【食欲】
大黒屋。
ここは、ラーメン屋激戦区環七通りに面した店である。
とんこつしょうゆ系の濃厚なラーメンを売り物として、三年前に開店した店だ。
いきなりこんな難儀な場所に店舗を構えたものの、独自の営業展開と店長の度胸、そして少数の常連達の熱心なバックアップを受け、今では“この店を知らないラーメン通はモグリ”とまで言われるほどに成長していた。
この店の売りは、ラーメンだけではない。
各種料理店で武者修行した店長は、“中華を基本とした料理”をもオプションで添える事を思いついた。
しかも、それぞれを徹底的に作りこみ、そしてバリエーションを多くかつ安くする事で、客の選択肢を増やす方向の開拓に成功した。
それでいて無駄な高級感は漂っておらず、むしろ気軽にふらっと立ち寄れる雰囲気が魅力だ。
一歩間違えれば「ただの中華料理屋」だが、そういった数々の研究と努力の果て、全国から大勢の来訪客が押しかけるまでになった。
もはや押しも押されもしない安定した人気を獲得したある頃、店長は、ふとある企画を考え出した。
店員達も猛烈に反対したが、エンターテイメント性をも重視する店長の鶴の一声で、半ば無理矢理決定されてしまった。
店長…鴇小路瞳(ときのこうじ あきら)。
彼……いや、彼女……?! は、自身のあらたな企画に、絶対成功の確信の笑みを浮かべていた。
「ホラ、さっさと準備するのヨ!
明日から忙しくなるんだからネ!」
「ふにゃ~い」
「何、気合い抜けた返事してんのよ。ダシ取るわよ」
どこかで、良いタイミングで“コケコッコ~”という、生きたアラームが鳴り響いた。
「誰よ、こんな所で鶏なんか飼っているのは?」
「ここ! ここ! ここが大黒屋だよ!!」
ありさは、まるで子供のようにはしゃぎながら、目の前の店舗を指差した。
【とんこつしょうゆ 大黒屋】。
ありさに引かれてやってきた愛美と未来は、思わず店内の様子を自動ドア越しに覗きこんだ。
「うわあ……ラーメンなのですね。
ラーメンなのですね」
「なんで真っ昼間から、こんなに濃厚なの食べなきゃならないのよ、ったく」
憂鬱そうな愛美と未来。
この好対照な二人の肩をパシパシと叩きながら、ありさは目を猫のように細めて、嬉しそうに呟いた。
「何言ってんのよミキ。
夜に食ったら、もっと体重の贄になっちゃうでしょうが!」
「うぐ」
「あんたさぁ、そんな事言ってうまいモン食べるチャンス失いまくりだと、人生無駄にするようなもんだよ」
「キッ! む、ムダとは何よ!
私はどーせ、あんたみたいに新陳代謝がよくないわよ!!」
そう言いながら、逆三角形の目でギロリと睨む。
またいつものいがみ合いが始まるのか……と思って身を固めて見守っていた愛美だったが、その予想に反して、ありさはまったく挑発に乗ってこない。
むしろ、そんな態度を見越していたかのようだった。
「ハハハ、まあそう言わないの。
未来、たまにはあたし達に付き合ってくれたっていいじゃない」
「そうですよ、未来さん。
ありささんがオススメしてくださる所なんですから、きっと素晴らしいですよ」
「おっ? おっ? 愛美、フォローしてくれるのか、あんがとね」
「それでは、私はこれで失礼いたします」
「おいおいおいおい、待てぇ――!!」
深々と頭を下げて撤収しようとする愛美を、慌てて捕まえる。
ありさの態度に多少の憤りを感じてはいたが、実は未来自身、ラーメンに興味がないわけではない。
その辺、微妙な葛藤があった。
「で、でも、何も開店前から並ばなくても」
「そこがいいんじゃない!
わざと自分の食欲に抑制をかけて、一気に解き放つ!
