1-21 実戦訓練

 森の中を進み始めて五日ほどが経過していた。時折、大きな荷物を引いた行商人や旅人たちとすれ違うようになり、少しずつ近くに街の気配を感じつつあった。

「見えました。あれがクロウジアですね」

「なんだ、ありゃ? ずいぶんと大層な城じゃねえか。貧乏な国じゃなかったのか」

「貧しいのは街に住む一般市民だけですね。国王のジルヴェは重税と厳しい法によって圧政を敷いていますが、貴族や資産家たちには特権を与えて優遇し、富の集中が起こっているのです。そのため街の中心部は豪奢な建物が立ち並び、その周囲を貧しい一般市民たちが取り囲むような形となっています。ここから見えているのは、街の中央にある国王城。莫大な資金を投じて建てられたあの城は、巨人の棍棒を耐えうるほど強固で、内部はその美しさを一目見ようと各国から貴族や王族がお忍びで訪れるほど豪華絢爛だそうです。さらに、至る所に国宝級の芸術品が飾られているんだとか」

「とりあえずその国王が下品な奴ってことはよくわかった」

 まだ街までは馬車で丸一日ほどかかる距離だったが、それでも大きく見えるほど立派な城だった。太陽の光を浴びて鮮やかな色を放つ尖塔が、青い空に向かって真っすぐ伸びている。ずいぶんと高い位置に建てられているからか、城の上部が森の中を進む僕たちを覗き込んでいるように見えた。

「あれ、街はこのまま真っすぐじゃないの?」

 目の前に佇む城に向かって一本道が続いているにもかかわらず、馬車は木々の途切れた小さな横道に入っていった。

「ええ。本当は真っすぐ行く方が近道なのですが、先日大雨が降ったせいでこの先の道がぬかるんでいて、馬車で通るにはかえって時間がかかってしまうようです。少し回り道にはなりますが、こちらの道を進めば街の西側に出られます」

 どうやらいつの間にか、すれ違った行商人たちと情報交換をしていたらしい。その抜かりなさに思わず感心する。

「こちらのルートは山道を通るので少し入り組んでいますが、本来は東側にある正門を出てそのまま真っすぐ進んでいけば、ウェルデンまで帰ることができますよ。帰る頃には道も戻っているでしょうから、そちらから帰るのがよいかと」

「あれ、俺たちがウェルデンから来たこと言ってたっけか?」

「見ればわかりますよ。商人は目利きが命ですから」

 帰りはフェルの道案内もなくなってしまうし、僕もカジもあまり地図を読むのが得意ではないので、一本道で帰れるのはありがたかった。

 それにこういう山道は色々危険がありそうだ。たとえば、盗賊に襲われたり……。

「兄ちゃんたち、ちょいと止まりな」

 突然行く手を阻む男たちが現れ、フェルが馬車を止めた。

「ここいらは俺たちバルバッジョファミリーのナワバリでね。悪いが、この先を通りたかったら、通行料をいただかなきゃならんのよ」

 リーダー格らしき男がこれ見よがしに短刀をちらつかせながら、そう言って汚らしい笑みを見せる。

 その男たちは髭面の男を中心とした三人組で、薄汚れた革の鎧に身を包んだ盗賊然とした姿をしていた。テンプレのような言動も相まって、もはや滑稽に見える。

「危ないですから、下がっていてください」

 フェルは僕たちをかばうようにして前に出る。

「私たちはしがない商人と旅人でして、金目のものもたいして持っていません。ただこの先の街まで行きたいだけで、皆さんの邪魔をするつもりもありませんから、どうか穏便に通してはくれませんか……」

「おいおい、俺の言葉が聞こえなかったのか? 通行料だよ、通行料を寄越せば通してやるって言ってんだ」

「通行料……ちなみにいかほどで?」

「そうだな……。あんたらは特別に、有り金全部置いていけば許してやるよ」

 下品な声で笑うその姿は、完全に話し合いなど成り立たないことを示していた。もちろんお金を置いていくわけにもいかないので、どうやらここは強引に通るしかなさそうだった。

「あームカついてきた。ちょっとぶん殴ってくるわ」

 カジは我慢の限界だというように、武器を手に取って前に出ようとする。しかし、それを隣にいたミレナが制止した。

「ちょっと待って。あいつらが相手なら、ちょうどいい実戦訓練になるはず」

 どうやらミレナは僕の訓練の相手として、あの盗賊たちを使おうとしているようだった。

「できるわよね?」

「まあ、たぶん……?」

 まだ『唯能』の使い方には自信がなかったが、目の前の相手に恐怖は感じなかった。あれなら普段相手にしている野生の魔物たちの方が恐ろしい。それに、訓練中のミレナと比べたら、大抵のものは怖く感じなくなっていた。

