【鷹風】
黒いコートの男と、“アンナチェイサー”を名乗る黒いメイド服の少女。
彼らは、眼鏡の女性と八人の影と対峙しながらも、共に沈着冷静な態度を崩さない。
乱れた呼吸もなく、まるで平常心のようだ。
桐沢は、彼らから感じる雰囲気が、それまで出会ってきた誰とも異なる事を感じ取っていた。
(何者なんだ?! あの黒いロボットを派遣したアンチXENO組織のメンバーなのか?)
黒いコートの男とアンナチェイサーが、桐沢を護るように立ち塞がる。
それを機にと、桐沢は慌ててその場から逃走した。
「待てよ、逃がすか!」
八体の影のうち、一番小柄な――黒いパーカーをまとった小学生くらいの少女が、声を荒げて走り出す。
だがその前に、まるでホバー移動でもしたかのように、アンナチェイサーが立ち塞がった。
「どけぇ!!」
黒パーカーの少女の両手に、炎のようなものが発生し、燃え上がる。
だが、それを叩き込もうとするよりも早く、アンナチェイサーの蹴りが、少女の胸をぶち抜いた。
その瞬間、目も眩むような激しい光が噴出し、少女は悲鳴を上げる間もなく、遥か彼方まで吹き飛ばされた。
「――来なさい」
もう一つの小柄な影―-麦わら帽子のようなものを被った少女が、ボソリと呟きながら両手を地に向ける。
すると、真っ赤なレーザーのようなもので描かれた魔法陣のようなものが出現し、そこから醜悪な姿のバケモノが湧き出てきた。
トカゲのような頭部と尾を持つ人型の生物と、犬の頭に人間のボディを合わせた生物、そして豚頭の怪物。
それは、勇次がかつて「リザードマン」「コボルド」「オーク」と呼称したものと同型のXENOだ。
次々に出現するXENOの数は、各四体ずつで合計十二体。
凶暴な目を爛々と輝かせ、アンナチェイサーや黒コートの男を睨みつける。
「殺しなさい」
麦わら帽子の少女の命令で、十二体が一斉に動き出す。
だが、彼らの前に立ちはだかったのは、アンナチェイサーではなく、黒いコートの男だった。
「お前は、XENOVIA共を」
「うん、任せる」
アンナチェイサーは、XENO達を飛び越えて空中で弧を切り、XENOVIA達の前へと一気に移動する。
それを見届けると、男は右手に持っている銀色の得物を掲げた。
と同時に、XENO達が反応するよりも早く、男は突進した。
狙うのは、リザードマン。
男は、手にした全長五十センチ程の棍棒型の武器で、一番手前のリザードマンの右脚を攻撃する。
棍棒が命中した途端、脚は爆発するように砕け、リザードマンは一気に姿勢を崩した。
間髪入れず、倒れるリザードマンの身体を駆け上ると、男はそこから飛翔して五メートルほどの高さまでジャンプした。
足首に、突如光が迸る。
「フンっ!!」
まるで空を足場にするように踏み切ると、男はそのまま身体を猛回転させ、他のXENO達の中へダイブする。
事態に追いついて行けないXENO達は、男の振りかざす銀色の閃光によって、次々に身体を破壊されていった。
先端が膨らんだ形状の、グリップも含めて全体がまばゆい銀色に覆われた謎の武器。
その破壊力は常軌を逸しており、XENOは、核(コア)の位置など関係なしといった勢いで破壊され尽し、瞬く間に半数が倒されてしまった。
そこまでの激しい攻撃を行いながらも、当の男は、呼吸一つ乱していない。
生き残ったXENO達は、さすがに命の危機を察したのか、男から距離を取り始めた。
「雑魚しか呼べんか」
男が、麦わら帽子の少女に呼びかける。
「なんですって?」
「他愛ない」
「……!」
表情こそ変わらないが、その挑発は少女の怒りに火を点けた。
再び両手を振るい上げ、また召喚の魔法陣を生み出そうとモーションを開始する。
だがその隙を突き、黒コートの男が、一気に距離を詰めて来た、
銀色の閃光が、麦わら帽子の少女の眼前に迫る。
だがその攻撃は、脇から飛び出した者により、遮られた。
頭部の大半を覆うヘルメットのようなものを被った、長身の女性だ。
その女性は、なんと左前腕に装着したプレートのような部分だけで、攻撃をいなしたのだ。
「トレイン、退避を」
「サイクロプス……」
「想定外の事態です、お早く」
「ええ」
その会話に割り込むように、男は弾かれた武器を再度構える。
すると、先端の膨らみが展開し、その中から鋭い光が漏れ出した。
「くっ?!」
男の武器の先端から、レーザーソードのような“光の刃”が伸びる。
一メートル程の刀身に変化した“光”を振るい、一気に二人を斬ろうとする。
だが一瞬遅く、少女と女性はその場から姿を消してしまった。
まるで、空気に溶け込むかのように。
その場には、切断された女性の左前腕が、ゴロンと転がっている。
だがそれも、徐々に崩壊を始めた。
美神戦隊アンナセイヴァー
第59話【鷹風】
栃木県佐野市に現われ、そして西新宿のビル街にも現われた、竜型のXENO・ワイバーン。
同じく、新宿中央公園付近の路上に姿を表した、ゲイズハウンド。
それと同時に現われた、老人の顔と獅子の身体、蝙蝠の羽根と蠍の尾を持つ怪物。
今、その三体がまたも姿を現し、アンナチェイサーと対峙している。
黒いドレスをまとった女性と、残る影のうち二人が変身したものだ。
凶悪で醜悪な姿に変貌した者達を前に、アンナチェイサーは尚も涼やかな表情を浮かべている。
それはまるで、感情がないかのようにも映る。
ガアァァァッ!!
