28 宴だ宴だ

 フォーマ国の城門前へ戻ると、早速夜勤の門番さんたちが駆け寄ってきた。

「陛下! どうなされました?」

「魔王を討伐してきたぞ。ラウトがな」

 ダルブッカが応えると、門番さんたちの間にざわめきが起こった。

「え、だって今日の昼すぎに出ていって……」

「いくらなんでも早すぎない?」

「本当ですか」「おい、不敬だぞ」

「大臣たちなんか『久しぶりにぐっすり眠れる』って」

「しっ! お前それも言っちゃ駄目なやつ!」

 大きめのヒソヒソ声はダルブッカにも聞こえていたはずだが、ダルブッカは何事もなかったかのように手を振った。

「ラウト達は疲れている。ラウト達を貴賓室まで案内せよ」

「は、はいっ!」


 案内係の後をついていこうとしたら、ギロが待ったを掛けた。

「サラミヤが心配です。私だけ家に戻していただけませんか」

 ギロはあれから、魔族の衝動に苛まれることはなかった。念のために気配察知や鑑定スキルでギロを確認するが、不穏な兆候は見られない。

「それもそうだね。じゃあ頼むよ」

「何だ、ギロは帰ってしまうのか」

「はい。屋敷の留守番を子供と犬に任せているので」

「なんと、それは心配だろう。お主への報酬はラウトに託けておく」

「私に報酬は不要で……」

「道中お主が倒した魔物は難易度S以上や魔族が多かったな」

「……はい、よろしくお願いします」

 ギロが笑顔のダルブッカの圧に負けて、報酬の受け取りを承諾した。

「では、ラウト様、お願いします」

「う、うん。じゃあ改めて、サラミヤとシルバーをよろしく」

 ギロは苦笑いを浮かべたまま、僕が掛けた転移魔法で消えていった。



 貴賓室へ入ると侍女さん達が待ち構えていた。貴賓室でこうなっているということは、翌日に疲れを残さないよう、入浴からエステまで侍女さん達が自動的に隅々まで磨き上げてくれるやつだ。

 明日は間違いなくダルブッカはじめフォーマ国の重鎮の方々の前で式典があるから、その下準備だろう。

 僕とアイリは何度か経験しているが、シェケレは大丈夫だったっけ?

 ……ああ、「ちょっ、まっ! 待て、頼む!」「ひとりで入れる!」「キャー!」なんて悲痛な叫びが聞こえる。

 頑張れ。




「勇者ラウトによる魔王討伐を、この国王である私がしかと見届けてきた!」

 ダルブッカが国王なだけあって、式典は簡素に、そして豪快に行われた。

 僕とシェケレの式典の盛装は、騎士団長の盛装を少し飾り付けたようなもので、他の国の貴族の服より動きやすい。アイリはドレス姿だが、コルセットをそんなにきつく締められなかったと嬉しそうに話していた。

 魔王討伐の報酬や褒美を頂き、式典はあっさりと終わったが、その後の宴は三日三晩続いた。

 と言っても、ずっと飲んでいたのはダルブッカだけだったが。

 僕たちは適度に食事や、たまにお酒を頂き、あとはゆっくり過ごすことができた。



 宴がはじまって二日目の夜、ダルブッカに「お主なかなかいける口ではないか」と絡まれ、散々酒を飲まされていたシェケレは「便所」と言ってふらりと宴会場と化した食堂から出ていった。

 それからしばらくして、手にお茶とクッキーの乗った皿を持ったアイリが僕の隣りに座ってあたりを見回した。

「あら、シェケレは?」

「そういえばまだ戻ってこないね」

 シェケレは酒に強い部類に入ると思う。ちなみに僕はそこそこ、アイリはあまり強くない。

 つい先程、シェケレはダルブッカの煽りに乗ったふりをして、樽ごと飲んでいた。

「気配が一箇所にとどまってる。様子見てくるよ」

「ええ」


 気配察知をした時に、シェケレの体調はそんなに悪くないことには気付いていた。

 だから、バルコニーで黄昏れているシェケレに何の遠慮もなく近づいた。

「宴はどうした。主役が抜けちゃ駄目だろ」

 シェケレの気配察知は今回の旅でかなり磨かれた。僕の気配をいち早く察知し、こちらを向かずに声を掛けてきた。

「もう殆ど酔いつぶれちゃってるよ」

 事実だった。元気なのはダルブッカと、口をつける程度しか飲んでいないアイリ、それとお酒を飲むわけにいかない夜勤のひとたちくらいだ。

「聞かねぇのか」

「何を?」

 シェケレはバルコニーの手すりに背中を預けてこちらを向いた。

「魔王討伐を間近で見た感想とか」

「聞いてほしいの?」

「ああ……そうだな」

 僕はシェケレの隣へ移動し、手すりに手をかけた。

「どうだった?」

 敢えて魔王や魔物のこと、勇者のことや旅のことなど、細かい部分は指定しなかった。

 シェケレはしばらく黙り込んでから、話しだした。


「俺は不幸な人間だと思ってたよ。親がいなくなって親の自称仲間に全部もっていかれて、冒険者になるしかなくなって。いくら頑張っても、間が悪かったり相手が悪かったりで、俺は何も手に入れられなかった。ま、冒険者やってる間の報酬はそこそこあったけどな」

