7 連鎖

 実家で一晩過ごし、引き止める父たちを「重要な用事があるから」と説得して諦めてもらい、オルガノの町に帰ってきた。


 五日後、魔王討伐の準備に勤しんでいるところへ手紙がやってきて、クレイドの顛末を知った。

 クレイドの罪状は多岐に渡る。

 まず一つ目は、オルガノの冒険者ギルドから通達されていた「冒険者の魔神教入信者不可」を破ったことだ。

 クレイドは「正式に入信したのはストリング村に着いてから」等と嘘を吐いたが、通じなかった。

 魔神教信者が各地で似たようなことをやらかした結果、入信者不可は、全ての冒険者ギルドで適用されていた。

 何よりも入信の時期がオルガノ町かストリング村の違いだけで、魔神教に入信したことには変わりない。

 これにより、クレイドから冒険者資格が剥奪された。

 次に、ストリング村の集会所という公共施設を私物化しようとしたこと。

 その公共施設を損壊し、村人を脅して傷つけたこと。

 村の集会所は宿に困っている人に対する仮宿だというのに、実家のある自身に加え、余所者を引き入れて無断かつ違反使用したこと。


 更に……最後に書かれていた件に関して僕は物申したい。

「勇者を怒らせた罪」

 って、何だよ。


 リビングのテーブルで、父からの手紙を前にして頭を抱えていた――最近よく頭を抱えている気がする――僕の肩を、アイリが叩いた。

「どうしたの、ラウト」

「ちょっとこれ見て。クレイドのことが書いてある」

 手紙をアイリに渡すと、アイリはふむふむと読み進め、最後に僕に手紙を戻した。

「特におかしなことは書いてないわね。もしかして、罰が軽すぎるとか?」

 クレイドはセルパン、ツインクに続いて労働奴隷行きが決まっている。一つ一つは小さな事柄だが、一度に重ねたため年単位で帰ってこれないと書いてあった。

 罰の軽重は何が妥当なのか、僕には判断できない。

「違う。罪状の最後の……」

「『勇者を怒らせた罪』のこと? 当然じゃない」

「なんで!? 勇者って何なの!?」

 僕は勇者の称号を取っ払ったら、ただの冒険者だ。

 一個人を怒らせたことは、先の罪状に並べられるようなことか?

「だって、勇者の機嫌を損ねたら魔王を倒してもらえないかもしれない」

「僕はそこまで器ちっちゃくないと自負してる」

「ラウトがそうでも、周囲がそう考えていないのよ」

 僕は言葉に詰まった。

 他人から見た僕、他人から見た勇者。そういう視点はなかった。

「それに、しっかり怒ってたじゃない。気持ちはわかるけど」

「あんなこと言われたら冒険者なら誰でも……じゃなくて、これはちょっとやりすぎだよ」

 手元に戻ってきた手紙に視線を落とす。

 手紙の、クレイドに関する文章の最後は「クレイドは虚偽と黙秘を使い分けて本当のことをなかなか話さなかった。もしここに書いた以外のことを知っていたら、是非教えて欲しい」と締めくくられていた。

 セルパンのパーティを追放されてからのクレイドのことは、全く知らない。冒険者繋がりでも話題に上らなかったということは、特に当たり障りのない冒険者活動をしていたか、クエストを請けていなかったのだろう。

 更に、僕はセルパン達のその後を知ろうともしなかった。追放された時点で過去はすっぱり忘れて前を向こうと決めたし、アイリがついてきてくれたお陰で未練を微塵も感じなかった。