ああ、それはもうスペクタクルでファンタジーで甘露なひとときを味わえるわけよ♪」
「そうです。
スペースシャトルでファンタージェンなんです」
「はいはい、わかったわよ。
わかったから、付き合えばいいんでしょう? もう、覚悟決めたわよ」
「いよし、それでこそリーダー!」
「なんでよ」
「あれは何ですか?」
不意に、愛美が店頭に出されている小さな告知看板を指差した。
今まで客の陰になって見えなかったそれには、丸っこい文字でデカデカと
『あなたも大食いにチャレンジ!
好きなメニューを一杯選んで、豪華賞品をもらおう!』
と、書かれている。
どうやらこれはかなりの注目を浴びているらしく、他の客もそこに記されたルール説明をじっくりと読みこんでいる。
「ありさ、ねえ、あれは何?」
「あたしも知らん。
つーか、前はこんなのなかったよ」
と呟いた声に反応するかの如く、横から別な人間の話し掛ける声が響いた。
「そりゃあ当然よ。
これ、明日からやるの。
よかったら挑戦してみてね、お客さん♪」
振りかえると、そこにいたのは細身の、白い業務用エプロンをまとった男性だった。
独特のお姉言葉と、なんとなく“狙った”目線の動きが、様々な意味を込めて「普通ではない」事を物語っている。
長身の未来をも見下ろすような背の高さに、三人は、思わず揃って見上げた。
「は、はあ」
「これはなんですか? 何か特別なお料理でも?」
「っていうか、食べ放題って事?」
細身の男は、三人のナチュラルな反応に、チッチッチッと指を振る。
「明日から毎日行うイベントよ。
午後2時から午後5時までの3時間内、自己申告で、規定量以上食べられたらお代はタダ!
だけど、食べた量が多ければ多いほど、これは“賞金”“豪華賞品”へとレベルアップしていくわ」
感嘆の声が、各所から漏れる。
「挑戦してみようか」という声もささやかれ始めているようだ。
「ふえーっ、そんな豪華な企画なんですかー!」
常に自然過ぎる反応を示す愛美が、目を剥いて驚愕する。
「ふーん。で、細かいルールってどんなのです?」
ありさの問いに、細身の男は妖艶な笑顔を向けて答える。
「良く聞いてくれたわね、お客さん!
まずね…
・各メニューごとにポイントが設定されていて、注文して食べ尽くした
料理の総合ポイント数で測定。
・ラーメンは、汁も含め全部残さず食べること。
・餃子などの場合は、調味料の有無は無視。
・ドリンク・酒類・替え玉・トッピング・ミニメニューはポイント対象外。
・ラーメンは平均5ポイント、ご飯類単品は4ポイント。
・餃子などの小物系は、各種1ポイントを基準とする。
・15ポイント達成で食事代無料、25ポイント達成で賞金3万円。
・以降5ポイント上昇ごとに、賞金アップや豪華賞品。
・最高記録保持者は店内にて表彰され、名前とスナップが飾られる。
だいたいこんな所ね」
再び感嘆の声が上がる。
「なるほど! 巨大ラーメン全部食べたらナンボって奴じゃないのね!
好きなメニューでポイントを稼げるわけかぁ」
「そゆ事。しかもね、実はコレ、団体挑戦もOKなのヨ♪」
「えーっ、団体戦?!」
男の言葉を聞いた直後、ありさがゆっくりと未来と愛美を振り返る。
「団体戦は、ノルマが人数分に倍増するわ。
けれど、一人が挫折しても残りのメンバーがフォローすればOKよ。
もちろん、注文しても食べ切れなかったら、お代はドッカとやってくるから、注意してネ♪」
一年や二年では、絶対身に付きそうにないほど定着化したお姉言葉が炸裂する。
すでに他の客達はそれぞれ自分達なりの計画を相談し始めたり、ただ笑いながらも目はマジだったりと、反応は様々だ。
「明日の午後2時からだけど、事前申し込みや応援も大歓迎だからねーっ。
皆さんよろしく頼むわーっ♪」
背景に一杯の透過光を浴び、店長・瞳の満面笑顔が輝く。
なぜか客達の半分くらいは、その呼びかけに応えて「オーッ!」と掛け声を上げていた。
「ラーメン屋さんって、とっても面白そうな所なんですね。
私、こういう世界があるという事を初めて知りました!」
何かがツボったようで、愛美は、先程までの嫌そうな態度から一転、正反対の事を言い出す。
未来は額に指を当てて、この行列の中で唯一、無茶苦茶な展開に頭を悩ませていた。
「つ、ついて行けないわ。
第一、ラーメンなんて一杯食べれば、その日一日何もいらないくらいのカロリーがあるのよ。
そんなものを何杯も食べたって」
「大丈夫ですよ、未来さん!」
肩をポンと叩きながら、ものすごく上機嫌の愛美がやわらかな笑顔を向ける。
「食べた分、動けばいいんですよ。
私、ランニングだったらお付き合いしますよ」
「ら、ら、ランニングですって?!
