INTERMISSION-1

【検証】

 ここは、都内某所の地下深い場所。

 一般人はおろか、ごく限られた者しか立ち入る事が出来ない、特殊な施設。

 通常の生活を送っている者達が気付くことは、永遠にありえないだろうという領域。


 そんな場所に今、二人の男達が向かい合っている。


 一人は、ぼさぼさ頭を掻き毟りながらモニタを見つめる、鋭い眼差しを持つ男。

 着古した白衣が、その男の素性を物語るようだ。


 もう一方の男は、グレーのジャケットとパンツ、黒のシャツに金のネックレス、そしてややアンバランスなごつい腕時計を着けている。

 きっちりセットされた髪、整えられた眉にサングラス。

 先の白衣の男とは、対照的な姿だ。


 照明が消された部屋の中には、数え切れない数のモニタが並び、一見用途不明の機器が、無数に駆動音を鳴らしている。

 そんな中、手近なモニタに表示されているデータを眺め、二人は本日何回目かのため息をついた。


「元町夢乃が、長年かけて探ってくれた、井村邸。

 それが、あっさり火事で焼けたと」


「ああ」


「その上、館の中から豚の顔の怪物が出て来たと」


「そうだな」


「そいつのせいで、調査は中断。

 夢乃をはじめ、館の住人達は行方不明」


「そうだよ」


「館の中に、研究所の一部みたいな場所を見つけたにも関わらず。

 ろくに調査も出来ず、撤収か。

 さすがは“SAVE.”の調査班リーダー、なかなかの判断と行動だな」


「て、てめぇ~!」


 今にも掴みかかりそうな形相で、サングラスの男は白衣の男を睨みつける。

 だが、急に力を抜き、


「悔しいが、お前の言う通りだ、勇次。

 今回は、完全に俺の失態だ」


「ふん」


 つまらなそうに鼻を鳴らすと、勇次と呼ばれた白衣の男は、再びモニタに見入る。


「お前らのレポート、何もかもが意味不明だ。

 まったく訳がわからん。

 何がどうなったら、こんな事態になるのだ?」


「知らんがな。

 それを解明すんのが、お前ら研究チームの仕事だろ?」


「その解明も、正確な状況報告があってこそだがな」


「俺が適当な報告してるってのかよ?」


「そうは言っていない。

 ナイトシェイドの記録は明確なものだ。

 だが、実際に現場に居合わせた者の説明が支離滅裂過ぎて、話が繋がらんだけだ」


「こ、こんにゃろ……」


 椅子から立ち上がり、サングラスの男は勇次の胸倉に手を……かけようとして止める。

 彼らの会話には、微妙なエコーがかかっていた。


「お前の口の悪さには慣れたつもりだったが、今の精神状態で聞かされると、さすがに辛いぜ」


「このしゃべり方は生まれつきだ」


「ああそうだな、お前、幼稚園の頃から全然変わってないもんな。

 その、超エラそうな口調」


「黙れ。

 ――コーヒー、飲め」


「おうよ」


 モニタの横に置かれていたポットから、勇次がマグカップにコーヒーを注ぐ。

 砂糖もミルクも添えられずにスッと突き出されるカップを見て、サングラスの男はふっと笑った。


「この野郎、口は最悪に悪いくせに、美味いコーヒー淹れやがる」


「伊達に喫茶店で長年バイトしたわけじゃない」


「へっ、ありがとよ」


 勇次と、サングラスの男――北条凱は、この地下深い施設の一室で、もう一時間以上も話し合っていた。


 話題は、井村邸。

 千葉愛美がメイドとして住み込みで働いていた、群馬県の山奥に人知れず建てられていた洋風の大きな屋敷だ。

 そこで繰り広げられた、不可思議な展開、そして戦闘。

 あまりに不条理かつ奇妙な事態の連発に、調査目的で忍び込んだ凱は、命からがら脱出してきた。

 千葉愛美と共に。


 彼の活動は、相棒であり高性能で自我搭載型AIを持つ、装甲車ナイトシェイドにより、緻密なレポートとして纏め上げられていた。

