15 従者の意志

 翼はレプラコーンの「非実体化の首輪」で見えないが、頭には四本の角が生え、両腕は長く太く伸びて、指に鉤爪を備えている。

 魔族化したギロを初めて見るアイリは、ぽかんと口を開けた。

 それを横目で見たギロは、首輪のパーツをくいっと捻った。首輪の効果を変える仕掛けだ。すると更に、背中に半透明の翼が四枚現れた。

「角どうした? 腕と翼も」

 闇色に染まった肌や瞳は前にも見たが、その時は角は生えておらず、腕の変化もなかった。翼は二枚だったはずだ。

「言いましたでしょう、見苦しいと。自分が魔族であると認め受け入れてから、身体も変わったのです」

 ギロはどこか諦めたような口ぶりだ。

「見苦しくないよ。これから魔物と戦うに対して、そんな失礼なこと考えない」

 あえて「人」と言った僕に、ギロはくしゃりと顔を歪めた。

「では、行ってまいります」

「気をつけてね、ギロ」

 アイリがいつもの調子でギロを送り出すと、ギロも「はい」といつもの調子で返事をして、飛んだ。


 魔族の強さは、以前ギロがストリング村周辺を調査した時に見つけた魔族より少し弱いくらいだろうか。

 向こうは僕たちが会話をしている最中からこちらに気づいていたが、警戒して近寄ってこなかった。

 大抵の魔物は明らかに格上の相手を目にすると逃げ出すが、一部は実力差など気にせず、殺戮衝動のままに襲いかかってくる。

 魔族は自分の強さに誇りのようなものを持っていて、相手が格上などとは認めないとばかりに攻撃を仕掛けてくるパターンが多い。

 今回はそのパターンと少し違って、慎重派のようだ。

 真っ直ぐに向かってきたギロを迎え撃った。

 ばちん、と力同士がぶつかって、周辺に衝撃波が撒き散らされた。僕の練習中の防護結界魔法では心もとなかったので、ドモヴォーイに頼んで結界を張っておいて正解だった。僕のではアイリを守りきれなかっただろう。

「わっ……、凄いわね」

 ギロと魔族は攻撃を撃ち合い続けている。

 衝撃波だけで草木が生い茂り岩でゴツゴツしていた周囲の大地は、ほとんど平らになった。

 隣のアイリを見ると、目を見開いてギロ達の動きを正確に追っていた。

「見えてる?」

「どうにか。ラウト程じゃないもの」

 以前、僕の動きが全く見えないとこぼしたアイリに、見えるよう特訓しようかと提案した。それきり機会がなかなか得られずそのままだったのだけど、この数日魔族たちとの戦いにアイリを連れ回している間に、アイリは段々僕の動きに慣れてきた。

