日記管理は慎重に

花見川港

日記管理は慎重に

『勇者様と聖女様のご子息の遊び相手という、栄誉ある役目を賜りました。


 勇者様によく似た、この国では珍しい黒髪黒い瞳。幼いながらも凛々しい佇まい。


 少し緊張してしまいます。


 本当に私などがこのような大層な役割についてよかったのでしょうか。』




『どうしましょう。


 今日はあの方とかくれんぼをしたのですが、私は一日かけても見つけることができませんでした。


 帰り際になってようやく出てきてくれたのですが、あの方はあくびをしていて、もしかしたら退屈させてしまったかもしれません。


 もっと精進しないと。


 次はちゃんと時間内に見つけてみせます。』




『どうしましょう。


 もしかしたら私はあの方に避けられているのでしょうか。


 毎日毎日行われるかくれんぼで、私は一向にあの方を見つけることができていません。といいますか、屋敷に向かった時点から隠れられているのはさすがにおかしい気がしてきました。もう何日あの方の姿を見ていないことか。いつもお茶を用意してくれる使用人たちの目が心なしか憐れみが……。


 ああ、私はどうしたら。』




『ついにやったわ!


 初めてあの方を見つけて、捕まえることができた!


 それにお名前で呼んでいいと許可までくださった!


 護衛も巻き込んで特訓したかいがありました。


 ドレスが汚れてしまって侍女長を卒倒させてしまったけれど、あの方が初めて笑ってくれたのだから、みっともない格好になってしまってちょっと恥ずかしかったけれど、やっぱり嬉しい。


 あの方は勇者様に似ておられるけれど、笑うと目元が聖女様そっくりだった。』




『あの方と出会って八年。


 明日からあの方は国立学園に入学する。寮に入られ、学園は子息しか入れないからしばらく会えない。寂しいけれど、私も明日からは空いた時間にも勉強時間を詰めたので忙しくなる予定だ。デビュタントが近いから、お母様や侍女たちもとても張り切っている。


 あの方が驚くくらい、立派な淑女になってみせます!』




『社交界デビューするには、私は少々適齢期を過ぎてしまっていたみたい。


 今日、久しぶりお茶会を開いて親しい令嬢たちを招いたら、ほとんどのがデビュタントとをすでに終えていてとても驚いた。


 それにしても——ああ、もう!


 どうして私とあの方が婚約関係なんて噂が広まっているのか!


 確かに血縁でもない方の家に貴族の娘が出入りのするのは、一般的には普通ではないけれど。私たちはあくまで友人で、決してそのような関係ではないというのに!


 このことがあの方の耳にも入っていたらどうしましょう……』




『明日はいよいよ宮殿に向かう日。


 平気だと思っていたけど、少し緊張しているみたい。


 今日はもう寝ます。』




『信じられない。


 気づけば三日も経っていて、この日記を開くのもとても久しぶりな感じだわ。


 三日前の舞踏会。私は一生忘れない。


 まさか急にあの方が現れるなんて!


 立派な淑女になって驚かせるつもりだったのに、私の方が驚かせられたわ! あんな登場の仕方ズルい!


 しかも結局、あの方が一曲踊って飽きてしまったから私も一回しか踊れなかった!


 せっかくのデビュタントだったのに、あの方に連れ出されてしまって、お友達ともほとんど話すことができなかったわ。


 それに……私は素敵ですって言葉にしたのに、何も言ってくれなかった……。


 意地悪なのは重々承知ですけれど、少しくらい……』




『あの方にお見合いの話がきたらしい。


 いつかは来るだろうと思ってはいました。


 学園の長期休暇にならないと帰ってこないようなので、まだ先の話だとは思いますが……。


 けれど私もそろそろ考えないといけない。


 以前の噂のような迷惑をかけないように。あの方の邪魔にならないように。』




『離れなくないどうしよう私は——』




『とても綺麗なご令嬢だった。性格も優しそうで、少ししか話していないけれど、あの方が突拍子もない行動も受け入れてくれそうな度量の広さを見た。とてもお似合いだ。彼女ならきっと大丈夫。』




『信じられない! あの方はいつもどうして!


 件のご令嬢とは破談になった。その理由が——ああもうどうしてあんな無礼なことを!


 彼女でダメなら美の女神でないと相手にしないというのですか! 私からすれば彼女こそ美の女神でしたけど!?


 あの方はいつもどうしてあんな人の神経を逆撫でするようなことばかり。学園に通うようになってからますます性格が悪くなっている気がします。


 一度、偵察に行くべきかしら。』




『急にあの方から今度の休みに遊びに来るという連絡があった。いつものことだけれど、すでに決定事項らしい。私にも予定があるのに。』




「『明日お父様に相談しよう。』」


「ク、クォーヤ様返してくださいッ!」


 青年は腕を振りかぶり、日記を遠ざける。


 応接間でイスやテーブルを避けながら二人は駆け回る。


「こんな日記書いてるくせに俺のプロポーズを拒むとはどういう了見だ」


 乙女の顔を鷲掴むという手荒さ。仮にも求婚相手にする態度じゃない。


 ルーティルは顔に張り付いたクォーヤの手を掴んで引き剥がす。


「ですから私ごときがクォーヤ様のつ、つ、妻などとっ! 恐れ多いんですっ!」


「お前の気持ちはわかった」


「そ、それでは」


「関係ないけどな。卒業したら結婚、決定事項だ」


「クォーヤ様!?」


「どうしても嫌だというなら、面と向かって『嫌い』の一言でも言ってみろ」


「そん、なの…………無理ですぅううう」


 追いかける方が負けて、駆け回るのを止める。


 ニヤリと笑いクォーヤはルーティルの肩を支え、膝裏から持ち上げる。横抱きにされたルーティルは真っ赤な顔を手のひらで覆った。

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