ファーストアタックは、ワイバーンが切った。
破壊された尾は既に復元し、凄まじい遠心力でアンナチェイサーを横殴りにしようとする。
それを紙一重で避け、上空に逃げると、そこにバケモノが待ち構えていた。
至近距離から、棘が撃ち出される。
しかし、まるで踊るような華麗な動きで、アンナチェイサーはそれを全て避け切った。
『な、なにぃ?!』
バケモノが、思わず叫ぶ。
その顔面に向かって、アンナチェイサーは右腕を構える。
「ブラックボウガン」
右掌、薬指と小指の根元が点灯する。
と同時に、アンナチェイサーの左前腕を覆う程の巨大なボウガンが、空間から湧き出るように出現した。
バケモノの顔までの距離、おおよそ三メートル。
『ぐあっ?!』
巨大で黒いボウガンの先端から、無数の矢が放たれる。
それは容赦なくバケモノの顔面に突き刺さり、体内にまで潜り込む。
『ぎゃああっ!!』
女の子のような悲鳴を上げ、墜落するバケモノ。
そこに、横からワイバーンが突進してきた。
身体を回転させ、紙一重でその攻撃をかわすと、アンナチェイサーはまた右手をぐっと握り込む。
人差し指と薬指の根元が点灯した。
その瞬間、アンナチェイサーの右腕に装着されたボウガンが変型し、大型のハンドガンに変わった。
手でくるくると回転させて持ち直すと、銃口をワイバーンの頭に向ける。
間髪入れず、ドウッ、ドウッ、という重厚な射撃音が二発。
周辺が赤く染まる程の閃光を放ち、撃ち出された銃弾がワイバーンの頭部を破壊した。
ギィヤアァァァ!!
小型の爆弾を連続で爆破させたような衝撃に、頭の上半分を失ったワイバーンは、それでも悲鳴を上げながら落下する。
だが、その真下から、突如レーザーのような光が撃ち出された。
夜空を切り裂くような怪光線は、ゲイズハウンドの目から放たれていた。
しかし、その光線もアンナチェイサーの踊るような動きにはついて行けない。
軽やかに身を翻して光線をかわし、尚且つ間隙を縫って銃撃を放つ。
アンナチェイサーの弾丸をかわし切れず、ゲイズハウンドは尾の付け根と左半身の脚に被弾した。
グワアァァッ!!