 途中から、彼らと連絡を取り一部の状況は理解した勇次だったが、全貌を知るにつれ、だんだん訳がわからなくなって来た。


 凱が呼び出され、嫌みを言われているのも、これが要因だ。



「元町夢乃のことだが」


 勇次の呟きに、ピクリと反応する。


「ああ……あのまんま行方知れずだ。

 やっぱ、お前のとこにも全然連絡ないか」


「ない」


「そう、か」


 短い沈黙が、訪れる。

 炎に包まれた館から、夢乃や他のメイド達、そして井村婦人が脱出した形跡は見つからなかった。

 ナイトシェイドの広範囲スキャンやレーダーでも、凱と愛美以外の人間の存在は、一切キャッチされなかった。


 同時に、焼死体も――


「断定は出来んが、一応、最悪の事態は考慮しておくべきだろう」


「わかってる。いちいち言うな」


「うむ……」


 淹れたてのコーヒーを、苦々しく啜る。

 それを横目に、勇次も自分のカップにコーヒーを注いだ。

 続けて、ミルクを二つも。


「随分久しぶりだったんだろう。

 元町夢乃とは」


「ああ……四年間全く音信普通だったからな。

 もしかしたら、もう消されてるかもって思ってたよ」


「そうか」


「“ここ”が出来る前から出向していたからな。

 今の“SAVE.”の規模を見たら、驚くだろうな、あいつ」


「だろうな」


 会話が、途切れる。

 その間に勇次は、自身の端末の映像を、二人の頭上に吊るされた大型モニタに転送する。

 井村邸のマップが表示された。


「井村邸についてだが」


「見た目は古い洋館、だが実際は最新設備やスキャン防止やらジャマーやらが仕込まれた、とんでもない“要塞”だぜコレ」


「そうだ。

 衛星(シェイドIII)でも認識出来なかったくらいだからな」


「あんな山奥に、いったいどうやってこんなのおっ建てたんだ」


 続けて、館内各所の画像が表示される。


「見たところ、西と南の棟は井村依子とメイド達の居住区で、東棟は“研究所”の職員の宿舎として使用していたようだな。

 元町夢乃の発言から、ここは最低でも4年以上は使われていない。

 だが、北棟は――」


 映像が切り替わり、白い壁に覆われた近代的な設備の室内が映し出される。


「そう、照明がついていたりと、明らかに“稼働中”って雰囲気だった。

 どうなってるんだこれ?」


「それについて、気になる点がいくつかある」


「なんだ?」


 勇次は自分のコーヒーをぐいとあおり、小さく「アチチ」と呟いた。

 コホン、と咳払いをすると、気を取り直す。


「この館には、井村依子を含め、在住者は六名だった筈だな。

 そして、北棟へ移動できる唯一の手段である東棟は、四年以上使われておらず、誰も立ち入った様子がなかった。

 それで間違いないか」


「そうだ、その通りだぜ」


「つまりそれは、北棟も、同じように四年以上は誰にも使われていないことになる筈だ」


「そうなんだよな。

 だが、あそこは――」


 凱は、思い出す。

 東棟に立ち入った時、床には埃が積もっていた。

 夢乃がそれを足で軽く蹴り、少々埃が飛び散ったのを、ライトの光の中で確認している。

 愛美達に、夜の廊下掃除をさせていた程なのだから、館の主は、そんな汚い状態の場所を放置するとは考えづらい。

 それは、当のメイドであった夢乃も、呟いていた疑問だった。


「東棟と北棟は、実際“封印”されてたって事なんだろうな」 


「何のために、そんなことをしていたかが、問題だ」


「同感だな。

 あと、あのXENO」


 画面が切り替わり、凱と対峙した時の「豚面の怪物」の画像が表示される。


「ああ、お前の発言に基づいて、今後は識別コードUC-01“オーク”と呼称する」


「お、おお。

 まんまだな」


「オークが、四年も封印された棟の中に、何故居たのか。

 いつ、どうやって入り込んだ?

