の為に、日々“糧”を生み出してくれる。

 そう、ここは今や、我々夫婦が人知れず静かに暮らす為の場所なのだよ。

 誰にも邪魔されずに、平穏に生き続ける為のな」


「依子って……そ、それは、奥様の……」


 井村いむら依子よりこ

 この研究所の上に建っていた屋敷の主にして、愛美の雇い主。

 病弱で寝たきりだったが、とても優しく人望に溢れた人物。

 そして、愛美が最も憧れていた存在。



 ――それが、この、人肉の“樹”?



 アンナローグは、頭を抱えながら、その場に跪いた。

 バキッ、という音がして、床の表面が砕ける。


「い、い、意味が……意味がわかりません!!

 どうして、こんなものが、奥様なんですか!?

 奥様は、こんな姿ではありません!

 ちゃんとした人間です! 間違いありません!

 私は、奥様にお仕えしていたのですから!」


「そうだぜ、依子氏は、この上の屋敷があった時点で間違いなく存在していた。

 何を馬鹿なことを!」


 凱の言葉に反応せず、大玄は樹に近付き、愛しそうにその表面を撫でる。

 じゅるり、と気味の悪い音がして、大玄の手に粘液がまとわりつく。


「君達は、これを捜しにここへ来たのではないのか?

 だから、私が導いてやったのだ。

 この研究所の中核にして本陣、我が願いを叶える為に日々研究努力を重ねた者達が生み出した、人類の新たなる希望の一端。

 それが、これだ」


「失礼ながら、仰ってる意味がまるでわかりませんな。

 つまりこの研究所は、こんなおぞましいものを作り出す為に存在していたと?」


 司の質問に、大玄は満足そうに頷く。


「その通りだとも。

 だが、おぞましいとは?

 これは人類の進化の一端だ。素晴らしい事だとは思わないかね?」


「全く思いませんな」


「そうか、それは残念だ」


 大玄がそこまで呟いた瞬間、部屋の中に変化が生じた。

 突如、樹全体がブルブルと震え始めたのだ。

 やがてそれは、各部位を膨らませたり、萎ませたりと繰り返し、まるで全身で脈動するような動きをし始める。

 壁や床に伸びた枝がミシミシと奇怪な音を立て、ぶら下がっている実が、今にも千切れ落ちそうな勢いで揺れ出した。


「おおお、見るがいい。

 これこそ、我が妻が“糧”を生み出す瞬間だ」


「糧?」


「どういうことだ?!」


 やがて、枝から下がっていた実が、ぼとりと落ちる。

 床に落ちてみると、それは思ったよりも大きな物である事がわかった。

 全長二メートル強はある楕円形の物体で、表面はシボの入ったプラスチックに粘液をまぶしたような質感だ。

 落ちた衝撃なのか、実の表面が大きく裂け、中からどろりとした気味の悪い赤黒い液体が漏れ出す。


 と同時に、中から、青白い人間の「腕」が伸びて来た。


「うえっ?!」


「に、人間?!」


「これは――」


 実の中から出て来たのは、少し青白い肌の人間だった。

 落ちた実は三つで、それぞれ一人ずつ、中から抜け出してくる。

 一人は髪の長い中年の女性、もう一人は若い男性、最後の一人は壮年で小太りの男性。

 いずれも衣服は身に着けておらず、全身に粘液をまとわりつかせ、よろよろと立ち上がる。


「まるでゾンビだな、こりゃ」


「司さんが、さっきあんな事言うからだぜ?」


「それはすまなかった。

 ついフラグを立ててしまったよ」


 うろたえるアンナローグをよそに、二人の男はニヤリと笑い合い、同時に素早く銃を抜く。

 その銃口は、実から生まれた者達に向けられるが――


「待てよ、さっき、井村大玄は――」


「“糧”って言ってたな……」


 一番最後に立ち上がろうとした女性を、いつの間にか傍に移動していた大玄の腕が捉える。

 髪を乱暴に鷲掴みにすると、信じられない力で持ち上げ、そして――


「ぎゃあああああああああ!!」


「ひぃっ?!」


「な?!」


「なるほどな、そういう意味か」


 女が、断末魔の声を上げる。

 なんと大玄は、女の首に齧りつき、そのまま肉を食い千切ったのだ。

 次の瞬間、大玄の腕は女の首の傷口に深々と突き刺さる。

 みるみるうちに、萎んでいく女の身体。

 骨と皮だけになった肉体は、やがて大玄の身体に同化し、ものの数十秒で完全に姿を消してしまった。


 べろり、と異様に長い紫色の舌を伸ばし、腕を舐め上げる。

 細い目の奥で、赤色の閃光がぎらりと輝いた。


「ぜ、ぜ、XENO?!

