14 華麗なる手のひら返し

「おい、ペオラの町で保護された者の名をもう一度言ってくれ」

 書類を読み上げ終えた騎士さんに、大臣補佐が只ならぬ様子で詰め寄った。

 騎士さんが言われた通りに名を告げると、補佐と補佐代理が顔を覆って膝から崩れ落ちた。

 後で聞いた話によると、この二人は親戚同士とのこと。全く似ていないから気づかなかった。

 そして、保護された人というのもまた、二人の親戚だった。

「彼女を救ってくださってありがとうございます」

「数々のご無礼、大変申し訳ありませんでした」

 態度が豹変した二人は、僕の前で跪いて頭を下げた。以前使者殿が言っていた、許しを請うときのポーズだ。本当にやるんだ。

 更に二人は今回の件の責任を取ると言い出し、その場で職を辞そうとした。

「責任を取ると言うなら辞するよりやることがあるだろう」

 大臣が厳しく言い放つと、二人は立ち上がって僕たちに何度も頭を下げながら、駆け足気味に立ち去った。僕への支援をより強固なものにすると言いながら。

 既に各国から様々な支援を頂いている。これ以上があるのかと、空恐ろしくなった。

「貴方がやっていることは、それだけ価値のあることなのですよ。命の恩人に礼ができないことは、辛いことです」

 大臣に穏やかに諭され、僕も納得して受け取ることにした。


 一方、使者殿は取り残された形になった。

 補佐や補佐代理に仕事を押し付けられたとはいえ、僕にしたことは一種の脅迫だ。

 魔王の居場所を教えることと、僕をこの国に縛り付けることが、等価であるはずがない。

 理不尽な命令を受け、自己判断するしかなかったとしても、酷い独りよがりだ。国の金を使って豪華客船で好き放題したのも問題だった。

 とはいえ僕に「どうしますか?」と訊かれても、「おまかせします」としか言えなかった。

「では、此奴のことはこちらで処理いたします。それで、本題ですが」


 ようやく魔王の居場所を教えてもらえた。

 ここから更に北の、山の向こう側に城を構えているらしい。

「魔王討伐に向かった騎士団一個大隊の半分は、山越えの際の魔物の襲撃や滑落によって命を落としました。山を迂回するルートでは、早馬でも十五日はかかります」

 かなり険しい道のりのようだ。

「わかりました。こちらには、詳しくは話せませんが確実な移動手段があります。僕たちだけで向かいます」

「はい。『詮索はしない』というのが勇者に対する各国の共通認識です。やり方はご自由になさってください」

 精霊のことは共通認識になっていたのか。助かる。

「では早速魔王を、といきたいところなのですが」

 最初に「明日すぐ魔王討伐へ向かって欲しい」と言われたが、そういうわけにはいかなかった。


 馬車の旅の途中、ギロが軽く飛び回って調べた「周辺の魔族・魔王の数」が、尋常じゃなかった。

 倒してきたのは、ほんの一部だ。

 最初の魔王を潰せば魔族たちの増加は止まるが、魔族たちを先に削っておかないと、最初の魔王を倒している間に被害が拡大する恐れがある。


 大臣には、脅威的な魔物が多数いるからそれを討伐してから魔王を倒しに行く、と伝え、了承を得た。


「二手に分かれませんか」

 僕とアイリは二人で、ギロは単独で魔族たちを倒して回ろうと、ギロが提案した。

「うーん……心配だけど、他にいい方法も思いつかない」

 三人で一緒に行動するより、二手に分かれたほうが明らかに効率が良い。

 ギロはいつの間にかかなり強くなっているし、余程強い魔王でなければ遅れを取ることはないだろう。

「私も単独で魔族が倒せたら良かったのに」

 アイリが申し訳無さそうに身を縮こませる。

「それは例え出来てもしなくていい」

「アイリ様はそのままでいてください」

 僕とギロに言い募られたアイリは、むぅ、と頬を膨らませた。

「だって私だけ、何も出来ないじゃない」

「そんな事ないよ。回復魔法を頼りにしてる」

 僕は日頃、剣の鍛錬以外に魔法の練習もしている。攻撃、補助、空間は割りとすんなり形になったが、回復魔法は魔力の無駄が多い。一度使うと、全身に疲労感が出るほどだ。

「アイリ様、ちょっと」

 ギロが僕から少し離れたところでアイリを手招きした。

 ギロとアイリの二人で何事か話をして、戻ってくる。

「何? 何の話?」

「ええと、私、ラウトの邪魔にならないように頑張るから。よろしくね」

 アイリは顔を紅潮させて気合を入れた。

