海鳴りと消失

デミ

第1話

 

 海鳴りが聴こえる。


 心が震うほど低い唸りを響かせ、爆ぜるような音で崩れていく。あお白妙しろたえに染まりきってしまうほど、激しく波を打ちつける。波は波を連れ、地上を海に還すために大地を削りとり、着々と範囲を拡げていた。



 海は死と生をつかさどり、生命に様々な恩恵を授けている。生きとし生けるもの全てが言わば、「海の子」なのだ。海に生まれ海に死ぬ。


 人は水だった。植物は水だった。魚も獣も、すべてが水だった。水以外になろうとしたものは滅びゆく。皆は水を求め、その形を留めようとする。れは呪縛、あるいは逃れられぬ運命そのものだった。



 海は人間にとっての神のようなもので、水と心を通わす事は禁忌とされていた。破った者は村の柱に吊るされ、長く険しい一年を過ごすこととなる。


 人は海を崇めたてまつった。十年に一度、海を讃える祭りが開かれ、そこでは、一人の大人にも満たない子供が神のお告げによって生贄として海の底のほこらに捧げられる。



 選ばれたのは、十八歳の少女だった。



  波が揺れる。そして一筋の光が水面に差し込む。

 その光は、曉光ぎょうこうだった。

 揺らめく太陽に僕は思う。今日が始まる。祭りが始まってしまうと。



 僕は彼女を救うことができるのだろうか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る