 僕は相槌を打つわけでも、続きを促すでもなく、ただ聞いている。

「冒険者資格を剥奪される少し前から、しばらく何人かの女の間を転々と渡り歩いて世話になってた。……ははっ、今の今まで、チャスのこと忘れてたよ。あいつ、どうなったんだ?」

 チャスはアイリを騙っていた女性だ。シェケレに唆されたとは言え反省の色が伺えなかったため、今はミューズ国の牢屋の中でシェケレの沙汰待ちだ。

「そうか。俺があいつに……ま、今は何言っても変わんねぇか」

 シェケレはばつが悪そうに頬を指で掻いた。

「あとはまあ、お前もよく知ってるとおりだ。勇者騙ってバレて、魔王討伐に付き合わされた。俺は元から魔物なんてろくでもねぇもんだと、恨みつらみは人一倍持ってるつもりだった」

 自虐の笑みを浮かべたシェケレが、僕を見た。

 初めて会った時には濁り淀んでいた瞳が今は澄み切っていて、純粋で真面目そうな青年がいた。

「俺の持つ恨みつらみなんて可愛いもんだって、よくわかった。魔物や魔族の醜悪さは想像以上だった。それに立ち向かうお前の強さや冷酷さにも驚いた。魔王の……とんでもねぇ恐ろしさも、身に沁みた」

 冷酷と言われて、僕は苦笑いを浮かべる。

 どうしても許せない魔物に出会うと、僕はそいつをなるべく長く苦しめたくなる。自覚しているが、そういう場面では大抵頭に血が上っているので、冷静になれない。

 僕の内心に気づかないシェケレは、話を続けた。

「お前以外の奴が勇者をやろうとしたら、魔王討伐が遅れて、被害が大きくなる。俺はあろうことか勇者を騙って、お前の足を引っ張っちまった。減刑は何も望まない。俺は裁かれるまま、罪を償う」

 話は終わったとばかりに、シェケレはバルコニーから城の中へ向かって歩き出した。

「僕は魔王討伐の旅で起きた出来事を全て、報告する義務がある」

 シェケレが僕の横を通り過ぎる時に言うと、シェケレは足を止めた。

「全部だ。シェケレがいて、何をしたか、何を見たかも全部」

 たとえ本人が望まなくても、僕は僕で、やるべきことをやるだけだ。

「……ああ」

 シェケレは短く返事して、自分に与えられている部屋へ戻っていった。




 三日三晩続いた宴の翌日、僕とアイリとシェケレはミューズ国へ帰ることにした。

 見送ってくれたのは宿酔いの宰相や大臣たちや兵士の皆様と、一番飲んでいたのに元気なダルブッカだ。

「では七日後に待っておるでな」

「はい。ではまた」

 ダルブッカは僕に剣を教えてほしいと頼んだことを忘れていなかった。

 魔王のいなくなった今、魔物の勢いも衰えたとのことで、これからダルブッカは溜まりに溜まった本来の王様の仕事を片付けなければいけない。というか、宰相や大臣にめちゃくちゃ詰め寄られていた。

 というわけで、次に予定の空く七日後に一旦約束を取り付け、その後はダルブッカの状況次第で時折ここへ訪れることになった。

 見送ってくれている人たちに何度も「ありがとう」「陛下の稽古以外でもまた来てください」と言われながら、転移魔法を使った。




 我が家へ直行したかったが、まずはミューズ国へ立ち寄る。

 そこでシェケレはミューズ国の兵士に引き渡された。

 シェケレに渡した装備や旅の荷物、それと念のために着けていた行動制限の首輪は既に僕の手元に戻ってきている。

 仕方のないこととはいえ、共に旅した仲間が目の前で手に枷を着けられるのは、落ち着かない気分になる。

 兵士に連れられたシェケレは僕の横を通り過ぎていく時に、ニッと口角を上げて囁いた。

「示しがつかねぇぞ、勇者様」

 僕は両手で顔をごしごしと擦り、なるべく真面目な顔を作った。

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