なんで食べた後にそこまでしなくちゃいけないのよ!」
「えーっ、だって、ホラ」
そう言いながら、愛美が横を指差す。
視線をそちらの方向へスライドさせてみると、ありさが背中を丸めながら、何かをぶつぶつと呟き続けている。
近づいてみると、その恐るべき呟きの内容がだんだんはっきりと聞こえてきた。
「…で、25×3だから合計75、ラーメン一人4杯にご飯モノ各1で割り振って、後は小物3点……
これだとデカイ割にあんまり食べない未来の埋め合わせが必要になるから、まずあたしが今日の夕食を抜いてがんばって、愛美にも……」
「ちょっと!」
未来に肩をわしづかみにされて、やっと我に返る。
「ハッ?! ど、どーしたんよ未来?!」
「あんた、今、私をメンバーに含めて団体戦の戦略考えていたでしょおぉぉぉおおおお?!」
「い、いや、だから、あのね」
「わあ♪ 未来さんも出るんですかあ?」
「出ない! しかも、どーして賞金目当てで計算してんのよ!!」
頭から濃厚な湯気を立てながら、眼鏡美女が野獣と化して激怒する。
計画発案者は舌打ちしつつも、苦笑いを浮かべてごまかすしかなかった。
「あ、あはは……
ま、まあさ、とりあえず食べてみようよ。話はそれからだよ」
「ふん。まあ、普通に食べるくらいなら、ねえ」
「ありささん、私、参加してもいいですよ!」
愛美の申告に、ありさの瞳がピコーンと輝く。
「おおぅ、愛美~!!
あんたって子は、ど~してこんなに物分かりがいいのかしらねえぇぇぇぇ?
思わず抱きしめてチューしてあげたい♪」
「チュー?」
「おえっ」
開店前の退屈な筈の列並びは、三人の漫才のおかげで有意義に過ぎていった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――②
十数分後。
「へいお待ち!
大黒屋ラーメンと、ネギチャーシューラーメン、それにトンコツチーズラーメン、あと餃子ね」
威勢の良い店員の声と共に、食べ物が素早くテーブルに並べられる。
すでに小皿でしょうゆとラー油を混ぜて待機していたありさ、ただじっと手を膝の上に置き、ドキドキワクワクしながら待ち続けていた愛美、そして、何だかんだで他のテーブルの客の食べ具合を、興味深そうに眺めていた未来が、自分たちに巡ってきた順番に歓喜した。
「よぉっし! じゃあ、いっただきま~す!!」
「い、いただき……ます」
「ふわあ、ゆ、湯気ですごい事になってます~!
こんなにすごいとは思いませんでした!」
被害報告を入れながらも、嬉しそうにラーメンをほおばる。
どうやらホントに未知の感覚だったらしく、熱いのと美味しいのとで、しきりに目をパチクリさせている。
未来は、そんな愛美の顔を見て、思わず吹き出してしまった。
「ケケケ、これが楽しみで、今朝から何も食べてなかったのよんよんよん♪」
一番濃そうなラーメンを頼んだありさは、手馴れた様子でラーメンを具の中から引き出すと、トッピングされた粉末チーズを巧く絡め、大口を開けつつ一気にパクつく。
「な、何よ。なかなかイケるじゃない」
ニヒルな語り口でありながらも、未来もまんざらでもないという表情である。
未来は、なぜかキョロキョロと周囲を見まわしてから、ゆっくりと、しかしノンストップで麺をすすり込み始めた。
「ラーメンって、すごいです偉大ですグレートです!