 あなたも、XENOなんですか?!」


「やっぱりな、そういうことか」


「糧、というのはそういうことだ。

 この男、このプラントにクローン人間を産み落とさせて、それを食って生き永らえて来たんだ」


「なんてことを……!!」


 ドウン、ドウン! と激しい音を響かせ、凱のブラスターキャノンが大玄を撃つ。

 続いて、司の銃も火を噴いた。

 銃弾は見事に命中し、頭や胸で爆裂する。

 しかし、大玄はよろめくだけで倒れはせず、逆に、ニヤリと不気味な笑みを浮かべた。


「人の食事を邪魔するのは、良くないことじゃなぁ」


「な……あ……はぁ……」


 クローンとはいえ、目の前でXENOに命を奪われる瞬間を目の当たりにしてしまったせいか、アンナローグは衝撃のあまり動けない。

 顔は真っ青になり、ただ呆然と、グロテスクな傷口を晒し笑う大玄を見上げるしかない。


 彼女をかばうように前面に出た二人は、尚も銃撃を放つ。

 しかし、大玄に致命傷を与えることは出来ず、それどころか、間合いが少しずつ縮まっていく。


「酷いものじゃなぁ、老人だと思って馬鹿にして。

 せっかく案内してやったというのに」


「くっ! 全然効きやしねぇ!」


「北条君! 彼女を連れて、逃げるぞ!」


「って無理だ! あの子は俺達じゃ動かせねぇ!」


「やってみなければわからん!」


 司はあえて前に踏み出し、アンナローグの脇に腕を差し込んで立ち上がらせようとする。

 だが、あまりにも重過ぎて、びくともしない。

 凱に説明された重量の話が、今頃になって思い返される。


「司さん!」


 背後から、凱の声がする。

 ふと顔を上げると、なんとさっき起き上がった壮年の小太り男が、不気味な表情で司を見つめている。

 その瞬間、司の頭の中で、過去にあった出来事が瞬時に思い返された。


「まさか、こいつらも?!」


 咄嗟に脇に転がり、立ち上がり様に両脚を撃ち抜く。

 男は悲鳴を上げることもなく倒れたが、またすぐに身体を起こした。

 ぶるぶると身体を震わせ、背中が割れる。

 中からぶよぶよとした肉が盛り上がり始め、身体全体が膨張を開始する。

 その異様な状況に、司は、宮藤刑事のことを思い出した。


「XENOだ! こいつらもXENOなんだっ!!」


「何っ?!」


 もう一人の若い男も、同様に身体を振るわせ始め、肥大化を始める。

 壮年の男はオークに、そして若い男はコボルドに。

 衝撃的な変身を遂げた二体のXENOは、突如咆哮を上げて、司と凱に踊りかかった。


「くっ!!」


「退路が……!!!」


 二人は、今や三体になろうとしているXENOの集団に追い詰められる形となった。

 アンナローグは、まだ動かない。


 絶望が目前に迫ったその時――





『ブラックブレード!!』






 突然、何者かの声が響き、閃光が走る。

 次の瞬間、オークとコボルドは、前方に伸ばした両腕を切断され、更に弾き飛ばされた。


「な?!」


「何が……起きた?!」


 驚く凱と司の目の前に、いつの間にか、誰かが立っている。

 

 漆黒のメイド服をまとい、黒いガントレットとグリーブを装備し、黒のマフラーを靡かせた一人の少女。

 


 それは、ANX-07C アンナチェイサーだった。



「い、いつの間に?!」


「早く、逃げて!」


「ここは、言う事を聞いた方が良さそうだな」


 凱の腕を軽く叩くと、司はアンナチェイサーの指示通り、先程辿って来た路を戻ろうと試みる。

 幸い、自分達を追って来る者はいなかったが、先の二体のXENOは、アンナチェイサーが相手をしている。


 その向こうでも何か変化が起きているようだが、闘っている者達が邪魔でよくわからない。


「くそ、いきなりこんな展開かよ!

