6 激怒
オルガノの町から馬でストリング村へ行くのでは、往復だけで十日近くかかってしまう。
そんな時間はないので、僕はアイリを伴って転移魔法でストリング村へ飛んだ。
「ラウトです。戻りました」
実家へ帰ると、家族が出迎えてくれた。
「ラウト!? 早馬で手紙を出したのは四日前だぞ、近くに居たのか?」
皆、僕を幽霊でも見たかのような反応だ。……いま幽霊の話はしたくない。
「いいえ、転移魔法を使いました」
「転移魔法!?」
積もる話はあるが、今は時間が惜しい。説明もそこそこに、早速魔神教の拠点とやらの話を聞かせてもらった。
案の定と言うか、予想通りというか。クレイドが村に帰ってきていた。
クレイドの実家は、この村にはよくある野菜農家だ。健在のはずのご両親のもとへ帰らず、元村長宅の集会所に寝泊まりしているという。
はじめのうち、冒険者になると言って出ていった手前、家に帰りづらいのだろうと村の人達や現村長である父は集会所宿泊を見逃した。
二日、三日と経つうちにおかしいと思い始めるも、クレイドはいつのまにか魔神教の信者数人を村に呼び寄せ、集会所を一時的な拠点にしている冒険者たちに布教活動をはじめた。
やめさせようとすると、あろうことかクレイドは攻撃魔法を手に溜めて脅してくる。
一度は実際に放ち、集会所の一部を損壊させ、怪我人まで出た。
困り果てた父が冒険者ギルドに相談すると、冒険者ギルドは「勇者様のお力を借りられませんか」と進言したそうだ。
「冒険者の相手は魔物だもんなぁ。僕も冒険者なんだけど」
ストリング村の冒険者ギルドは正式稼働したばかりで、冒険者の数が少ない。物理的な力で相手をねじ伏せられる人材は軒並み、魔物討伐に勤しんでいる。人間相手の事柄に構ってはいられないのはわかる。
しかしどうして僕なんだ。
「同じパーティにいた人間の言う事なら聞くのではないかと言われてな。セルパンとツインクの件の実績を買われたと思ってくれ」
正直面倒くさいという気持ちと、こうなったら二人も三人も同じだという投げやりな気持ちがせめぎ合った。
「おじさま、怪我人はどちらに?」
「ああ、皆軽傷だからアイリちゃんが心配することはないよ」
軽傷で済んでいたと聞いて、僕もひとつ安心した。
怪我人を出したのは既に罪に数えられるが。
「とりあえずクレイドを捕らえてきます。集会所にいるのですね」
「そのはずだ。すまないが、頼む」
村の集会所の外観はそのままだったが、入ってすぐ異様さに気付いた。
「何この臭い……うええ」
建物中に籠もった酷い悪臭に、アイリが吐きそうになっている。
「大丈夫? ノーム……もいないんだった。えっと、風魔法で空気を循環させられないかな」
ノームに吐き気止めの薬草かミントあたりを貰いたかったが、未だに精霊は戻ってきていない。
薬草を生やす魔法は使える気がしなかったので、せめて空気の入れ替えだけでも、と風魔法を発動させた。
「……ちょっとましになったわ。ありがとう、ラウト。ラウトは平気?」
「なんとか」
僕自身にも風魔法を使い、悪臭は殆ど去った。
集会所といっても、元は一軒の民家だ。そんなに広くない。
扉を二つ開けると、そこには異様な光景が広がっていた。
魔物を殺すと、魔物は核を遺して何もかも消え去る。
傷つければ血や体液が飛び散り、砕けた体の一部が転がることもあるが、魔物が命尽きればそれらもすべて消える。
だから、十人は横になれる大部屋の床や壁、天井にまでこびりついている血痕は、魔物以外の何かのものだ。
「……っ!」
僕の背後でアイリが絶句した。
村では畜産をする人や森で獣を獲ってくる人もいて、動物の解体は幼少期の頃から生活の一部として目にしている。
それに、消えてしまうとは言え常日頃から魔物を倒しているのだ。生き物の惨殺死体くらいで、いまさら驚かない。
ただ、そこにあった山羊の死体は、食べるためでも、素材を取るためでもなく、ただ只管「無惨な状態」にするためだけに、切り裂かれていた。
千切れた頭は複数あった。数えるのが怖い。
「あれっ、ラウトじゃん! どうしたの? 俺のこと探しに来てくれたの?」
部屋の隅に黒フードの連中が四人居たのは知っていたが、こちらを警戒するばかりで動かなかったので、あえて無視していた。