私、こんなに素晴らしいものを、奥様や先輩方に差し上げる事ができなかったなんて、激しく悔やまれます!
メイド失格でした!」
感極まって、愛美はぽろぽろと大粒の涙を流し始めた。
それでもラーメンを食べる手と口だけは止まらないようで、なんとなく不憫に思った未来は、無言で愛美の肩をぽんぽんと叩いた。
「この前のアレは、きっとただの悪夢だったに違いないです!」
「待って愛美、それはさすがにちょっと言い過ぎ」
「でも、愛美。
ラーメンを出すメイドって、ビジュアル的にどうかと思うわよ」
「ええっ、そ、そうなんですか?!」
「ここが大食い系のイベントやるなんてやっぱりすごいよね。無謀かもよ?
こんなにおいしいんだから、結構食べられちゃう人が多いんじゃない?」
どんぶりの底に残ったスープをぐび~と飲み干してから、ありさがすっかり満足した表情で呟く。二人も食べ終わったようだったが、ありさと愛美は、ちゃっかり替え玉も腹に収めていた。
「おいしいと、いっぱい食べられちゃうんですか?」
「なんとなくわかるわそれ。
でも、スープまで全部飲み干して最低二杯以上ってのはかなり辛いわよ。
ここって、かなり量もあるし」
一つひとつのサブメニューも、それなりの分量があるようだ。
どうせなら2ポイントくらいにしてもいいのでは? と、未来は隣の客の皿を見つめながら考えていた。
「大好物のメニューを連続で注文して、ポイントを稼ぐという作戦は有効だと思いますが、いかがですか?」
突然、感動の坩堝から生還した愛美が、意見を加える。
「なるほど! そうね。
だとしたら、あたしはこの“チーズトンコツラーメン”だったら3杯は間違いなくイケるから」
「うえっ?!」
ありさの独白に、未来がおののく。
「えーと、私は是非ここの飲茶を制覇してみたいと思いますから、小物ならまかせてください!」
「ち、ちょっとちょっと」
「あーっ、そういえば未来、あんた大好物だったよね、シュウマイ♪」
「ギクッ」
隣の客が、どう見積もっても直径5センチはある巨大シュウマイを口に運んでいく様を眺めていた未来は、バツの悪そうな顔で振り返る。
「ほ、ほっといてよ!」
「よーし、じゃあ愛美! 綿密な作戦を練るよ~。
大食いってのはね、ただむやみに食べ続けていればいいってもんじゃないんだ。
緻密な計算と計画が、勝利への道になるんだよ」
「はい、わかりました!
じゃあ、まず私が狙うメニューを選別して」
「油モノはなるべく避けた方がいいわよ。おなかがもたれてあとが辛くなるから」
「お、未来! じゃああんたは、あっさり系で行くのね」
「勝手にメンバーに加えないで!!」
食べ終わったにも関わらず、作戦計画の検討に夢中になり、三人は席を立つ事を忘れていた。
人気のラーメン屋で、食べ終わってからくつろぐという態度は論外である。
いつもならばそんな事は常識として身に染み付いていたはずのありさだったが、ついつい楽しい話にかまけてしまっていた。
「おぅ姉ちゃん達!
