伝記作家が残した日記~炎の獅子と氷の竜と~
大月クマ
作家として、友人として。
これは、とある剣と魔法の国のお話――
この日記をお読みになっているとしたら、わたくし、ビバリー・マクファーデンはもうこの世にはいないのでしょう。
この日記は、誰にも見られないように密かに書いたものです。
告白文といっていいでしょう。人生の締めくくりに書くこととしています。
わたくしはご存じのように、作家としては成功しませんでした。
友人であるマイケル・マーティン=グリーンを主人公として、小説を執筆しました。
彼女と会い、『炎の獅子』の子孫というおとぎ話のような事を聞かされ、それを元に新た書いた冒険小説。
もうひとり『氷の竜』の子孫、キャスリン・マルグルーとの対決と和解。そして、世界を脅かす魔王との対決――
児童文学として出版されました。ですが、残念ながら、ヒットすることもなく、わたくしの作家人生としてはこの1冊のみ。
彼女の魅力をもっと引き出せていたら、そんなことはなかったのかもしれません。
ミッキー様は、『炎の獅子』の試練を受けに行き、帰ってきませんでした。
獅子の神殿なる場所から、姿を消したのです。
わたくしたちを案内した、猫にされたキラ・ヴィジターという魔法使いも混乱していました。『炎の獅子』の力。それに『氷の竜』の力を会得しなければ、彼女は元の姿に戻れないというではありませんか。
何日も待ち続けても、ミッキー様は帰ってくることはありませんでした。
路銀も少なくなったため、一旦、
キティ様は血相を変えて、獅子の神殿に向かいました。しかし、彼女が神殿に来たところで、何も変わることはありませんでした。
「氷の竜の試練を受ければ、何か変化があるかもしれない」
と、キラ・ヴィジターのいうことを信じて、キティ様は竜の神殿に向かいました。
そして、同じように消えてしまったのです。
わたくしと、キラは途方に暮れました。何も出来ることが見いだせなかったのです。
結局、わたくしは故郷に戻り、休業していた診療所をあけ、
その間に書かれた小説が、わたくしの唯一の本。
数年経っても、ふたりは帰ってくることはありませんでした。
気が付けば、キラ・ヴィジターは、猫の姿のまま老衰で亡くなりました。
50年もの前にかけられた変身の魔法は特殊で、ちゃんとした解読方法を用いなければならなかったためです。
可哀想に、彼女は
気が付けば世界も変わりはじめています。
キラ・ヴィジターが『魔王』と呼んでいた王はすでにいません。ですが、海の向こうの国、ロムラン共和国では選挙で勝利した怪しげな政党が国を掌握し、近隣諸国の脅威となっています。
新たな魔王が誕生しようとしています。
嗚呼……もし、ミッキー様が居てくれたら、妥協策はあったかもしれません。
勇者として、立ち上がっていたかもしれないと思うと、もの悲しい限りです。
※※※
わたくし、ビバリー・マクファーデンは、日記帳の最後のページにこれまで事を書きまとめた。そして、カギをかけて封印した。
もう自分も歳だ。新たに日記帳を買い込んで、付ける気にもなれない。
ドンドンドンドンッ!
忙しなくやたらに扉を叩く音が聞こえる。
――急病人かしら?
「はいはい、どちら様?」
ドアを開けると、わたくしは心臓が止まりそうになった。
「ここは、ビバリー・マクファーデンの診療所か?」
【またいつか……】
伝記作家が残した日記~炎の獅子と氷の竜と~ 大月クマ @smurakam1978
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