 凱、ソイツが忍び込めそうな場所はあったのか?」


「いや、ないな。

 あんなデカブツが外から入り込むとなったら、相当大きな出入り口が必要になるだろうしな。

 そんなものがもしあったら、俺はそこから忍び込んでた」


 凱の言葉に、勇次は腕組みをして頷く。

 サングラスを外し、ジャケットの胸ポケットにしまうと、凱は鋭い眼差しを向けた。


「つまりオークは、外から入り込んだんじゃない。

 最初から、館の中に居たんだ」


「何故、そう言い切れる?」


「簡単な話さ。

 もしオークが外に居たなら……いや、出入りが可能だったとしたら、俺は絶対に館の外で襲われた筈だ」

 凱の言葉に、勇次は深く頷く。


「だな。

 第一、それならしょっちゅう外に出ていただろうメイド達なぞ、とっくに食い殺されているだろう」


 彼らの一番の疑問は、そこだった。

 オークは、封印された四年間、ずっと北棟の中に閉じ込められていたことになる。


 何故、どういう手段で、誰によって、何の目的で、そうなっていたのか。


 まして、当の井村邸に住んでいたメイド達は、その事を知らなかったようだ。

 仮に、一部の者だけが事情を知り、そうでない者達には知らされていなかったとしても、なら何故そうなったのかも繋がらない。

 それに、井村婦人やメイド達の力で、あの巨体のオークを閉じ込めることなど、不可能だろう。

 否、それ以前に、あのようなバケモノがどうして存在しえるのか?


 疑問は、尽きない。


 凱は、改めて館周囲の状況について、考え直してみた。


 数年前、まだ夢乃がメイドとして潜入する以前から、あの周辺で奇怪な事件が起きていた。

 この辺りで、熊をも凌ぐほどの大きさを誇る怪生物の姿が、何度か目撃されたという。

 とはいえ、元々人が住まないほどの山奥なので、その話自体は噂の粋を出るものではなかった。


 全ての問題は、それにYOUTUVERなる者達が目を付けたことから始まった。

 動画サイトに自主撮影の動画をアップロードする者達が、それについて独自調査を行い、その過程を公開しようとしたのだが、誰一人として戻って来なかった。

 その人数は、七人にも及ぶ。


 もし、仮に本当に大型の生物が棲みついており、それにYOUTUVER達が襲われたのだとすると、それはそれでおかしい点が出てくる。

 遺留品が、何一つ発見されていないのだ。

 さすがに、同じ目的地に向かったとはいえ、時期もばらばらだった七人全員が、遺留品一つ残さず姿を消すとは考えづらい。


「都内のXENO絡みと考えられる事件も、遺留品は残ってるからな。

 単純にXENOや他の野生動物に襲われた、って落ちは考えづらいだろ」

 