巨大な身体が反転する程の破壊力。
アンナチェイサーは、またも右手を握り込む。
今度は、中指と小指の付け根が光る。
ハンドガンが消滅し、代わりに、アンナチェイサーの背中が一瞬真っ赤に輝く。
と同時に、無数のミサイルが彼女の背後から発射された。
それは複雑な軌跡を辿り、一つひとつがぶつかり合うこともなく、三体のXENOへ飛んで行く。
回復中のバケモノとワイバーン、そして回復を始めたばかりのゲイズハウンドに向かって、無数のミサイルが降り注ぐ。
そしてその一部は、戦闘に加わっていない影の方にも飛翔した。
壮絶な爆発音が、廃墟の工場に轟く。
灼熱の爆炎、煙が辺りを包み、炎が上がる。
建物や地面は派手に破壊され、ところどころに大きな孔が開いてしまう程、その攻撃は凄まじいものだった。
だが――そこには、もう誰もいなかった。
「逃げたか」
「うん」
アンナチェイサーの脇に、黒いコートの男が現われる。
あれほどの爆発に巻き込まれていた筈なのに、男は全くの無傷のようだ。
二人は目配せすると、被弾を免れた建物の入り口に向かって、ふわりと舞い降りる。
そこには、避難した桐沢が、身を震わせながら佇んでいた。
その眼前に、男とアンナチェイサーが降り立った。
「ひっ! な、何者だ、お前達は?!」
怯えた声で、搾り出すように尋ねる。
二人は、そんな彼を冷たい眼差しで見つめていた。
「桐沢大……」
男が、武器を収納しながら囁く。
そんな声にも、桐沢は無様に怯えた。
「な、なんで俺を……助けた?!」
「お前を死なせるわけには行かないからだ」
「――は?」
男の言葉に、桐沢は怪訝な表情を返す。
続いて、アンナチェイサーが話し出す。
「お前には、もう一度警察の保護下に戻ってもらう」
「な、と、当然だ!
お、俺は――」
「奴らの側に回ってもらうわけには行かないからな」
「ど、どういう意味だ?!」
謎めいた男の言葉に疑問を呈すが、まともに会話をする気がないのか、彼らの態度はどこかぞんざいだ。
桐沢は、自分を助けはしたものの、この二人が決して好意的ではないことを実感した。
しばらくすると、遠くからパトカーのサイレンのような音が聞こえてくる。
それに反応すると、男は溜息をひとつ吐いた。
「彼らに保護してもらうがいい」
それだけ言うと、男は踵を返し、何処かへ立ち去ろうとする。
アンナチェイサーも、そんな彼を見て桐沢に背を向けた。
「ま、待て!」
咄嗟に、二人を呼び止める。
「いったい、お前達は何者なんだ?!
何故、奴らと闘える程の力を?」
「――ずっと準備をして来たからだ」
男が、肩越しに振り返り呟く。
その言葉の意味を、桐沢は咄嗟に理解出来なかった。
「鷹風(たかかぜ)ナオト」
「たか、かぜ……?」
「俺の名だ」
それ以上語ることはなく、鷹風ナオトと名乗る男と、アンナチェイサーは姿を消した。
まるで、闇に溶け込むように。
桐沢が警察に発見され、保護されたのは、それから三十分後のことだった。
ここは、新宿ワシントンホテル。
日付が変わろうとする頃、匂坂はようやく部屋に落ち着いた。
現在、部屋の外には匂坂自身が選んだ、過去一ヶ月の行動が把握出来ている警察官が数名張り込んでいる。
ひとまず彼の護衛は整ったが、先の騒ぎのこともあり、まだ気を緩められないといった雰囲気が漂っている。
司と匂坂、そして島浦は、部屋のテーブルを囲い話し込んでいた。
異常なほど深刻な表情を浮かべる島浦と司は、このホテルに入る前に匂坂が話していた内容を反芻していた。
「――XENOは、個体数に限りがある?」
司の驚きの言葉に、匂坂は大きく頷いた。
「実はXENOは、個体数が非常に少なかったんです。
その為、無駄にならないよう細心の注意が払われていました」
「そのXENOが居なくなってしまったら、確かに研究どころではないですからな」
島浦が、納得の表情で何度も頷く。
「そうです、ですから、なんとかしてXENOの個体数を増やす方法を見つけるのが急務でした。
しかし、ご存知の通りXENOは他の生物に擬態して変化する生命体ですから、同属間での生殖機能を持ちません。
複数ある個体も、そもそもどうやって増えたのかすら不明なんです」
「つまり、全てのXENOは一体限りで終わりで、子孫は残せないということか」
「それじゃあ、不老不死の研究には不向きなのでは?」
「待て島浦。
個体そのものが不老不死なら、そりゃあ繁殖する必要がないだろう。
むしろ理に適っている」
「さすがですね、司さん。仰る通り。
吉祥寺は、XENOの増やし方が見出せず悩んでいたようですが、そこに桐沢が――」
匂坂が、言いよどむ。
言いづらいと云うよりも、なんだか怒りを押し殺しているような雰囲気だ
「彼が、何かをしたんですか?」
「桐沢は、吉祥寺による“クローン個体”のコロニーそのものをXENO化させて、そいつにXENOの幼体を生み出させようとしたんです」
匂坂の説明に、島浦が思わず声を上げた。
「はぁ? ちょっと待ってください?