終わったんなら、そことっととどきな!!」
突然野太い男の声が、遥か頭上から響く。
見上げると、そこには筋骨隆々の大男が三人、下目使いで彼女達を睨みつけていた。
「すわっ」
「姉ちゃん達、大食い自慢かなんか知らないが、生兵法はケガの元だぜえ?」
「な、なんだってぇ?!」
ありさが睨み返すと、その男達は思いっきり露骨に嘲笑してみせる。
よく見ると、三人は顔も背丈も特徴も、殆ど同じだ。
いずれもガッシリした体格に長い髪、ボウボウと伸びた髭、濃ゆい顔を持っている。
彼らがいるだけで、周辺温度が2~3度上昇するかのような暑苦しさだ。
「ここの大食いイベントは、俺達三兄弟が制覇してみせる、ぜぇぃっ!
てめえらシロウトは、ただ俺達の熱い闘いぶりをながめていればいいん、でえぃっ!」
「そこのペッタペタな姉ちゃんみてえなのは、百年がんばったって無理ってこった」
「ペッタペタ?」
ぶっちん。
あ、キレた……と未来が思った時には、もう遅かった。
ありさは、訳のわからない言葉を叫びながら男達に掴みかかろうとする。
それを、背後から一生懸命に愛美が抱きとめて制していた。
「うぎゃ―――っ! 殺らせろ―――っ!
こいつらを―――っ! せめて一人だけでも―――っ!!」
「あ、ありささん、ダメですっ!
落ちついてくださいーっ!」
「ハハハ、女のクセに男みてぇなナリしてんのが悪いん、でぇぃっ!」
そこへ…
コン、ゴン、コン!
ゴン、ゴン、ゴン!
「いてぇっ?!」
「あたっ?!」
一つのボールが三人の頭をバウンドしながら飛び交う。
それが2セットで、その場の6人はすべて頭をポテられて停止した。
「な、なんで私まで?」
巻き添えを食った未来が振り返ると、先程店頭で大宣伝していたオカ……年季の入ったお姉言葉の切れ味も鋭い、店長が佇んでいた。
「はぁい、そこまで。
あんた達、くだらない事でケンカこいてんじゃないわヨ」
「て、店長?」
「この勝負、あたしが預かるわ。
話を聞くに、あんた達全員イベント参加希望者みたいじゃない」
「ああ、それがどうかしたん、でぇぃっ?!」
長男らしき暑苦しい奴が、独特のイントネーションで吠える。
ついでに筋肉の誇示も忘れない。
だが店長は、鋭い流し目で「ムサっ」と言い放つと、ビシッと鋭い音を立てて、六人を順に指差した。
「あんた達、明日午後二時、この店で勝負を着けなさい!」
「ええーーっ?!」
「ハハハ、そりゃあ面白い!」
「ふふふ、我が兄弟の恐るべき実態知らぬ者の発言なり。
後悔しても知らぬぞ」
「よく言った! 俺達三人で、一週間分の仕込み材料まで、すべて食い尽くしてやるん、でぇぃっ!」
三兄弟は、簡単に承諾する。
「わかった!
くそぉ~、あんた達、人を侮辱した事を死ぬほど後悔させてくれたるわぁ~!!
やるよ、愛美! 未来!!」
「はいっ、がんばりましょう!」
「だからぁ、ど~して私まで加えられるのよぉ?!」
いつしか場は盛り上がり、熱血した視線をビシバシ叩き付け合う六(マイナス一)人だけではなく、その状況を見守っていた他の客達までもが過熱し、大きな声援を飛ばしていた。
「ここまで来たら、もう後へは引けないよ!
ホラ未来! 明日にむかってトライよ!!」
「そうです、明日はフライです!」
「と、トホホホ……」
「よし、これで決まったわね。
じゃあ、明日の参加を待っているわよ」
そう言い残し、店長が踵を返そうとした時、
「むわっとぅわぁ!(注・待ったあ!)」
長男らしき男が、待ったをかける。
「何よ、まだ何かあるの?」
「ただ勝負するだけじゃあ面白くない、ぜえいっ!