「あそこ、俺達が考えている以上に、まだ何かあるだろうな」


「火災の原因も、まだ特定は出来ておるまい?」


「そうだな。

 今は地元の警察やらが調査しているだろうが……いずれ、改めて調査する必要がある」


「もしかしたら、故意に放火したのかもしれんな」


 勇次の呟きには、凱も同意だった。

 あまりにも唐突な出火、しかも発火地点は、明らかに北棟。

 しかも火の回りがあまりにも早く、あれだけ大きな建物なのに、信じ難い程にあっさりと全焼してしまった。

 凱達の活動に感づいた何者かの意思により、証拠隠滅のために行われた放火だと疑ってしまうのは、当然の流れだ。


 しかし、やはりどうしても、「何故?」という疑問は拭えない。



「今となっては、その要因の手がかりは……千葉愛美だけになってしまった」


 千葉愛美。

 井村邸から凱が連れ出した少女で、“アンナユニット”という特殊装備をいきなり実装し、オーク討伐に成功した存在。

 だがその時の彼女の姿は、勇次や凱が想定するものとは、あまりにもかけ離れたものだった。


 今度は、千葉愛美と「アンナローグ」の話題に切り替わる。


 切り替わったモニタには、実装したばかりの時の、アンナローグの姿が映し出された。

 薄暗い玄関ホールの中にいたにも関わらず、はっきりとその姿を浮かび上がらせている。


「俺が駆けつけた時には、愛美ちゃんはもう実装を終えていたんだ。

 初めて見た時は、コスプレかと思ったよ。

 それでその後、オークに突っ込んでそのまんま外までぶっ飛んで行ったんだ。

 壁に大穴まで開けてな」


「そのコスプレが、これか?」


 ピンク色の髪と衣装、胸を強調するようなメイド服、ミニスカートに白いニーハイ、そしてショートブーツ。

 場にそぐわない可愛らしさと、何処か妖艶さを同時に感じさせる不思議な姿。

 ごくりと、誰かの喉が鳴った。


「あん時は全然思わなかったけど……

 落ち着いて見ると、結構エロいんだな、この格好」


「その発言、妹達に聞かせてやろう」


「やめろ! それだけは! 兄の威厳がっ!」


「何が威厳だ。

 まあ、それはともかく」


 勇次は、再び画面上のウインドウを操作する。


「ひとまず、ここまでの情報で確実なことは。

 千葉愛美は、実戦における初の電送実装例となった。

 だが、実装そのものは失敗した。

 しかし、アンナユニットの性能のため、XENOの討伐には成功し、千葉愛美の生命も守られた」


「そういうことだな。

 見た目はこんなだけど、機能は一応発揮していたみたいだからな。

 あれだけ火の中に居たのに、火傷一つ負ってないしな」


「それだけじゃ、ない」


「は?」


「千葉愛美が実装した“アンナローグ”らしきもののスペックを算出した。

 どうなってたと思う? 凱よ」


「そ、そりゃあ、殆んど中身剥き出しなんだから、相当低くなってるんじゃないか?」


 凱と呼ばれたもう一人の男は、小首を傾げる。

 勇次は、またもため息を吐き出し、再度画面を操作した。

 何かの折れ線グラフが表示される。


「随分開きがあるな。

 この赤いグラフ、青い奴のずぅっと下じゃん。

 何だよこれ」


「我々が想定算出したアンナユニットの機動性能と、千葉愛美が実装したアンナローグの性能を比較したものだ」


「ああ、こりゃ酷いな。

 想定の十分の一以下しか出てなかったのかよ」


 呆れ声の凱を、勇次は横目で睨み付けた。


「たわけ。

 良く見ろ! 赤い方が想定値だ!」


「た、たわけって……って、今、なんつった?」


 怒り眉毛の凱は、振り上げた手を下ろし、再度画面に見入る。

 勇次の言う通り、青いグラフは赤の十倍から最大十五倍くらいの数値を示していた。


「反応速度、反射性、フォトンドライブの出力と最大出力までの時間、防御力、耐衝撃性、動作の精密性、その他ほぼ全てが基準値を大きく上回っている」


「な、なんだってぇ?!」


「これは、相模姉妹や向ヶ丘がシミュレーションで弾き出した記録の数倍……

 いや、数十倍に抜擢するかもしれんな」


 マグカップの、既に冷めきったコーヒーを流し込むと、勇次は心底苦々しい表情を浮かべた。


「ちょっと待て。

 性能が十倍増しなのはいいとして、なんで舞衣達の数十倍まで一気に上がるんだよ?」


 少し怒り気味に捲し立てる凱に、勇次は無言で人差し指を向けた。


「そこだ」


「どこだ?」


 わざとらしいボケをスルーして、勇次は更に続ける。


「あいつら、初めてシミュレーションを始めてからまともに動けるようになるまで、何日かかった?」


 その言葉に、凱は顔色を変える。


「あ……に、二週間?

 いや、三週間だったか?」


「一ヶ月と一週間だ」


「えっ、て事は」


 目を剥く凱に、勇次は鋭い眼差しで向き直る。


「そうだ。

 千葉愛美は、ほぼ実装直後に動き出し、あまつさえオークを倒している。

 おまけに、飛行能力も戦闘にナビゲーションAIまで併用して対応している。

 もはや、常識ではあり得ない適応力だ」


「何、だ、そりゃ」



 勇次は、またも画面を操作する。

 今度は、ロボットの3Dモデル映像のようなものが表示された。


「これが、本来のアンナユニットだ。

 全高3メートル12センチ、全重1,852キロ。

 パイロットによる内部搭乗操縦型の電装ユニットで――」


「わ、わかった、それはわかってるから、説明はいい!」


 画面の中では、胴体部分に人が搭乗するという形態を解説する為、フロント部が開閉する動画がリピート再生されている。


「本来であれば、実装は、パーソナルユニットを中心にインナーフレームが形成され、続けてそれを覆うようにアンナユニットが形成され、最後にアウターフレームがこれらを包み込むように形成される理屈だ」