「でもなぁ、もう時間もないし」

 怒らせた罪とやらについて色々と物申したいのは山々だが、次の魔王討伐へ向かう日が迫っていた。

 ミューズ国や冒険者ギルドが頑張ってくれたおかげで、二十日と言われていた準備期間が三日ほど縮まったのだ。


 次に向かうのはテアト大陸。今いるエート大陸の真北にある、六大陸の中で一番小さな大陸だ。

 中心国であるフォーマ国は人口密度が世界一高かった。

 過去形なのは、魔王降臨以降魔物が異常発生し、人口の三割を失い、今も断続的に人里が襲われ続けているからだ。

 小さな大陸なのが災いしたのか、テアト大陸に降臨した魔王自体の問題なのかは不明。そこを調べるのも勇者の仕事だ。


 今回、ギロには留守番してもらう。もし必要になったら、向こうに着いてから僕が転移魔法で連れてくることになった。

「便利屋みたいな扱いで申し訳ない」

「何をおっしゃいます。ラウト様の御役に立てるのなら、便利屋、上等です」

 ギロに謝ると、ギロは笑顔で言い切った。

 なるべく早く魔王や周辺の強い魔物を退治してしまえばギロに頼らずとも済む。

 頑張ろう、と気合を入れた。



 手紙を読んだ二日後の今日、僕とアイリは港町へ向かって出発した。

 エート大陸最北端にある北港町へは馬で五日かかる。

 シルフとドモヴォーイがいてくれたら、助力と魔法を駆使して移動時間の短縮もできたのだが、精霊は未だに帰ってこない。

 だけど不思議なほど、不安はなかった。

 いなくなったことに気付いてすぐは、いないことを忘れて呼ぼうとする度に「そうだった」と落ち込んだりもした。

 ミューズ国で司書長ことおばあちゃんに本を見せてもらい、あの光景を見てからは、随分落ち着いた。

「魔法だけだから、何かあったらすぐ言って」

 アイリに伝えてから、馬たちにも魔法を使い、五日の距離を半日に縮めた。



「いつもより早かったわね」

「うん。なんだか調子が良くて」

 北港町に入ると、すぐにミューズ国から派遣された騎士さん達に案内されることになっている。

 ところが、指定の待合場所でいくら待っても騎士さんたちは姿を見せなかった。

「場所を間違えたってことはない?」

「いや、ここで合ってるはず。早すぎたかなぁ」

 日が暮れるまで待ってみたが、何の連絡もない。

 仕方がないので冒険者ギルド経由でこちらから連絡を入れることにした。



「勇者様でしたら、既に船で出発されましたが……」

 ギルドの受付さんに怪訝そうに見られながら、こう言われてしまった。

「えっと……僕以外にも勇者認定された人がいるのですか?」

「失礼ですが、貴方のお名前は『ラウト』でお間違いないですね?」

「はい」

「少々お待ちください」

 僕は何も嘘を吐いていないので、受付さんに対して堂々と、しかし内心はヒヤヒヤしながら受け答えした。

「どういうことかしら」

 一時代に魔王が四体もいるのだから、勇者が複数人いたっておかしくない。

「他に勇者がいるなら教えてもらえると思い込んでた」

「ラウトと同じくらい強い人なんていないでしょう」

「それもどうかな」

 アイリと小声で話し合うこと暫し。受付さんが慌てた様子で戻ってきた。

「大変失礼しました、勇者ラウト様。お話がありますので、こちらへ。ミューズ国へも至急連絡を取っております」


 通されたのは、北港町冒険者ギルドの監査役室だ。監査役は立ち上がったまま僕を待っていた。

「容姿は……ふむ。ラウト殿、『精霊は何体?』」

 監査役は僕に挑むように、謎掛けじみたことを問いかけてきた。

「八です」

 僕の魂に住んでいた精霊の数なら、ユジカル国王に話したことがある。

「! これは、どうしたものか……いやすまない。そこへ掛けてくれ。事情を説明しよう」


 端的に言ってしまうと、僕を騙る何者かが、僕を乗せるはずだった船に乗って行ったということだった。

「黒髪に紫水晶の瞳、背は高く、銀髪の女回復魔法使いを連れているところまで同じだったのだ。しかし確認を怠ったのはこちらの責任。いかなる償いでもする。何なりと申し付けてくれ」

 見た目の情報は、僕が頼み込んで出来る限り制限させてもらっている。

 その中で、監査役が言った通りの人物が現れたのなら、間違えるのも無理はない。

 問題は、そいつが自分を「勇者だ」と騙ったところだ。

「名前は……その人たちもラウトと言ったのですね」

「ああ。女性の方はアイリと」

「困りましたね。彼らは魔王を倒せそうでしたか?」

 僕の懸念はそこだ。僕の名前を騙られるのは迷惑だが、最終的に魔王を倒してくれるのなら、まだいい。

 残念なことに、監査役は首を横に振った。

「普段は本当の力を隠している、今この場で見せる訳にはいかない等と言っていたが、今思えばあれは嘘だな」

 監査役は僕の目をじっと見つめた。

「本物のラウト殿は桁違いだ。こうしていても、相当な腕前だとわかる。あやつらは魔王どころか、難易度Aの魔物すら倒せないだろう」


 偽者を見分けられなかった件で監査役たちを責めるつもりはなかった。それよりも次の船を早めに手配してほしいとお願いした。

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