負けた奴には、それなりのペナルティを課すべきだ、ぜえぃっ!!」
「な、なんですって?!」
突然の暴言に、三人が反応する。
「へへへ、てめぇら負けたら、それぞれ専用の“肉奴隷”にしてやるっぜえぃっ!!」
「に、ににに、肉奴隷?!」
驚くありさの目の前で、長男は丸く輪にした指の間に、別の指を差しこむ例のいやらしいジェスチュアをしてみせる。
その姿と、異常にギラついた眼差しは、ありさ達を本気で凍りつかせるだけの不気味な迫力があった。
「ぐへっ、ぐへっ…た、楽しみになってきた、ぜえぃっ!」
「な、なんでそうなるのよぉ~!?」
「面白いじゃない。
いいわ、それで行きましょう」
男達の欲望にまみれた申し出を、堂々と受けたのは……店長だ。
「ちょっとぉ、どうしてあんたが受けるのよぉっ?!」
「ニクドレーってなんですか?」
「あなたは知らなくてもいいのよ」
いつのまにか、そういう事で決定してしまった“勝負”は、思わぬベクトルでの進行が義務付けられた。
すっかり勝負に勝ったつもりになっている大男達は、全身をバキンボキン言わせて余計にハッスルし、ありさ達をさらに挑発する。
すっかり圧倒されてしまった三人は、なんとか店を無事に出るのが関の山といった心境だった。
「な、何?
この疾風のような展開は?!
何がどうなったの?!」
「ラーメン屋さんってすごいんですねぇ。
まるで“嵐起こるスタジアムに同じ思い胸に抱きしめ”て立ち向かう闘いのようです」
「どっから覚えたのよ、そんなの?」
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③
「店長~、いいんですかあ?
あんな事やらせちゃってえ」
「バカねぇあんた。
いい? イベント開催初日に、いきなりあんな見せ場が出来れば、あいつら以外にも沢山のエキストラが集まるし、日が過ぎても話題が生き続けるわ」
「そ、そのために、あの女の子達が肉奴隷にまでなっちゃうんですか?!」
「それは彼女達のがんばり方次第よね。
――でも、一番問題なのは、アレが訪れた時よ」
「アレ?」
「そう――チャンプ」
「ああ! チャンプ!!」
「あれは、必ずこのイベントの話を聞きつけてここにやってくるわ。
そうしたら、多分あの六人の対決など……」
「私、なんかゾクゾクしてきましたよ店長~」
「OK! なんとしても、明日は盛り上げるわヨ!!
一号ナベから十号ナベまでスタンバイ!
ゲンコツ部隊、昨日からのスープの仕込みをチェック!!
チャーシュー部隊と飲茶特殊工作隊は、材料切れなんてみっともない真似しないように、厳重に事に当たって!
陣頭指揮はあたし自らが執るわぁっ!!」
「というわけで、明日もありささんや未来さんと、お出かけしてきますね♪」
なぜか全身からはりきりオーラを出しまくっている愛美が、嬉しそうに宣言する。
その晩、凱と相模姉妹は愛美を交えた四人で夕食を摂っていたのだが、妙なテンションの彼女に、皆は少々面食らっていた。
「愛美ちゃんが自分から続けて外出するようになるなんて、珍しいなぁ」
「ありさちゃんが、よく引っ張り回しているからじゃないかなぁ?」
「あのお二人がいらっしゃるから大丈夫だとは思いますが、前みたいな事にはならないよう、お気をつけくださいね」
心配性の舞衣が、不安げな表情で付け加える。
だが当の本人は、大丈夫といわんがばかりの笑顔を向け、こっくり頷いた。
「明日は、世紀の大勝負なんですよ」
「大勝負?!」
「はい、私とありささんと未来さんで力を合わせて、正義のために戦うんです☆」
「せ、正義?!」
なんか妙に高揚する愛美の態度は、異様な不安を駆り立てる。
凱は、「一体何があった?」と舞衣達に目線で呼びかけるが、二人はただ首を横に振るだけだ。
「XENOとの戦いの事じゃ、ないよね?」
「違いますよー」
「愛美さんに限ってそんな事はないと思いますが、何か喧嘩のような事では」
「アハッ、それも違いますよっ♪
だいじょーぶです、なんとかなりますよ。
後でご報告しますねっ」
「え? あ、ああ」
なんとなく毒気を抜かれて、それ以上突っ込む気力がなくなってしまう。
まあ、いずれにしても未来が一緒だというならそんなまずい事にはならないだろう。
三人は、そう判断して会話を打ち切ることにした。
「ごちそうさまでした」
「あれ、愛美ちゃんもういいの? ご飯のおかわりは?」
「いえ、結構です。
食べ過ぎると明日に響きますので。
あ、舞衣さん、お願いですから洗い物のお手伝いさせてください。
身体を動かしたいので」
「え? は、はい」
舞衣の気のない返事を聞くと、愛美は笑顔で会釈し、とっとと自分の食器を片づけに行く。
「お片づけの前に、ちょっと運動して参りますね♪」
「運動? ど、どーしたの愛美ちゃん?」
「はい、食べた後に身体を少し動かしておく方がいいんだそうです。
ありささんがおっしゃっておられました」
「ありさちゃんが?