「こそこそ何喋ってんだ? 金を出す気がねえってんなら、痛い目見ることになるぜ」

 髭の男が手に持った短刀を振りかざしながら、一番前にいるフェルに向かって飛びかかってきた。

「《あらしのよるに》」

 まずはフェルを助けねば、と《あらしのよるに》を『創作』する。

 黒く大きな体躯に、きらめく銀色の爪と牙。闇に紛れて敵を窺い、さながら嵐のように激しく一瞬で敵を砕く。臆病な僕にぴったりの、臆病な相棒だった。

 細かく創り込んだ設定を『外部記憶手記』に書き出し、ミレナとの特訓を経て、今ではかなり安定して召喚できるようになっていた。状況次第で時間は変わるが、通常時であれば三十分ほどは余裕で顕現させることができる。大きなダメージを与えられたり、自分の脳の処理が追い付かないような事態が起こると消えてしまうが、そもそもそんな相手には僕では太刀打ちできないだろう。

 能力はおおまかに二つ。真っ黒い靄のようなものを身体から放出し、それを煙幕のように使って自分の姿を眩ませる能力。そして、自分の出した靄や、影や暗闇の中に潜み、相手に魔力や気配を感知できなくさせる能力。つまりは闇に潜んでじっくりと好機を狙うのが主な戦闘スタイルとなる。

 パワーは僕やミレナよりはあるが、カジと押し合えば負けるくらい。ただ、スピードは一級品で、暗闇の中を駆ける最高速度は音速に匹敵する。

 フェルに襲いかかる盗賊の横をすり抜け、気付かれぬように短刀だけを奪い去る。そのまま後ろに構えていた部下二人からも武器を奪い、そのまま木の陰に身をひそめた。

「あ、なんだぁ?」

 手に持っていたはずの刀がなくなったことに気付き、辺りをきょろきょろと見回す。彼らには《あらしのよるに》の姿は全く見えていないようだった。

 そのまま気配を消して、ゆっくりと後ろにいる部下二人に近づく。真後ろに回ったところで、相手を驚かせるように思い切り遠吠えを聞かせる。

「後ろだと!?」

 二人が驚いて振り返った瞬間に、僕は彼らの方に縄を投げる。《あらしのよるに》がその縄を見事キャッチすると、それを咥えたまま勢いよく二人の周りを駆けまわった。

「やるじゃない」

 縄で縛られて身動きの取れなくなった部下たちを尻目に、髭の男はすっかり呆気に取られている様子だった。

 今度は敢えて気配を消さず、威圧感を全面に出して彼に向かって真っすぐ突進する。

「や、やめてくれ!」

 真っ黒い体躯に銀色の牙だけがきらりと光る。そして、彼の顔面に大きく開いた口が襲いかかる。

 ――がぶり。

 寸止めで攻撃を止めたなのに、髭の男は恐怖ですっかり気を失っているようだった。その顔を見下ろしながら、手で作った狼を顔の前に近づけてみる。目は完全に白目を剝いていて、これではしばらく目を覚ましそうになかった。

 縛り上げた部下二人も意気消沈した様子で、こちらが視線を向けただけで怯えている。

「こんな不甲斐ない連中がよく盗賊なんかできたものね」

「まあ、この辺りはあまり旅人が来るようなところでもないですから、戦闘能力のない商人たちを相手に稼いでいたんでしょう」

「今回は俺たちに出くわしちまったのが運の尽きだったな」

 悪人とはいえ、勝手に裁くわけにもいかないので、とりあえず武器の類をすべて没収して、その場に置いていくことにした。本来ならば、次の街で衛兵に引き渡すのがよいそうだが、三人連れていくとなると物理的に難しかった。

「それに、そもそもクロウジアでは無理な話ね」

 どうやら街自体の治安が悪いため、街の外で暴れている荒くれ者を取り締まるほどの余裕がないらしい。だから街の近くだというのに、こんな風に盗賊が幅を利かせているということなのだろう。

「そんなにひどい状態なの?」

「ええ。……行けばわかるわ」

 そう答えるミレナの顔は、どこかひどく苦しそうな表情に見えた。

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