27 精霊会
帰宅の翌日、僕が目を覚ますと昼を過ぎていた。
「ラウト、おはよう。やっぱり疲れてたのね」
キッチンでお菓子作りに励んでいたアイリはクッキー生地をこねる手を止め、手を布巾で拭いながら、僕に近づく。
アイリが僕の首元に手を掛けるので頭を下げたら、僕の額にアイリの額がくっついた。
「うん、熱はないわね。まだ眠いなら寝ててもいいわよ」
「……いや、もう眠くない」
顔近い! アイリ顔ちっちゃい! 何かいい匂いと甘い匂いがする!
「ラウトにお茶を淹れてくるわ。クッキーの続き頼んでいい?」
僕の内心の混乱をよそに、アイリはキッチンにいる他の二人に声を掛けた。他の二人というのは勿論、ギロとサラミヤだ。二人は別のお菓子を作っていた手を止めて、無言でニコニコしながら僕とアイリを見ている。
「お任せください」
ギロとサラミヤが声を揃えた。
僕はアイリに背中を押されてキッチンから出され、部屋に戻るよう指示された。大人しく従った。
なんだか思考がまとまらない。
先程のアイリの行動も、普段の僕ならもっと混乱していたはずだ。
自室で身体を軽くうごかしてみるが、手足が重くて鈍い。
頭を捻っていると、アイリがやってきた。
「お茶とサンドイッチよ。お腹は空いてる?」
「うん」
僕がテーブル前の椅子に座ると、アイリはお茶やサンドイッチを並べ、向かいの椅子に座った。
それを黙々と食べる。二つ目のサンドイッチを一口囓ったところで、アイリが話しだした。
「ギロが言ってたの。ラウト、力の流れが乱れてるって」
ギロ、そんなことまでわかるのか。凄いな。
「しばらくゆっくりしようね。ラウト、勇者じゃなくてもずっと頑張ってきたのだし」
僕は最後のサンドイッチを飲み下した。
「ずっとじゃないよ。ちょくちょく休息を」
「あのねラウト。休息っていうのは、
「……ええー」
ギロが来てから家事や雑用は任せてきたが、鍛錬は魔王討伐後に丸一日眠っていた時のようなどうしようもない場合以外、一日たりとも欠かしたことがない。
むしろ体を動かさない方が調子が悪い。
「丸一日眠った後、身体は鈍っていたかしら?」
そのときのことを思い出そうとしたが、よく思い出せない。多分、特に問題なく過ごせていたのだろう。
「なんともなかった」
「でしょう?」
「でもせめて、力の流れを整えるのだけはやらせて。今のままだと気持ち悪くて落ち着かない」
「それってどうやるの?」
「瞑想かな」
「じっとしてるのね? それなら、いいかしら」
アイリは暫し思案した後、許可をくれた。
「でも今日は家を出ちゃ駄目よ」
「わかった」
部屋にひとりにしてもらい、ベッドの上で胡座をかいた。
目を閉じて、深呼吸する。ぐるぐると渦巻いていた力を、あちこち引っ張って
身体の端、手足から順に、体の中心まで整えた頃、僕は全身に汗をかいていた。
体力の消耗や疲労ではなく、身体が温まったのだ。
それにしても、どうしてギロは気づいてくれたのだろう。僕は言われるまで自分の力の不調に気づかなかった。
整える作業はすぐに終わってしまったから、暇だ。
ギロの気配は自室にある。
部屋を出るなとは言われていないので、ギロの部屋まで行った。
「ラウト様はご自分で気づかなかったのですか?」
ギロは「意外だ」という心情を隠さなかった。
「言われて初めて体調良くないなぁって」
僕の返事を聞いたギロは、腕を組んで考え込んでしまった。
「ギロは僕の力を感じ取れるの?」
「はい。ラウト様だけでなく、他の方々のお力は全て。気配とは違うものです。魔族の力かもしれませんね」
他の魔族に聞いてみたいが、会ったら即倒してしまう。今後も聞けそうにない。
ギロは僕をまじまじと見てからふと呟いた。
「精霊には尋ねましたか?」
「精霊……あれ?」
そういえば、精霊の気配を感じない。
精霊たちそれぞれの名前を口にしても、誰も出てきてくれず、返事もなかった。
「精霊が呼べない」
「なんと。お手を少々よろしいですか」
ギロは僕の右手を両手で取り、魔力を流しこんできた。ひんやりとした魔力に背筋がぞくぞくとする。
「精霊は魔族の魔力を嫌うはずなのですが、何の抵抗もありませんね。ラウト様、魔法は使えますか?」
