1-30 前哨戦
周囲を警戒しながら廊下を進む。
都合のいいことに、城内の警備は薄く、ほとんど人がいないようだった。本来であれば城に入ることが難しいわけで、わざわざ内側を警戒する必要はないということなのだろう。
時折通りすがる使用人たちを避けながら、順調に城内を探索していく。
「おい、見ろ! あれだよ、あれ!」
カジは何かを見つけたらしく、興奮気味に廊下の先を指さす。
「なるほど。確かに金色ですね」
「だから言っただろ?」
そこにあったのは、金色に光る胸像だった。
その胸像はちょうど僕らの進んできた廊下が突き当り、T字路になっている交点部分に置かれていた。
胸元まででもわかるほど筋骨隆々で肩幅の広い大きな肉体と、豊かな髭を蓄えた強面の顔。堀が深く落ち窪んだ目には影が差していて、削り出して作られたであろう黒目のない目玉が不気味にこちらを見下ろしている。
『英雄 ソウハ』
台座にはそう書かれていた。
「ソウハは今からおよそ百年ほど前に、この世界を魔王から救ったとされる英雄です。各地にこうした像が置かれているのを見たことがありますが、こんなにも豪奢なものは初めて見ましたね」
そう言われてみると、世界を救った感のある顔というか、威厳や風格を感じる気がする。
「それにしてもこれはあまりにも品がないというか……。まあ案外本人は面白がって喜ぶかもしれませんが……」
「いいじゃねえか。こんなもん作ってもらえるなら、俺も世界を救ってみるかね」
カジはそんな適当なことを言って笑う。世界を救っても「金ぴかのおっさん」呼ばわりでは忍びないと思うけれど……。
「まずい! 向こうから誰か来ます」
近づいてくる足音に気付き、慌てて柱の陰に身を隠す。ちょうど僕たちが歩いてきた廊下を英雄像に向かって歩いてきているようだった。
「困りましたね……」
僕たちは突き当りを右に曲がった先に隠れているので、相手がこちら側に曲がってきたらすぐに見つかってしまう。何とか二分の一を引き当てるしかない。
足音は二人。武器や防具がこすれるような音は聞こえないので、おそらく衛兵ではなく使用人だろう。
「こっちに来たら、応援を呼ばれる前にやるしかないな」
人数の利もあるし、相手が非戦闘員であれば、カジ一人でもどうにかできるはずだ。しかし、見つかるリスクを避けるためには、なるべく騒ぎは起こしたくない。
足音が近づいてくるにつれ、鼓動が早くなるのを感じる。生唾を飲み込むと、このゴクリという音さえ聞こえてしまうのではないかと不安になる。
「……だよな。こっちも……だってのに」
「仕方ねえさ。所詮、……だから……」
次第に足音だけでなく、二人の話し声も聞き取れるようになってきた。特段気になったわけではなかったが、息を潜めている僕たちには嫌でもその声が耳に入ってくる。
「理由は知らんが、あいつらはすげえ高値で売れるんだとさ。あの姉弟も合わせて四人も国王はご満悦みたいだぜ」
「それにしても、あの嬢ちゃんも弟のためとはいえ、可愛い顔してひどいことしますね。自分の恩人を売り払おうっていうんだから」
「まあ綺麗な姉弟愛じゃねえの。まあ結局、あの王様が約束を守るはずもねえんだから、その愛も無駄なわけだが。せめて自分だけでも逃げちまえばよかったものの、馬鹿な女だよ」
彼らはそのまま僕たちとは逆側に曲がって去っていった。
「……やっぱり、ミレナには理由があったんだね」
「ああ」
「さっきの二人の会話から察するに、弟が人質に取られてる」
「ああ」
「何より、ミレナの方こそ騙されてるんだ」
「ああ」
「ここまで一緒に旅をしてきた彼女の顔は嘘じゃなかった」
「ああ」
「僕はミレナたちを助けたい」
「ああ」
――ごめんなさい。
あのとき、微かに聞こえたミレナの声を思い出した。あれはきっと罪悪感と自責の念、そして、諦めの混じった言葉だった。
「しょうがねえ。世界を救う前哨戦だ。囚われのお姫様を救いに行こうじゃねえか」
先ほどまで恐ろしく見えていた虚空を見つめる英雄像の瞳が、今は何故か僕らを優しく見守っているように感じられた。
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