 無力感ハンパねぇぜ!」


「同感だな。

 しかしあの黒い娘は、いったいいつの間に?」


「さしあたり、ずっと俺達のことを追ってたんだろうよ」


「それは凄いな。

 だが、あの子の方は大丈夫なのか?!」


「アンナローグ……」



 凱と司が心配する中、アンナローグは、未だに衝撃から抜け出せずに居た。

 かつて渋谷でジャイアントスパイダーに襲われた際、雑居ビルの各所で見た“XENOに餌として捕らえられた被害者の姿”を見てしまった時のトラウマが蘇ったのだ。

 

 今まではかろうじて忘れられていた最悪の精神的ダメージが、一気に愛美の脆弱な心を蝕む。

 それはもう、アンナユニットを装着している、いないに関わらず、彼女の根源に響く問題。

 もう彼女には、この場を乗り切る為の力も気力も、湧きはしなかった。


「あ……ああ……」


「おや、不思議な事だ。

 お嬢ちゃんは逃げないのか?」

 

「あ、あなたは……」


「まあ良い。

 しかし良く考えたら、お前はようやく、還って来たんだなぁ。

 ――生れ落ちた場所に」


「え……?」


「さぁ、そんな外郭など、取ってしまいなさい。

 そして、その類稀なる奇跡のテロメアを、この私に捧げなさい。

 それこそが、お前がこの世に生れ出でた存在理由なのじゃよ」


 大玄が、みるみる変貌していく。

 背中が割れ、爆発的に膨らんで行き、やがて全身を覆い尽くす。

 


 巨大な二本の角。

 背中から生えた、槍のような背びれと大きなたてがみ

 更には大きくて太い尾を生やし、力強い筋肉質の脚と鋭い爪の生えた手足。

 そして大きく裂けた牙だらけの大口と、あらゆる者を呪い殺すが如き殺意のこもった赤い眼。


 推定全重約五百キロ、推定全高約四メートル。

 それは、先程娯楽室で観測した、あの謎の足音と合致する情報だ。


『出来ないなら、私が割って進ぜよう』


 深い闇を思わせる黒い体色の“魔物”は、絶望の表情を浮かべるアンナローグを、突然横殴りで叩き付けた。


「きゃあっ?!」


 二トンの重さを誇るアンナローグの身体が、まるで紙クズのように吹っ飛ぶ。

 しかし、壁に激突する寸前、何者かが受け止めた。


「あ……」


「しっかりしろ! アンナローグ! 死にたいのか?!」


「あ、あなたは……」


 アンナローグを抱いたまま降り立ったアンナチェイサーは、徒手空拳の構えで、大玄が転じたXENOと対峙する。

 アンナローグを、庇うように。



『ほぉ、いつの間にか蟲が紛れ込んでいたか』


 怪物に変貌した後も、あの声で語りかける。

 背後のローグの様子を気にかけながら、アンナチェイサーは、再び漆黒の剣を取り出した。





「以後、この個体を、“UC-16:ベヒーモス”と呼称する!」


 勇次の一声に、現場の者達の緊張感が、更に高まった。


「まさか、こんな所で新型のXENOが出るなんて!」


「同感だが、凱とこの刑事は、どうやらある程度睨んでいたようだな。

 まったく、こんな状況において恐ろしい胆力の持ち主共だ」


「はぁ、ほんに……俺なら失神してるよ、とっくのとうに」



 同じ頃、地下迷宮ダンジョンでは、アンナローグから送られる映像を観て、スタッフ全員が興奮状態にあった。

 その中でも、特にハラハラしながら状況を窺っていた二人が、遂に立ち上がった。


「勇次さん! 私達も現地に向かいます!」

「うん! お兄ちゃんと愛美ちゃんと、霞ちゃんを助けなきゃ!」


「だ、だけど、今からこの場所までって、時間が!」


「いや! 大丈夫かもしれません」


「へ?」


 慌てふためく今川を抑えるように、未来が指示を飛ばす。


「舞衣、メグ、ここを出たらすぐに実装して。

 九番ゲートなら、一番現場に近い場所に出られる筈だから」


「未来さん?!」


「実装したら、すぐにパワージグラットよ。

 その後、最高速度で現場までぶっ飛ばしなさい。

 それなら、低空飛行でも衝撃波の影響を考慮する必要がないわ!」


「な、なるほど!」

「うん、わかった!

 じゃあゆーじさん! 行って来るね?」


 舞衣と恵が奮起し、勇次に伺いを立てる。

 画面から目を離さないまま、勇次はそっと右手を挙げて応じた。


「気をつけろ! この闘い、どう転んでもただ事では済まないぞ!」


「「 はい!! 」」


 返事をするや否や、相模姉妹はすぐに研究班エリアを飛び出して行った。



「蛭田博士、私達は」


「アンナパラディンとブレイザーは、待機だ。

 この瞬間に、他の場所でXENOが出たら、奴らの思うツボだからな」


「――了解しました」


 溜息を吐き、右手のブレスに触れる。

 未来は、身体の奥底から湧き立つような、根拠のない不安に苛まれていた。


 


 ――そしてこの後、彼女と勇次の抱いた不安は、現実の物となる。

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