「ギロ、アイリに何を言ったの?」

「少々説得させていただいただけです」

 どうあっても教えてくれそうにないので、気にはなるが問い詰めないことにした。




*****




 アイリは自信を失いかけていた。

 勇者であるラウトはともかく、ギロですら、魔族や魔王に対抗できる強さを持ったというのに、自分は回復魔法くらいしか得意なものがない。

 ラウトは怪我をする事自体稀になっていて、回復魔法が役立つ機会は激減していた。

 自分がラウトの横にいる意味はなんだろうか。

 そんなアイリの葛藤を、つい先日まで似たような葛藤を抱えていたギロは見抜いていた。


「何? ギロ」

 ギロは役に立てないと思い込み気を病んでいたアイリを、部屋の隅に呼んだ。

「アイリ様。もし貴女に何かあったら、ラウト様は世を儚んで、勇者であることを辞めてしまうでしょう」

「魔王どころか魔物も倒さなくなるってこと?」

「ええ、私が見る限り、そう思います。ですから、ラウト様と共に行動してください。貴女が無事でいることが、ラウト様の原動力です」

 ギロの話は真実に近かった。

 仮にアイリになにかあった場合、ラウトは魔物や魔族を世界中から殲滅するべく戦い、魔王も全て討伐する道を選ぶ。

 しかし戦い方は無茶になり、自分や周囲を大事にしなくなってしまう。

 アイリがいてこそ、いまの強さが有ると言っても過言ではないのだ。

「私、そんな」

「信じてください。私とお二人との付き合いはまだ短いですが、ラウト様の人となりは把握しているつもりです」

「……うん、わかった」

 くよくよ悩んでいても仕方がない。気を取り直したアイリは、自分にできることを精一杯やろうと、心に決めたのだった。




*****




 サート大陸滞在中はユジカル国内のどこかの町の宿を使うつもりだったが、僕たちが案内されたお城の貴賓室をメインの拠点として使えることになった。大臣以下の方たちが方々に手を回し、僕が勇者であることを伏せた上で「重要な客人」として扱うことに誰からも異議が出ない状態に持っていったとか。

 この国の人は、一度恩義を感じた相手に尽くす性質があるようで、大臣補佐と代理は件の親戚の無事を確認すると、再び僕の前に現れて止める間もなく平伏した。

「国の要職に就いているからと驕っていた自分が恥ずかしい。他にご要望があれば、最大限叶えます」

「魔王討伐に関することでなくても構いません。なんなりと仰ってください」

 初対面のときの態度が嘘のような二人に、僕は「とりあえず顔上げてください。今のところ、特に要望はないです」と伝えておいた。

「ああまで綺麗に手のひらを返されるのも、戸惑っちゃうわね」

 アイリが後に、こっそりぼやいていた。


 翌日、早速二手に分かれて、魔族や魔王を倒して回った。

 機動力と索敵に優れたギロは、馬車で通らなかったところで倒せそうな魔族を重点的に探して討伐する。

 僕とアイリはギロに教えてもらった場所へシルフやドモヴォーイの助力を使って移動し、ギロでは手に負えないやつを相手にする。

 僕たちは一日に多くて十箇所回るのが限界だったが、ギロの方は毎日その倍近く討伐していた。

「無理していないか?」

 三日目に一旦城へ引き上げた時、ギロは全身傷跡だらけだった。怪我自体は回復ポーションで治してあったが、装備はボロボロだ。

「平気です、魔族同士の距離が近ければもっといけるのですが」

 返事は余裕ぶっていたが、やはり心配になる。

「一度、戦いぶりが見たい」

 僕の提案に、ギロは渋った。

「ですが……お見苦しいですよ」

「戦いなんて見苦しいものだよ」

「そうかしら。ラウトはいつも一撃必殺で……」

「アイリちょっと黙ってて。……とにかく、無理してないか確認がしたい。命令だ」

 ギロは困ったように苦笑いを浮かべていたが、僕が「命令」を行使すると、素直に承諾した。

「畏まりました。では明日はこちらへ……」



 翌日。朝食の後、早速三人で魔族のもとへ向かった。

 近場の魔族は全て討伐してあるから、ギロの機動力や精霊の助力を持ってしても、片道だけで一時間以上かかった。

「あそこですね。……では、失礼して」

 ギロが力を解き放つ。

 以前見た時よりも、随分と禍々しい姿を現した。

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