力とともに魔力の流れも整えてある。すぐに、指先に小さな炎を灯すことが出来た。
他の人が使うような、魔力を術式で変換した魔法とは違う、四大精霊の力を使った魔法だ。
「では精霊たちは何か訳あって、一時的にラウト様からいなくなっているのでしょうね」
「訳ってなんだろう」
「私には皆目見当がつきません」
申し訳ない、とギロは頭を下げた。
「ギロが悪いわけじゃないんだから、顔上げて」
後は自分で考えることにして、自分の部屋に戻った。
*****
「これより『ラウトに集う精霊会』、第百二十七回会議を執り行うノム。司会進行は僭越ながらノームが行うノム」
精霊のみが入れる空間に、ラウトを主とする精霊たちが集まっていた。
ちなみに『精霊会』の前の部分は毎回違う。回数も適当だ。司会進行のみ、生真面目なノームしかやりたがらない。
「まずは『ラウトの力が強すぎる問題』ノム」
ノームの背後にスクリーンが降りてきて、そこに映像が映し出される。
ラウトがバルゼンと対峙した際、全ての力を解き放ったシーンだ。
魔王城は人の城に似ているが、造りが全く違う。石材は全て生きた魔物を贄にして組み合わさっており、人の城よりはるかに強固だ。
それをラウトは、ただ力を解き放っただけで崩壊させた。
精霊たちは主の内側からの衝撃になんとか踏みとどまったが、ラウトが気絶したタイミングで全員、ラウトから一旦離れた。
「もう精霊の力を必要としないヌゥ?」
「そんなことはないスプ。マジックバッグを使ってくれてるスプ」
「……レプ」
スプリガンが軽い調子でウンディーヌに応じると、レプラコーンも重々しく頷いた。
「全力を出しただけで気絶しちゃうルー。私達がいなくちゃだめルー」
シルフはふわふわと漂いながら、意見を口にした。
「しかしあの力ヴォ。一旦離れてしまった我らが、近づけるかどうか、ヴォ」
ドモヴォーイが懸念を表明すると、ナーイアスが前足を胸に当てた。
「ただでさえラウトに黙って出てきちゃったネナ。今頃不安になってるネナ」
ナーイアスの訴えに、他の精霊は皆、項垂れた。
「言う暇なかったンダ……」
「あのラウトにもう一度近づくには、どうしたらいいルー? もうラウトの魂以外の場所は考えられないルー」
サラマンダとシルフの嘆きに、これまでほとんど発言しなかったレプラコーンがすっくと後ろ足で立った。
「ラウトは日頃から、『鍛錬』というものをしていたレプ」
「してるネナね。そんな事しなくても世界最強ネナ」
ラウトは精霊たちから、世界最強であると認められていた。
「逆に言えば、鍛錬を欠かさないから最強の座に居続けられているレプ」
「じゃあ、俺たちもやるンダ!」
精霊たちは希望を見つけた、とばかりに次々にしゃんと座り直した。
「では、我らも鍛錬をするということでいいノム?」
「異議なし!」
精霊たちの声が揃った。
「では次に、『鍛錬とはどうしたらいいか』で話し合うノム」
先程までとは一転して、精霊たちは頭を抱えた。
一方その頃、ラウトは精霊たちの心配どおり精霊が居ないことに不安を覚え、いつもより鍛錬の時間を長くしてますます強くなっているのであった。
*****
結局この日、精霊の気配は感じ取れなかった。
魔法は使えるし、マジックバッグや各地に置いてきた防護結界魔法は正常に機能しているようだから、精霊が消えたというわけではなさそうだ。
では何故僕から離れてしまったのか。
精霊に対して気づかないうちに粗相を働いてしまったか、僕の行動の何かに呆れられたのか。考えれば考えるほど消極的な気持ちにしかならない。
いつも通り一時間ほどで済ませるつもりだった鍛錬は、気がついたら三時間以上過ぎていた。半分以上は魔法の練習だ。
これまで、魔法で失敗や威力調整不足が起きても精霊がなんとかしてくれていた。
精霊の力が借りられないと分かった以上、全て自力でやるしかない。
身体中に魔力を循環し、上に向けた右手に水の塊を出現させる。
左手の上には炎を……。
「ラウト、まだやってたの? 夕食できてるわよ」
アイリに声を掛けられると魔力制御はあっさりと乱れ、水と炎はぽしゅん、と情けない音を立てて消えた。
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