その“クローン個体のコロニー”というのは、機械ではないのですか?」
今の言い方だと、まるで……」
「それは失礼しました。
私共にとっては常識中の常識だったもので、つい前提を省いてしまいました」
「もしかして……その、クローンを生み出しているものというのは……」
「生物、なのですか?」
恐る恐る尋ねる二人に、匂坂は、はっきりと頷いた。
上目遣いで、まるで怪談でも語るような口ぶりで、匂坂は続ける。
「はい、仰る通りです、島浦さん、司さん。
私達は“マザー”と呼んでいましたが、クローン生み出すコロニーは……
人 間 を 改 造 し て 作り出すというものでした」
「に……!?」
「……」
島浦と司が、息を呑む。
匂坂の発言は、あまりにも衝撃的過ぎた。
司の中で、桐沢に対する印象が、この瞬間明らかに切り替わった。
「それはあくまで理論上の話で、実際に作られたわけではなかったんです。
……いえ、そうだと思っておりました。
アレを見るまでは」
驚愕のあまり、思わず椅子から立ち上がる二人と、遂に言ってしまったという表情の匂坂。
三人の間の空気が、明らかに変わった。
「実際に、作ってしまったというのですか? その……人間を改造して、コロニーを?」
「はい……それを完成させたのが、桐沢です。
我々には直接わからないよう、上手く事情を隠し、末端の仕事だけを行わせて。
しかもそれをXENO化させ、新しいXENOの幼体を生み出すことに成功したんです。
それが、あの施設に冷凍保存されていました」
「あの冷凍カプセル?」
「そうでした、司さんは直接ご覧になっていたんですよね?
そうです、アレです。
あれは、実は桐沢が……いえ、私もですね、我々が生み出した、初めての人造XENOなのです」
匂坂の長い話は、そこで終わった。
長い沈黙を破って、島浦が独り言のように呟く。
「……俺は、だんだん訳がわからなくなって来た。
匂坂の話を聞いていると、桐沢や、匂坂自身も、とんでもない重犯罪を犯しているようにしか思えんのだ」
煙草の煙を吐き出し、司はその呟きに頷く。
「桐沢が人道から大きく外れた研究に携わり、あまつさえ今起きている事件の要因を生み出した張本人の一人であるという事情はわかった。
そんな奴が警察に保護を求めるなんて、とんでもない話だな」
「もっとも、それは匂坂の話が全て本当だったらだがな」
少々嗜めるような口調で、司が補足する。
そう、まだ裏が取れたわけではない。
匂坂の話が本当であり、桐沢が悪魔のような所業を行い、結果的に連続猟奇殺人事件のトリガーを引いた人物であるというなら、警察の対応も変化させざるを得ない。
だが司には、その上でどうしても拭い去れない疑問があった。
「であれば何故、生みの親である桐沢を、XENO達は狙うんだ?」
「さあなぁ。そこが繋がらん」
「これはなんとしても、桐沢ともう一度会って話をしなければならないな」
そう呟くと、司は立ち上がり、窓の外に広がる夜景を見つめた。
「なあ、島浦」
「ん?」
「XENOのことも大概だが――お前は、空飛ぶ女の娘達を見たか?」
「もしかして、ネットで噂になっているという、コスプレ集団のことか?
ああいうのは、正直もうなんだか良くわからんよ」
呆れたような口調で答える島浦に、司は、まるで自分に言い聞かせるような口ぶりで反応する。
「その娘達に、逢ってみたい」
「は? お前、そういう方面の趣味があるのか?」
「真面目な話だ」
「なお良くないだろ」
「そうじゃない。
あの娘達は、XENOを撃退する戦闘能力を有している。
いずれは、警察との協力体制を構築する必要があるかもしれん」
司の言葉に、島浦は、露骨に表情を歪めた。
「高原から聞いてはいるが……お前、深夜アニメの観すぎなんじゃないか?
そんな訳が――」
「さっき、中央公園沿いの路に現われたXENOは、その娘達が追い払ったようだぞ」
「どこまで本気で言ってるんだ?」
島浦は、少し心配そうに司を見上げた。
島浦のスマホが鳴動したのは、その直後だった。
「もしもし――ああ、うん。
――えっ?! なんだって?
ああ、わかった! すぐに戻る!」
何やら大慌てで通話を終えると、島浦は少し慌てた様子で司に呼びかけた。
「大変だ! 署に戻るぞ!」
「何があった?」
「桐沢が、保護された!」
「――マジか?」
その報告に、さすがの司も驚きの声を漏らした。
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