「はっきりとは見えないけれど、ラウトがどこへ動くか予想できるようになってから以前よりはだいぶマシ」

 とのこと。

 僕の動きだけ見慣れるのは良くないかもしれないと考えていたが、杞憂だったようだ。


 ギロと魔族の実力は拮抗している。ギロ本人の申告では「余裕です」という相手のはずだったが、そうは見えない。

 この様子だと、今までもギリギリの相手と戦っていたのだろう。

 ついてきて正解だった。

 でも、手は出さない。


 吹っ飛ばされたギロが、僕たちの近くに着地した。ちぎれた右腕を口で咥えている。

「ギロっ!」

 アイリが結界から出ようとするのを片手で制した。

「いけるんだよな?」

 僕だって痛々しいギロの姿は見ていられない。それ以上に、ギロの矜持を傷つけたくない。

「はい」

「そんな、ラウトっ!」

 ギロが左手で右腕を元の場所に押さえつけると、肉の焦げるような音がして、一瞬で元通りにくっついた。

 何度も見てきた、魔族たちの強力な再生能力だ。ギロにも備わっていた。

「お待たせして申し訳ありません。もうじき終わります」

 それだけ言うと、ギロは再び魔族に立ち向かっていく。

 向こうは腕どころか片足と翼も失くなっていた。本当にすぐ決着しそうだ。

 事実、次のギロの一撃で魔族は核を遺して消滅した。


 結界を解くと、アイリがギロに駆け寄り、回復魔法を掛けはじめた。

「無茶して! 腕以外も重傷じゃない!」

「申し訳ありません」

「こんなことをする理由は?」

 僕が問いかけると、ギロは「お見通しですか」と苦笑した。

「理由?」

 アイリは回復魔法の手を止めないまま、会話に参加してきた。回復魔法を使いながら他のことをするのって、よっぽど器用じゃないと出来ない。少なくとも僕には無理だ。

「僕に黙って無茶してまで、実力が拮抗した魔族と戦い続けてた理由だよ」

 ギロはもう、大切な仲間だ。ひとりでやると決めた戦いに手を出すのは我慢したが、あんなにギリギリのものを見せられては心配になる。

「……お見苦しいと、最初に言いましたよね」

「ああ」

「私の腕はくっつきましたが、相手の手足や翼がどこへ行ったか、です」

 ギロは大きな手で、腹をぽんぽん、と叩く。

「えっ、まさか……」

 回復魔法の光が揺れる。アイリが少しだけ動揺したせいだ。

「自分より強い魔族の力を得ると、強くなれるのです。前に別の魔族が話していたことを実践しています。あ、物理的にその、食事として食べるわけではないですよ。力を取り込むというか、魔力を吸収するというか」

「腹をさするから、僕も勘違いしそうになったよ」

「すみません。力は一度、腹のあたりに溜まるので、つい」

「どうしてそうまでして強くなろうとしているの?」

 アイリは回復魔法を掛け終え、ギロの周囲をぐるりと回って、掛け漏れがないか調べた。アイリが回復魔法を掛け漏らしたことなど一度もないが。

「私はラウト様とアイリ様をお守りしたいのです」

 ギロは人の姿に戻った。金髪で色白で、細い瞳の奥は翠色の、顔だけなら女性と見間違えられる程整った容姿だ。町では男女問わず色んな人に声を掛けられることが多い。

「そのためなら、手段は選びません。ラウト様の相手は魔王です。ならば私も、たったこれだけの労力で力を得られるのなら、やらない手はありません」

「たったこれだけって……ボロボロだったじゃない!」

 とうとうアイリが叫んだ。そして両目からぽろぽろと涙をこぼす。

「アイリ様!?」

「こんなギリギリのことして、何かあったらどうするのよっ! ギロに何かあったらっ!」

 泣き出したアイリを前にギロがオロオロしている。僕はギロの肩をぽん、と叩いた。

「ギロ」

「はいっ!」

 ギロの気持ちはよく分かった。僕とアイリを守りたいと思ってくれるのは、大変嬉しい。

 強くなってくれるのも有り難い。僕がアイリの傍を離れざるを得ない時、ギロがいてくれたら安心材料が増える。

 しかし、それとこれとは別だ。

 アイリを心配させて泣かすなんて。

 僕の声色で、僕の怒りが伝わったのか、ギロは真っ青な顔に脂汗を浮かべている。


「謹慎。無期限。城に残って」

「はい……」



 謹慎と言っても、ギロにやってもらうことは沢山ある。

 ユジカル国周辺の魔族たちはほぼ全て倒した。しかし大陸全土で見ると、まだまだいる。

 ギロには、ギロより少しでも強い魔族たちにだけ注意を払ってもらい、そいつらが人里に近づいてきたら連絡用マジックバッグで僕に知らせてもらうことにした。

 僕とアイリは明日から魔王城を目指す。ユジカル国の大臣にそう伝えると、国王との謁見の場が設けられた。

 周辺に魔族が多すぎて慌てて討伐を始めたから、これまで国王に会う時間がなかったのだ。

 事情が事情だけあるのと、国王が「構わない」と仰ったそうで、僕たち三人はほぼいつもの格好のまま、謁見に臨んだ。


 僕は、お姿を視界に入れないよう頭を下げ、許しが出るまで口を利いてはいけないというのが王族に対する世界共通の礼儀だと教わった。

 今回もそのようにするつもりで謁見の間へ入室したのに、ユジカル国王は僕たちが来る前から謁見の間にいて、しかも玉座に座っていなかった。

「きみが勇者ラウトか。もっと精悍な顔つきの猛々しい男を想像しておったのに、なんとも眉目秀麗な美男子じゃないか」

 気さくに話しかけてくるおっさんがいるなと思ったら王様だった。

 僕は「あ、はい」としか言えず呆然としてしまった。王様に対してこんな態度を取ったら即刻怒られ、場合によっては罰せられるのだが、お咎めはなかった。

「陛下、ラウト殿が戸惑っていらっしゃいます」

 王様と同じ五十代に見える宰相が「仕方ないな」という顔で王様を窘めた。謁見室には僕たちの他に王様と宰相と大臣、そして近衛兵が五名ほどいる。空気は弛緩しきっていて、一国の王と謁見している気がしない。

 この国へ来る前の使者殿や、来てすぐの大臣補佐以下たちのことを思い出す。

 あの雰囲気は何だったんだ。

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