「その説明、何度聞いてもピンと来ないんだけど。

 要は、パイロットを最初の"殻"で包んで、後からもう一回別な"殻"で包む、みたいなもんなんだよな?」


「その解釈でだいたい合っている。

 そして、両方のフレームの狭間に、様々な機器が入り込むことになる。

 問題は、このインナーフレームとアウターフレームの形成時に、トラブルが発生したらしいことだ」


「トラブル?」


「わかりやすい言い方をすれば、"バグ"だ」


「え~と、つまり、だ。

 そのインナーフレームとアウターフレームは、愛美ちゃんの外見そのまんまな形に固まっちゃった、ってことなのか?」


 凱の質問に、勇次は目を閉じて頷く。


「もはやそうとしか考えられん。

 千葉愛美は、パーソナルユニットを入手してから僅か十分前後の短時間で実装を行っている。

 しかも、ブラックボックスの自発的起動によるものだ。

 そんな短時間では、パイロットの千葉愛美の身体データ収集は不十分な筈だし、インナーフレーム形成だって満足には行えないだろう」


「本来だったら、その状態で実装を行ったら、どうなる?」


「そうだな、下手をしたら肉体一部を欠損したり、押し潰されてしまうかもな」


「おい! そんなヤバイ奴に、あの娘達を乗せるつもりなのかよ!」


 思わず、凱は勇次の胸倉を掴む。

 だが全く動じることなく、勇次は見下すような冷たい目で彼を睨み返した。


「落ち着け。何度同じ説明をさせるつもりだ?

 この場合、セキュリティが作動して実装は中断される。

 まして相模姉妹の場合、既に三年もの期間、パーソナルユニットを身に着けているからデータは充分過ぎるほどある。

 ――そうなるわけがなかろうが」


「だが、愛美ちゃんは実際、実装出来ちまったじゃねえか!」


「だから訳がわからんと言っている。

 しかも、あの性能差だ。

 すまんが、これ以上は今の俺には分析不能だ」


「うむ……」


 手を離す凱と、襟元を正す勇次。

 ふう、とまたため息を吐くと、勇次は改めて画面に見入った。



「なあ、勇次」


「なんだ?」


「舞衣や恵も、アンナユニット実装すると、こうなるのか?」


「それはないな。

 実際、彼女達は既に野外での実装テストも済ませている」


「そ、そうか」


 凱は、安堵の表情で胸を撫で下ろした。


「何を気にしている?」


「いやな、あの格好であの二人が空飛んだりするのかと思うとさ。

 そのな、育ての兄としては、さ……わかるだろ?」


「ああ……」


 呆れたため息を吐き出し、勇次は、再びマグカップを口に運ぶ。

 既に中身は空の為、思わず眉をしかめた。


「千葉愛美は、今どうしてる?」


「マンションで寝かせてる。

 酷く疲弊したみたいでな、もう丸一日以上寝てる」


「監視は?」


「今は、舞衣と恵が診ているから、大丈夫だ」


「そうか。

 あいつらはしっかりしているから、安心だな。

 ――向ヶ丘には?」


「無論伝えてる。

 まだ、何の返事もないがな」


「わかった」


 そこまで話すと、勇次は立ち上がった。

 軽く背伸びをすると、照明のスイッチを入れる。


 今まで暗闇に包まれていた、端末やモニタの向こう側。

 その空間が光に照らされ、五体の、大きなロボットのような機械が浮かび上がった。


 赤、青、緑、黄、そして――黒。


 五色の機体は、それぞれデッキの上に載せられ、微動だにせずにただ虚空を見つめている。

 二人は、それを手すり越しに眺めた。


「あの黒いのが、あんなになっちゃったのか?」


「そうだ。

 ANX-06R アンナローグ……これが、あんなになったんだ」


「信じられねぇな、こうして現物を見ると」


「ああ。

 だがそれは、“SAVE.”の誰もがずっと思ってきたことだ」


「こんなもんが、五体も必要なのか、ってのもな」


「ああ、その通りだ。

 仙川は、何を考えてこんなものを作ろうとしたのか。

 俺達には全く理解が及ばん」


「だな。

 その真意も――もう、永久に聞けないしな」


「ああ……」


 舌打ちをしながらも、勇次は、何処か悲しそうな目をする。


 それを横目で見て、凱は再びサングラスを取り出し、目元を隠した。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る