29 決断

 ミューズ国の城にある会議室で、僕とアイリは丞相のアムザドさんに魔王討伐までの道のりを事細かに話していた。

 音声は魔道具によって記録しているが、アムザドさんはそれとは別に、何事かを紙にペンで書き付けていた。

 ダルブッカが魔王討伐に同行したくだりでは、三回くらい「今のもう一度お願いします」と聞き返された。

「豪胆な人物であるとは伺っておりましたが……まさか本当に魔王討伐に参加するとは……。それで、フォーマ国王は魔王とどのように戦ったのですか?」

「直接、攻撃などはしていません。僕も含めて仲間は全員、魔王の幻術にとらわれて……」

 詳しく、ギロの事情以外は正直に話すということは、僕がほぼひとりで魔王を倒したことも話すわけで。

「なるほど。今回もラウト様が」

「ええ、まあ。でも旅の途中で仲間には幾度も支えられました」

 道中、シェケレが率先して僕の世話を焼いてくれたことや、魔物を倒すうちにレベルが上がり、戦闘面でもとても助かったことは、外せない要素だ。


 一通り話し終え、アムザドさんからいくつか質問をされて返答した後、シェケレの話になった。


「ラウト様が船を魔法で高速移動させてテアト大陸へ先回りできたから、魔王討伐に支障は出なかったというのは、結果論です。それでシェケレの罪が軽くなるわけではありません」

 やはり勇者というのは、今現在世界で王族に次いで高位の称号だそうだ。

 王族を詐称することは極刑に値する行為である。

 膝の上の拳にアイリの手がそっと触れる。無意識にのうちに強く握りしめていたそれの、力を抜いた。

「――シェケレは六十日間投獄の後、死罪が妥当な罰です。が、しかし……」

 アムザドさんは僕の顔を見て、ゆるく笑みを浮かべた。

「このたび、勇者が三体目の魔王を討伐しましたので、世界中で罪人への恩赦が与えられることになりました」

 勇者が魔王を討伐したので、罪人に恩赦が与えられる。

 僕が関わっている話のはずなのに、どこか遠いところで起きた出来事のように聞こえた。

「しかしまあ、勇者詐称に対して無罪放免などしていたら、勇者の地位が舐められてしまいますので」


 シェケレは労働奴隷に落とされることになった。無期限だが、他の無期限労働奴隷と同じように、働き次第では早期出獄も可能だそうだ。


「わかりました」

 今のシェケレなら、そうかからず出てこられるだろう。


 ちなみにアイリを騙った、確かチャスという名の女性は、シェケレが「俺が無理やり巻き込んだ」と証言したこともあり、修道院行きで済んだらしい。ただしこちらには恩赦は与えられない。



「良かったわね、って言っていいのかしら」

 会議室を出た後、アイリが小声で呟いた。

「いいんじゃないかな」

 どうあがいても極刑だろうと覚悟していたから、僕は安堵しすぎて、少々気が抜けていた。

 会議室を出たところですぐに転移魔法を使えばよかったのに。


 このお城に問題児がいることをすっかり忘れていた。


 廊下の曲がり角の向こうから、ドドドド……と地鳴りのような音が聞こえてくる。

 僕はアイリを後ろに庇い、突進してきた薄紫色のフリフリレースドレスの令嬢を抱きとめ……たくなかったので避けた。

「ぎゃんっ!?」

 お城の壁に激突して仰向けに倒れ目を回している令嬢は、多分スリン第二王女だ。前に見たときより一回りふくよかになっておられる気がする。

「え、何、何?」

 アイリが令嬢と僕を交互に見ながら混乱している。そりゃそうだ。お城の中でドレス着た令嬢が爆走し自ら壁に体当たりして気絶したのだから、驚くのも無理はない。

「と、とりあえず回復魔法を……」

「待ってアイリ。手を触れないで」

 僕は出てきたばかりの会議室へ引き返し、アムザドさんに声を掛けて出てきてもらった。

 ありのままの現状を見せると、アムザドさんは「あー」と唸って顔を片手で覆った。

「申し訳ありません。今日ラウト様がいらっしゃることを知っている人間は限られているはずなのですが……」

 アムザドさんが手を叩くと、兵士さんや侍女さんが集まってきた。

「第二王女をお部屋へ運んで差し上げてくれ。それに、君は医者の手配を」

「はっ!」

 威勢よく返事をした兵士さんが二人がかりで第二王女を担架に乗せて、運び去った。集まった侍女さん達のうち医者の手配を頼まれた侍女さんだけ別方向へ小走りに向かい、残りは兵士さん達についていった。

