1-17 袖振り合うもなんとやら

 今日の夕食は昼間にカジが獲ってきた鳥を中心とした料理だった。蒸したムネ肉を使ったヘルシーなサラダに、鳥の出汁を濃縮したスープ、メインは皮がパリパリに焼かれた骨付鳥。料理担当であるフェルが作る料理は、旅先で食べるものとは思えないクオリティだった。

 鳥と言っても、今日獲れたのは体長三メートルはありそうな怪鳥で、カジに担がれてだらんとした足からは魔物らしい紫色の血が滴っていた。正直、その姿を見たときは食欲が湧かなかったが、こうして料理として出されてしまえば、そんなことはすっかり忘れてしまう。

 見た目からして大味なのかと思いきや、調理後も意外に鳥の風味をしっかりと残っていた。後味に残るジビエのような独特の臭みがいいアクセントとなって食欲を刺激する。流石に筋肉質なのか少し繊維を感じるが、弾力のある歯ごたえが癖になりそうだった。

「そういえば、お前らはいつまでここにいるつもりなんだ?」

 食事を終えたところで、カジがそんな風に話を切り出す。

「俺たちは当てもなくうろついてただけだからいいけど、フェルとミレナはそういうわけでもないだろう? 俺もエトも身体はだいぶ良くなったわけだし、いつまでも引き留めてちゃ悪いと思ってな」

 確かに、何も考えずミレナに魔法を教わったりしていたが、彼女からしたらただ働きもいいところだ。助けた恩ならばもう十分に返してもらっているし、そもそもフェルに至っては僕の方が恩返しをしなくてはいけない立場だ。せっかく仲良くなったから寂しくはあるけれど、ちょうどいい頃合いなのかもしれない。

「そうですね。私は元々気ままな根無し草なので、別に急いて行く当てもないのですが、一応この先にあるグラットという街を目指していたところでした」

 グラットはウェルデンの南西にある小都市で、主に農耕を中心とした産業が栄えている。フェルはグラットで仕入れた穀物をウェルデンへと運び、代わりに仕入れた加工食品や調度品などを売りに戻るところだったらしい。

「ミレナはどうなんだ?」

「私は……」

 カジに問われ、ミレナは少し何かを躊躇するように口ごもる。

「実は、クロウジアに行く途中だったの」

 そして、彼女は目を伏せながら、気まずそうに答えた。

「クロウジアって、ずいぶん悪い噂を聞くところだよな?」

「独裁都市クロウジア。ここからちょうど西に進んでいったところにある街ですね。二世代ほど前から領主による独裁制が敷かれていて、厳しい課税や圧政によって、市民はかなり苦しい生活を強いられていると聞きます」

 フェルが詳しい説明を付け足してくれた。ウェルデン周辺は交易が盛んなこともあり、比較的裕福で治安がよいとされている中で、クロウジアは外部との関わりも薄く、悪い評判の絶えないところらしい。

「そんな危ないところに、どうして一人で行こうとしてたんだ?」

「知り合いに頼まれて届け物をするところだったの。危険だとはわかっているのだけれど、どうしても届けなくてはいけなくて……」

「しかし、クロウジア周辺には盗賊も多いと聞きますし、街の中ではよそ者は狙われやすいはず。いくらミレナさんのような実力者と言えど、一人で向かうのは得策ではありませんね」

 この世界ではどんなことが起こるかわからない。突然黒龍に襲われるような事態は稀にしろ、予想外の危険が降りかかることは珍しくない。特にこうして街から街へ移動する間は、自分の身を守ることができるのは自分だけ。

 不測の事態が起きてもできるだけ対処できるよう、旅は複数人のパーティーを組んで行うのが基本だ。魔物や盗賊などはもちろんだが、森の中で体調を崩してしまえばそれだけで命に係わる。そうしたときに互いに助け合える仲間が重要なのだ。フェルやミレナのように、当然のように一人で旅をしている方が珍しい。

「まあ、一人で旅をするのには慣れているから」

 ちょうど伏し目がちだったミレナと目が合った。その瞳はどことなく憂いを帯びていて、奥底にある深い悲しみのようなものが垣間見えた。

 余計なお世話だとは思いつつも、彼女のことが心配になる。彼女には目を離すと消えてしまいそうな危うさがあった。

「それなら、僕たちも一緒に行くのはどうかな?」

 袖振り合うもなんとやらだ。ましてや、こうして同じ時間を共有した仲間を放っておくわけにもいかない。僕もカジも行くべきところはないのだから、目的地ができてちょうどいいくらいだ。

「いや、助けてもらった挙句、そこまでしてもらうわけには……」

 ミレナは僕の提案が予想外だったらしく、遠慮する様子を見せる。

「僕としても、クロウジアに行くまでの間で、特訓の続きも見てもらえるし、お互いメリットはあるんじゃないかな。カジはどう?」

「いいんじゃねえの? せっかく黒龍から助けた相手がその辺の盗賊に襲われて死んでも後味悪いしな」

 照れ隠しなのか、カジは身体をのけぞらせてこちらから顔を逸らしていたが、その言葉の裏でミレナのことを心配しているのがわかった。

「なるほど。そうと決まれば、この四人で即席パーティーの完成ですね」

「え? フェルも来るの?」

 唐突に横から仕切り始めるフェルに驚く。てっきり彼は元々の目的地だったというグラットに向かうものかと思っていたが、どうやら僕たちについてくるつもりらしい。

「もちろんですよ。色々と噂の絶えないクロウジアには一度訪れたいと思っていたんです。商人は好奇心の奴隷として働く生き物ですからね」

 正直、事情通らしいフェルがいるのは、旅をする上で助かることも多いのでありがたい。

「それでは明日の朝には出発しましょう。夜のうちに各自荷物をまとめておいてください」

 こうしてミレナをクロウジアまで送り届けるという、僕にとっての初クエストが幕を開けたのだった。

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