1-4 同行者
他の参加者たちも散り散りになり、僕はどこかもわからない森の中で一人取り残される形になった。
栖原の話を丸きり信じたわけではないが、この状況が普通ではないことは理解していた。とにかく今は少しでも情報が欲しい。異世界であろうがなかろうが、ここが森の中であることには変わりなく、このままこうしていても埒が明かないのは間違いない。他の参加者たちを追って、街に向かうのがよいだろう。
ようやく乱れていた心も落ち着きを取り戻し、行動を開始しようと思い立つ。
先を行った人たちにまだ追いつけるだろうかと顔を上げると、奇跡的にまだその場に残っている人を発見した。どうやら荷物の整理をしているようで、しゃがみ込んでバッグの中身をいじっている。
「すみません」
まずはこの人に声をかけて、あわよくば一緒に行動をしようと考えた。旅は道連れと言うし、一人仲間がいるだけで心強さは段違いだ。それに、もしかするとこの人から話を聞いて状況を把握することもできるかもしれない。
「お、なんだ。ルーキーの少年じゃねえの」
彼は僕の呼びかけに反応して、手を止めてこちらを振り返った。
「俺はカジだお前さん、名前は?」
見た目は三十歳くらいの陽気そうな男で、顎に生やした無精ひげが印象的だった。彼もゴンダと同じように防具のようなものを身に着けていたが、重厚そうだったゴンダの装備とは違い、機能性を重視した動きやすそうな作りになっていた。すぐ横には僕の背丈と同じくらいの斧が横たえてあり、どうやらこれが彼の武器のようだ。
「浮村絵人です」
「おっと。この世界では本名は名乗らないのがセオリーだ。日本人の名前だと不自然だし、そもそもこの世界では苗字を持ってない人が多いからな」
「そ、そうなんですね。それじゃあ、エトと呼んでください」
「おう。俺のこともカジでいいよ。それと、敬語もなしだ。この世界じゃ無礼講が礼儀だからよ」
どうやら気さくな相手で話しやすそうな人だった。
「実は右も左もわからない状況で……」
僕は彼にこれまでの経緯を簡単に説明した。
「そりゃあとんでもない話だな」
真摯に話を聞いてくれた彼は、知らないうちに連れてこられたことに同情してくれたようだった。そして僕たちが今ここにいる状況をかいつまんで説明してくれる。
「まずは信じられないと思うが、栖原が言っていたことは全部本当だよ。俺たちは元いた世界から転移してここにやってきた。そしてここはあらゆる意味で俺たちの世界とは全く違う、まさに『異世界』なのさ」
「具体的にどう違うんですか?」
「敬語」
つい敬語が出てしまうと、いちいち指摘される。これはこれでやりづらかった。
「そうだな。まずはこの世界では、こうやって武器を持つのが当たり前だ。森の中では魔物が出るし、歩いてりゃ盗賊に襲われる。そういうことに自衛しなきゃならないから、みんな武器を持って戦うわけ」
ずいぶん物騒な世界だ。太陽の光が反射する斧の刃を見つめながら、平和な日本を恋しく思う。
「あとはこの世界には魔法って概念もある。火を吹いたり、水を出したり、雷を落とすこともできれば、空を飛んだり、ものを浮かせたり、まあとにかく色んなことができる。誰でも使えるわけではないが、ちょっとした魔法なら大抵の人間は使えるらしい」
「武器に、魔物に、魔法……。まるでファンタジーの世界だ」
「まさにそういうこと。俺たちはそういうありえないファンタジー世界に降り立って、その世界を満喫するっていう究極の非日常を味わうために、こうして高い金を払って旅行に来てるってわけ」
そんなトンデモな旅行を実現しているのが、栖原の『異世界旅行代理店』らしい。彼の言っていた異世界というのは比喩でもなんでもなく、そのままの意味で使われていたということか。
到底信じられる話ではなかったが、こうして目の前で起こっていることは受け入れるしかなかった。嘘だと疑っていても、何かが解決するわけではない。それよりもこの世界に馴染んで早く帰る方法を探すのがよさそうだ。
「とりあえず僕はもう帰りたいんだけど、一体どうしたら……?」
「帰る? 無理だろ、そりゃ。ここはそもそも世界が違うわけだから、飛行機で飛んでくわけにもいかないしな。転移魔法を使えるならともかく、そんなことができるのはあの狐男くらいだろうよ」
要するに、帰るには栖原に頼むほかないらしい。しかし、彼はもうどこかへ消えてしまった。
「せっかく来たんだから、楽しめばいいんじゃねえの? 三十日って言っても、元の世界とは時の流れが違うから、実際は一週間くらいだしな。それともなんか帰らなくちゃいけない用事でもあるのか?」
そう言われると、特に急いで帰らなくてはいけない理由はない。夏休みで大学に行く必要もないし、当然友人と遊ぶ予定なんかも入っていない。
それに三十日と聞くと長いと感じていたが、一週間ならそこまで問題がないような気もしてくる。おそらく一週間なら誰も僕がいなくなったことに気付かないのではないだろうか。いや、三十日でもそれは同じかもしれないが。
「しょうがねえな。じゃあ俺がこの世界を案内してやるからよ。一緒に楽しもうじゃないの」
「そう、だね……」
どんどん流されてしまっている気もするが、もうここまで来たら勢いに任せてしまおう。僕は意を決してこの異世界旅行を思い切り楽しむことにした。
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