い、いったい何をするつもりなのかな~?」
「えへへへ、秘密ですー」
軽くステップを踏みながら、愛美は、簡単な挨拶だけ済ませるとすぐに自分の部屋へと戻っていってしまう。
残された三人は、呆然とそれを見送るだけだった。
「なんか、やっぱり嫌な予感がする」
「うん、メグも」
「愛美さんが何かを楽しみにされるというのは、喜ばしい事なのですが」
翌日――
対決の時が迫る大黒屋には、二大勢力の熱き闘志が渦巻いていた。
筋肉の塊の三人衆と、それに対抗する三人の少女。
ただ愛美だけが、妙にうきうきとした笑顔を浮かべている。事態の深刻さが全然わかっていないようだが、誰もそれに突っ込もうとはしない。
「ぐへへっ、よく恐れもしないで来たものだ、ぜえいっ。
そんなに俺達の肉奴隷になりてぇのかぁっ?!」
「下品な」
未来の眼鏡の奥から、理知的な視線が突き刺さる。
だが当の本人は、そんな事これっぽっちも気にする様子はなく、さらに下品で欲望にまみれた笑みを浮かべる。
「へっ、あんた達の方こそ、後で泣き入れたって遅いからねっ!」
「ふははは、心配するな。
挿れるのは別な物だからなっ」
「げっ」
次男の、さらに輪をかけたセクハラ発言に言葉が途切れる。
だが、ありさがふと目線を下ろした瞬間、男達三人の下半身前部がギンギンに膨らんでいる事にも気付いてしまった。
背筋に、今まで味わった事のない程の悪寒が駆け巡る。
「よし、俺はあのちっこいのをもらうとしようか」
「俺は、あのぺったんこな奴がいい、ぜぇぃっ!」
「ぺったんこ?!」
その言葉で、一瞬のうちにありさの頭に血が上る。
だが、一番後ろにいた三男の言葉で、それは一気に収まってしまった。
「拙者は、あの背の高いのが良い」
「ほう、相変わらずマニアだな、マンナッカー」
「巨乳に眼鏡。
それだけで拙者のマイハートはアウェイクニングでエクシードチャージ状態でござる」
「ぐえ!」
その言葉に、今度は未来が退く。
だがありさは、不謹慎と思いつつも心の片隅で“よし、今度これをネタにからかってやろう”と考えていた。
「はーい、じゃあそろそろ始めようかしら。
みんな、ルールの方は大丈夫ね?」
湯気の向こうから姿を現した店長・瞳の呼びかけに、六人全員が無言で頷く。
「じゃあ、席についてね。みんなの健闘を祈るわよっ」
と言うと同時に、瞳は、どこから取り出したのか小型のドラを掲げる。
「あ~れ、きゅいじぃ~~ぬっ!」
ぐわおわおわおわ~~~ん!
ドラが鳴り響き、場の空気が瞬時に引き締まる。
だがその時、六人とも「それ、何か違う」と心の中でツッコミを入れていた。
この瞬間だけ、六人全員が同じ気持ちで固く結ばれた。
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