1-16 いわゆる黒歴史というやつ
というわけで、彼女に教わった召喚魔法の手順に沿って、《エルマー》を呼び出したときのように召喚獣を呼び出せるか試してみる。
召喚魔法においては、呼び出す相手の大きさや魔力量によって難易度や消費する魔力量が変わるらしく、まずはスクワールを呼び出してみることにした。
記憶にあるスクワールの姿を頭に思い浮かべる。このとき、できるだけ具体的にイメージすることが召喚魔法のコツらしい。
「来いっ!」
練り上げた魔力を一気に放出して、視界が真っ白に染まる。
明らかに今までとは違う手応えがあった。今まではただ自分の中から魔力が漏れ出すような感覚だったが、今回はそれが収まるべきところに収まっていく。そして目に見えない容器が満たされたと同時に、視界を覆っていた光が弾ける。
そして全員が見守る先に、一匹の小さな魔物が現れた。
「できた……!」
何もいなかったはずの空間に、確かにスクワールが出現していた。頭の中で思い浮かべていた姿がそのまま実体化して存在している。
「成功みたいね」
ミレナもその召喚獣の姿を確認して、満足げに笑みを浮かべた。
「うおお、やったな! やればできるじゃねえか!」
急に横から衝撃を感じたかと思うと、カジが興奮した様子で僕に飛びついてきた。固くゴツゴツとした身体と生温かい体温を感じてのけぞってしまう。
「ちょっと待って、何かおかしい」
そんな喜びもつかの間、ミレナがそんなことを言いながら召喚されたスクワールの方を指さす。
「おかしいって、何がだ? ちゃんとそこに召喚できてるじゃねえか」
「そう。確かに召喚できているはず」
ミレナは不思議そうな顔を浮かべ、ゆっくりとスクワールの方へと近づいていく。そして、まるで小さな子猫を拾うように、地面に座るその魔物を優しく抱きかけると、こちらに見せるようにして振り返った。
「なんかぬいぐるみみたいだな」
何となく感じた違和感を僕よりも先にカジが言語化してくれた。
大人しい様子でミレナの腕の中に収まる姿は、生き物らしさがないというか……。
「動いてない……?」
「そう。この子、召喚されてから瞬きすらしていない。警戒心が強いスクワールなら、こんな風に抱きかかえられるなんてありえないわ」
しかし、小さな身体に耳を近づけてみると、確かに鼓動の音が聞こえた。どうやら確かに生きているようだ。ただ、こちらが指でつついたりしてみても、全く反応を返す気配がない。
「試しに行動を指示してみてくれる?」
召喚者は自分が召喚した相手に対し、魔力を介して指示を出すことができる。調整次第で完全に操ることもできれば、声を届けるだけで主導権は召喚獣に任せることもでき、その会話を駆使して実践での連携を取る。
僕はミレナに言われた通り、魔力に声を乗せるイメージで召喚したスクワールに指示を出す。まずは彼女の腕の中を飛び出して、僕の方に近づかせることにした。
しかし、そうして指示を出した途端、スクワールの身体から火花のような魔力が飛び散って、そのまま宙に溶けるようにその姿が消えてしまった。
「どうして……?」
「魔力切れというわけでもなさそうだから、何かしら『唯能』の条件に違反してしまったんだと思うわ。予想した通り、仕組み自体は召喚魔法に近いみたいだけど、もう少し色々試してみる必要がありそうね」
ようやく一歩前進できたものの、この『唯能』を扱えるようになるにはまだ先は長そうだった。とにかくここからは色んなパターンや条件を試してみて、能力の特性を理解していく。
「楽しくなりそうね」
何故かミレナは嬉しそうに笑う。どうやら彼女はこうやって魔法の仕組みを自力で解読していくのが好きなようだ。妙に魔法の成り立ちについても詳しかったことなども考えると、魔法オタク的な気質があるのだろう。
火のついた彼女のスパルタ指導が再開し、 そこから何度か試していくうちに、徐々に自分の持つ『唯能』の特性がわかってきた。
まず《創作者》の能力では、自分が具体的に想像できる者しか呼び出すことができない。想像したものを具現化する能力と言われるくらいだから、何でも呼び出せてしまうのかと思ったが、どうもそんなに便利な能力ではないらしい。
最初に試したスクワールの場合は、何度も対峙したり図鑑で見たことで、ある程度鮮明にその姿形を頭に浮かべることができた。しかし、少し見かけただけの魔物など、ぼんやりとしか想像できないものは上手く呼び出すことができなかった。
さらに、ただ姿形をトレースするだけでは、動かない生きたぬいぐるみを創り出すに過ぎない。召喚したあとにきちんと動かすためには、どうやら呼び出す段階でその動き方をするのかといったところまで想像してやらないといけないらしい。
記憶にあったスクワールの動きを想像しながら『創作』してやると、ようやくちょこちょこと歩かせることに成功する。しかし、それも長くは続かず、無造作に進んだ挙句、ミレナの足にぶつかった途端、すぐにその存在は弾けて消えてしまった。
「ずいぶん癖の強い能力みたいね」
想像したものを具現化する、というのは、逆に言うと、想像できないものは具現化できない、ということに等しい。だから『創作』をする段階で詳細な設定を付与する必要があり、その設定から外れ、想像できない事態が起きると、すぐに存在が保てなくなってしまうようだった。
「でも待てよ。俺たちを助けてくれたときは、見たこともない竜を呼び出して戦ったんじゃなかったのか?」
カジの言う通り、見たことのある存在すらろくに『創作』することができないのに、完全に想像上の存在が保たれることは考えにくい。実際、何度かそういったことも試してみたが上手くはいかなかった。
ところが、そこで僕はあることに思い至る。
あのときに僕が『創作』した《エルマー》という竜は、確かに僕が想像した存在に違いなかった。ただ一つ違うのは、想像した存在どころか、僕がずっと想像し続けていた存在だったということだ。
「……そうだ。漫画を描いてたことがあるんだ」
すっかり心の奥底にしまい込んでいた記憶がよみがえる。
「漫画って、お前がか?」
「うん。その漫画っていうのが、まさに主人公が竜に乗って戦う話だった」
非力で弱虫な主人公が、竜の力を手に入れて魔王を倒す。そんなありふれた物語を空想し、拙い絵と文章で漫画を描いていたことがあった。竜の名前は好きだった絵本の中から借り受けて、オリジナリティの欠片もない作品だったが、当時の僕はその作品にのめり込んだ。
その中に出てきた竜こそ、《エルマー》だった。
「いわゆる黒歴史というやつね」
ミレナの辛辣な言葉が突き刺さり、急激に恥ずかしさが込み上げてくる。もう十年以上前のことだったが、若気の至りだと割り切ることもできない。何故なら、そのときの熱狂はまだ僕の心の奥底でくすぶっていたから。だからこそ、僕は《エルマー》を『創作』することができた。
「つまり、脳内シミュレーションの練度が高ければ高いほど、細かな状況にも対応ができる存在が出来上がる。黒龍と対峙したときは、黒歴史によるその練度に加えて、極限状態によって疑問を抱く余地もなく、個別の状況への動きをアップデートし続けたから何とかなった、といったところかしら」
訳もわからず無我夢中だったことが、功を奏したということらしい。断崖に張られた一本の細い綱を勢いだけで渡り切ったような、二度と起こりえない奇跡的な状態だったと言える。
「これで『唯能』の大枠が掴めてきたのは僥倖ね。ここからはトライ&エラーで色々試しながら、想像の練度を上げていけばいいわけだから」
「そんな簡単に言われても……」
ミレナはもうゴールは目の前だと言わんばかりだが、僕にはよりゴールまでの道のりの険しさが明確になったようにしか感じられなかった。何より魔力が尽きかけていて、もうへとへとだ。
「盛り上がっているところのようですが、そろそろ夕食にしてはいかがでしょう?」
ちょうどそのタイミングで、エプロン姿のフェルが嬉しい言葉を差し込んでくれた。いつの間にか姿が見えなくなったと思ったら、一人で食事の準備をしてくれていたようだった。
――ぐぅ~~~~~。
賛成の意を示そうと口を開きかけた瞬間に、それを遮るように、獣の唸り声のような低い音が響き渡る。
「そ、そうね。みんなもお腹が空いたころよね」
そう言って、ミレナは誰よりも先に、小屋の方へと足早に去っていった。
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