「あの、私、回復魔法使えますが」

 アイリの申し出に、アムザドさんは「存じ上げております。有り難いお言葉ですが」と前置きしてから、アイリをやんわり止めた。

あれ・・には勇者様たちをなるべく関わらせるな、との王命がありますので」

 アムザドさん、王女を「あれ」呼ばわりしちゃったよ。

 アイリもそれに気づき「そうですか」と納得して引き下がった。

「僕たちは転移魔法で帰りますね」

「それが宜しいでしょう。お疲れ様でした」

「はい。失礼します」




 ようやく、久しぶりの我が家だ。

 中に入ると、ギロとサラミヤが執事姿と侍女姿で「おかえりなさいませ」と出迎えてくれた。シルバーもサラミヤの足元に行儀よく座っている。

「ただいま。サラミヤ、ギロが帰ってくるまでの間、なにもなかった?」

「はい、ちゃんと留守番できました!」

 サラミヤからは甘くていい匂いがする。直前まで夕食のデザートを作っていたのだろう。

「お食事はすぐにご用意出来ますが、どうされますか?」

「食べたい」「食べたい」

 僕とアイリが食い気味に返答すると、一瞬間を置いてから、皆笑った。



 ギロとサラミヤの美味しい夕食を頂いた後、僕の書斎でギロにはシェケレの顛末を話しておいた。

「そうなりましたか。私はてっきり……」

「てっきり?」

 ギロは少し言葉に詰まってから思い切ったように口を開いた。

「ラウト様が減刑を嘆願するものかと」

「それは何度も考えたよ」

 シェケレは最初にやったことこそ最悪だったが、その後僕の旅に同行して勇者が何をする存在なのか嫌というほど見せつけられ、自分から理解し反省もした。

 でも、勇者を騙った人間を勇者が減刑させていたら、第二第三のシェケレが現れ、シェケレより酷いことをするかもしれない。

 だから僕は、減刑嘆願をギリギリまで自制した。

 結果的に恩赦を与えられて無期限労働奴隷に減刑されたが、恩赦がなければ僕が提案するつもりだった。

 それに……。

「本人が、どんな罰でも受け入れるって、覚悟決めてたんだ。それに水を差したくなかった」

「はい」


 ところで今いる部屋は、先程も言った通り「ラウトの書斎」である。

 今回の魔王討伐の旅に出る前は存在しなかった部屋だ。

 図書室の隣には小さめの部屋があったのだが、そこへ重厚感のある机と座り心地の良い椅子、ローテーブルを囲むソファや書棚といった家具が運び込まれ、読書や書き物、少人数でちょっとした話をするのに最適な空間ができあがっていたのだ。

 そして何故か、僕専用の書斎ということになっていた。

「自分の部屋がもうあるんだけどなぁ」

 シェケレの話に区切りがついたところで、お茶を口元へ運びながら思わずこぼす。

「屋敷の主人ですから、書斎くらいはお持ちでないと……と、サラミヤが」

 サラミヤの提案だったのか。

「僕の父親は書斎なんて持ってなかったよ」

 家には僕を含めて五人家族に、執事と侍女が一人ずつの七人全員に個室はあったが、父専用の書斎というものはなかった。


「他には、庭に面した部屋のひとつを女主人専用のサロンにしようと……」

 僕は口に含んでいたお茶をブッと吹き出した。


「大丈夫ですか?」

 ギロが布巾を持って立ち上がる。僕は手持ちの布巾で口周りを拭き、こんなことで呼び出して申し訳ないが、ウンディーヌにお茶が飛び散ったところを洗浄してもらった。

「大丈夫。……いや、女主人て、えっ?」

 貴族の屋敷における、主人に対しての女主人。

 つまり主人と女主人は夫婦であるわけで。

「この家の女主人って……」

「アイリ様のことですね」

 いやいやいやいや!? 僕とアイリはまだそういう関係じゃないよ!?

 自分で言っといて何だけど「まだ」ってなんだよ!?

「ラウト様、落ち着いてください。サラミヤは『この家の持ち主』という意味で言ったのかと思われます」

「あ、ああ、そ、そっか、そうだよね、あはは」

 お茶をちゃんと飲んで心を落ち着けようと、震える指先を叱咤してカップを口に運んだが、もうお茶は残っていなかった。

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