そのうちのひとりがクレイドだというのも気付いていた。
場にそぐわない明るい声で何か話しながら、クレイドが近づいてくる。
「これ、お前たちがやったのか?」
僕が質問をすると、クレイドはぴたりと足を止めた。
「そうだよ。魔物を召喚するための儀式をね。人間が召喚し使役する魔物なら、共存できるかもしれないから、実験だよ」
僕は右手を山羊の死体に向けると、炎の魔法を放った。炎は山羊の死体だけを消し炭にして、何事もなかったかのように消えた。
「ラウト、お前、魔法使えたのか」
「お前を捕らえに来たよ、クレイド。あと、そっちの人たちも」
今度は右足を踏み鳴らす。床の下にある地面から蔦が伸びて、黒フードの人たちとクレイドを縛り上げた。
床板を壊してしまったが、これは後から弁償しよう。
「無詠唱で、お前……もがっ」
黒フードたちは大人しくなったり、暴れて拘束から抜けようと試みているが、クレイドだけは平常運転に見える。
尚も何か話そうとするクレイドの口に蔦を詰め込んだ。
蔦で縛り付けたままの黒フードとクレイドを引き摺って、集会所の外へ出た。
そのまま村の中心にある広場へ連れていき、時折現れる他所からの盗人を晒し者にするための柱に、蔦を繋いだ。
更に念のため、逃さないように結界を張ってから、アイリに僕の父たちを呼んでくるよう頼んだ。
口を塞がれたクレイドは、どうしても喋りたいらしく、ずっとうーうーモゴモゴ言っている。
「五月蝿いなぁ。何?」
口の蔦を取り除いてやった。一通り話せば大人しくなると考えたのだ。
「魔物と共存できるなら素晴らしいことじゃないか。もう魔物に怯えず暮らせるんだぞ? 知能は人間に劣るが力は牛や馬とは比べ物にならないほど強いから、飼いならせば新たな労働力になって人間は楽できるかもしれない。魔法を使える奴なら更に便利な世の中になる。どうして解ってくれないんだよ?」
やっぱり喋らすのではなかったなぁと後悔したが、これだけでは済まなかった。
「魔物の王たる魔王様だって人との共存を望んでいるかもしれない。人間が一方的に勇者なんてものを崇めて討伐するなんて野蛮なことだと思わないか? 一度話を……」
クレイドはそれ以上喋れなかった。
僕が、クレイドの前の地面を、思い切り蹴りつけたからだ。
蹴りつけた場所は轟音とともに、人が五人はすっぽり入ってしまうほどの穴が開いた。
「魔王と話ならしてきたよ。あいつらは、魔物ですら自分の仲間とも思っていない。人間を、他の生物を滅ぼすことだけが目的なんだ」
僕が勇者だと知られてしまっただろうが「魔王と話せば分かる」などと言われては黙っていられなかった。
「お前は冒険者だったくせに、今まで何を見てきたんだ? ああ、いつも遠距離から魔法を撃って、魔物が消えるところを見てなかったか。それに大抵僕を前に押しやって、盾代わりにしてたもんな」
びしびし、めき、と周囲から不穏な音がする。
頭に血が上って、力の制御が緩んでしまい、集会所や周辺の建物に影響が出始めていた。
僕は土魔法を使って地面を元通りにすると、クレイド達から少し距離を取った。クレイドの口にはもう一度蔦を詰めておいた。
「すっかりラウトに頼ってしまったな。助かった」
「いえ」
我を忘れかけたことが恥ずかしくて、父の御礼の言葉を素直に受け取れなかった。
後のことは父達に任せ、アイリを呼んだ。
「皆を連れてきてくれてありがとう。さっさと帰ろうか」
「でも、もう夜よ。一晩くらい実家で過ごしましょ」
「アイリがそうしたいなら、僕一人で戻るよ。明日の朝、迎えに来る」
「ラウト」
アイリが背後から、僕に抱きついた。
「!?」
「ちょっと話聞こえてた。ラウトが怒るのも無理ないわ」
「……」
「ラウトのご実家のことだから、きっとラウトの好物を用意して待ってるわ。一度、帰ってあげて」
「……うん」
アイリの言う通り、実家へ帰ると夕食には僕の好物ばかりが並んでいた。
ギロの料理は美味しいが、実家の料理はまた別物だ。
兄たちや妹と語らい、自室で横になる頃には、頭はだいぶ冷えていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます