1-7 はじめてのたたかい
「今日からは少し外に出てみるか」
ウェルデンの街に来て数日が経過し、ようやくこの世界にも慣れてきたので、僕たちは街を出て周辺を散策してみることにした。
街の外は最初に通ってきたあの一本道以外、安全は保障されていない。ただ、当然ながら自己責任のもとでその範囲を外れることは問題ないようで、カジのような常連の客はいつも自由に行動しているそうだ。
魔物を倒したり、素材を集めたりしながら、自分のスキルをレベルアップしていくことも、この旅の楽しみ方の一つだった。
「やっぱり異世界と言ったら、冒険しないと始まらないからな」
彼はそう言って、意気揚々と歩き出す。そこまで無邪気に旅を楽しむことはできなかったが、僕も来た当初よりはだいぶ気持ち的にも余裕が出てきていた。街で買い込んだ装備品で身体が重たくなったことで、幾分か安心感が生まれている。
結局カジと一緒に初期装備を確認したところ、栖原の言っていたようなオプションが追加されているとは思えないようなものばかりだった。そのほとんどが最低プランのもので、一人で冒険に出て魔物を倒していくにはずいぶん心許ない装備だという。
この国で使える通貨も宿代と食事代を考えると装備品を買い足す余裕はなく、カジの好意で必要最低限の装備を買い与えてもらった。
「ん? なんだこれ」
そんな中で、一つだけ僕の持ち物に彼にも見覚えのない道具が入っていた。
「ノート、だよね? それがどうかしたの?」
「いや、一見すると普通のノートだけどさ、妙に魔力が込められてるみたいなんだよ。正直俺も詳しくないからわからないが、おそらく魔道具の一種じゃねえかな」
魔道具とは、職人の手によって特別な魔法をかけられた道具のことで、付与された魔法によって様々な効力を発揮する。物によっては非常に複雑な製造工程を経るものや、高度な魔法と莫大な魔力が必要になるものもあり、希少価値の高いものも多い。
「もしかして、栖原さんが言ってたオプションってこれ?」
この魔道具は『外部記憶手記(メモリア)』と呼ばれるもので、この道具によって記されたことは魔力として変化して保持され、使用者は好きなときにそれを自分の頭の中に呼び出すことができる。つまり自分の記憶に保持しきれない情報や、第三者に伝達したい情報を保存しておく外部デバイスの役割を果たすものだった。
用途としては、魔法の組成などを記して魔法教育に使われたり、後世に何かを伝えるための書物などに使われているらしい。通常の紙とは違い、受け取り手が魔力を込めることで一瞬にしてメモリアにある情報にアクセスできるため、膨大な情報量が必要になる場合に使用されるそうだ。
その使用用途が限られるためかなりマイナーで、カジもその存在を知らず、街の魔道具屋の店主に見せてようやく正体がわかった。
「こいつは良物だな。記憶操作なんて世界中でも両手で数えられるほどしか使える人間がいない。こんなもの作ってるもの好きとなると、俺が知ってる限りは北部のガゼットじいさんくらいだよ」
どうやら価値のあるものだということはわかったものの、これではスライムすら倒すことができない。元の世界ならテスト勉強などに大活躍しそうだが、残念ながらこの世界ではまるで使い物にならなかった。
「在庫処分でもさせられたのかもな」
せめてお金に換えられれればと思ったが、珍しい割には買い取りでも大した値がつかないと言われたので、とりあえずこのまま持っておくことにした。この世界では何が起こるかわからないから、もしかしたらどこかで役に立つ日が来るかもしれない。
そんなわけで全身カジのおごりで組み上がったコーデだったが、なかなか気に入ったものになった。中でも青みの強い緑色の外套は、僕の趣味にぴたりとはまる色とすっきりとしたデザインが気に入って即決だった。
武器はカジの勧めもあって、まずはオーソドックスな片手剣を使ってみることにした。人によって適正や好みが分かれるので、最初のうちは色々なものを試してみるのがいいそうだ。
「意外と軽いんだ……」
この世界では身体能力も向上しているためか、初めて持った剣は見た目よりも軽く感じた。鋭くきらめく刀身を眺めながら、高揚感と恐怖が同時に襲ってくる。学校の調理実習で初めて台所に立って包丁を握ったときのことを思い出した。
「よし、まずはとにかく習うより慣れろ、だな。実際にその辺の雑魚と戦ってみるか」
僕たちは森の中に入ると、早速明らかに弱そうな小さな魔物を見つけた。見た目はリスを二回りくらい大きくし、顔をねずみに近づけたような感じだ。スクワールという魔物で、臆病で逃げ足が速いが、逆に言うと自分より弱いものにしか攻撃しないため、戦闘初心者にはもってこいの相手だった。
「相手に気付かれないように近づいて、一気に剣を振り下ろすんだ。少しでも遅れたらすぐに逃げられちまうから気をつけろよ」
カジに背中を押され、僕は背後からゆっくりと歩み寄っていく。幸い、向こうは拾った餌を食べるのに夢中なようで、こちらに気付く気配はない。
あと二メートルほどのところまで接近したところで、右手に持っていた剣をぐっと握り直す。緊張を落ち着けようと深く息を吸い込むと、鼓動の音が全身に響いているのを感じた。
風が木々を揺らしながら、僕たちの横を勢いよく過ぎ去っていく。その瞬間、森の静寂を切り裂いた音に紛れて、僕は目の前にいる小さな魔物に向かって剣を叩きつけるように振り下ろした。
キンッ! 甲高い金属音が耳を刺したかと思うと、剣が突き刺さった地面から二つに割れた小石がはじけ飛ぶ。
「いない!?」
確かに捉えたはずだったが、剣の先にスクワールの姿はなく、僕の渾身の一撃は地面に小さな穴を開けただけだった。
慌てて顔を上げると、少し離れたところにその姿を見つけた。警戒するように毛を逆立ててこちらを威嚇している。
二撃目を繰り出そうと足を前に踏み出す。しかし、それよりも先に動いたのは相手の方だった。
気が付いたときには、下品に剝き出された前歯が僕の顔に襲いかかってきていた。左手で防御しようとするが、もう間に合わない。
そして頭を突き刺すような痛みが襲い、そのまま押し倒されるように頭から倒れ込んだ。
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