第23話、カウントダウン

「 おかしな顔だな…… 」

 サバラスが、床に落ちていた手鏡で、自分の顔を映しながら言った。

 …おかしな顔、と言うよりは、顔か? それ。 頭は異様に変形しているし、ボールペンは突き刺さったままだし、アンテナを抜いた穴はあるし……

 首は、とりあえず瞬間接着剤でくっつけ、つなぎ目は、ガムテープで補強してやった。 見た目が悪いとクレームを入れやがったので、迷彩模様のバンダナを巻いてある。 これで、どうして手足が動くのか全く不明ではあるが、日常生活には支障はないらしい。 摩訶不思議である。 生物学上の常識理念を、完璧に覆している。 それこそ、標本としてとっておきたいぐらいだ。

 星野が尋ねた。

「 星川は、いつになったら元に戻れるんだ? 」

 よくぞ、言ってくれました。 僕も、とにかく早く、元に戻りたい。

( ……あ、忘れていたが、元に戻ったら、朝倉センパイからの告白の返事をしなくてはならなかったんだった…… )

 僕に、好意を寄せてくれるのは嬉しいが、何と言っても、1つ上のセンパイである。 IQだって、差があり過ぎるし……

( どう言って断るか、だな…… )

 忘れかけていた重要課題を思い出し、僕は、憂鬱な気分になった。

 サバラスが、星野に答える。

「 今回、星野クンには迷惑が及ばず、私としても、ホッとしとるよ 」


 ……おい、質問に答えんか。 誰が、感想を述べよと言った?

 お前、ワザと、はぐらかしてんのか……?


 僕は言った。

「 データの補修は、まだ終わらないのかよ 」

 僕の方を向き、サバラスが答える。

「 んん? …ああ、もうちょい待っとけ 」


 ……ナンで僕の時だけ、見下げた言い方しやがんだ、テメーは! もういっぺん、首、ちぎったろうか?


 その時、サバラスの体の中から、クリスタルキングの『 大都会 』が聴こえて来た。 サバラスが、得意そうに言う。

「 着メロをダウンロードしてね。 音質、イイだろう? 」

 ……選曲は、数十年くらい逆行しとるわ。 『 ああ~ ああああ~~~~~ 』が聴こえて来る前に、応答に出ろよ?

 電子手帳のようなモノに応答すると、サバラスが、星野に言った。

「 先程、本部から緊急連絡があった。 どうやら、星川クンの復旧準備が整ったようだ。 ちっ…! 」


 ……おい。 今、『 ちっ 』って言わなかったか? しかも、その情報は、僕に対して報告すべきモノだろうが。 完璧に、僕をナメきっとるな、お前……!


 いちいちムカつくが、どうやら、あと少しの辛抱のようだ。 元に戻ったら、アタマをちぎり直して、フライパンで焼いてやる。 メディアムか、ウエルダン辺りが良いだろう。 レアでは、キモチ悪い……

 星野が、僕に言った。

「 良かったな、星川! 」

 晴れやかな表情だ。 可愛い……!

 僕は答える。

「 ああ。 これで、やっとマトモな生活が出来そうだよ。 ホント、色々と手間を掛けたな 」

 サバラスが言った。

「 ま、とりあえず、手数料が3万25円ほど掛かるが、月末の振込みでいいからね? 」

「 …… 」

 ヌケた事、言ってんじゃねえぞ、キサマ。 手数料だと? ふざけんな! …しかも、ナンで、口座を保有しとる? 更には、25円とか言う、中途半端な数字はナンだ?

 物凄い表情で睨みつける僕に、さすがにビビったのか、サバラスは言った。

「 …あ、割引しとくわ。 1万520円ね 」

「 …… 」

 尚も、親のカタキを見るが如く、睨み付ける僕。 …ホンマ、たいがいにせえよ……?

 サバラスが答える。

「 じゃ、千円 」

「 …… 」

「 800円 」

「 …… 」

「 61円 」

 そのハンパな数字は、ナンじゃい!

「 ええいっ! 大まけして50円だ! これ以上は、まからんぞ! 」

 ……泣けて来るわ。 そこまでして、こだわる理由は何だ?

 僕の心情を理解したのか、サバラスは言った。

「 実は、遠征した場合、その土地の通貨を取得し、労働した証を報告しなくてはならないのだよ。 全く、バカげた話だがね 」

 立派な、取り決めじゃないか。 汗して糧を得るスタンスを、お前も、ちいとは経験せえ。 だが、金はやらんぞ? ビタ一文もな。

 星野が言った。

「 あたしが、代わりに払ってやるよ 」

 星野が、払う必要など無い。 そんなんだったら、僕が払う。

 僕は言った。

「 んじゃ、50円だ。 釈然とせんがな 」

「 毎度~☆ じゃ、始めるかね? 」


 なっ……


 フザけんな! 今すぐかよっ?! 何で、お前は、そう唐突なんだ? いい加減に、そのノリ、やめんか!

 僕は言った。

「 待たんか、コラ! あまりに、急すぎるだろうが! 心の準備ってモンがあるから、明日辺りにだな… こう、ゆっくりと時間をとって… 」

「 10・9・8・7…… 」

 …って、無視かい!

 例によって、またカウンダウンが始まった。

「 6・6・6・6…… 」

 ……しかも、また止まっとるがな。 相変わらず、進歩がないヤツだ。

「 変だな? 」

 ジップブルゾンのような服の内ポケットから、見覚えのある電子手帳みたいな機械を取り出し、確認する。

「 ……え? 」

 サバラスの変形した顔の表情が、一瞬にして青ざめた。 ビジュアル的に、かなり不気味。 何だか、えらく深刻な様子だ。

 僕は尋ねた。

「 ど… どうした? ヤバそうなのか? 」

 サバラスは、機械をポケットに戻し、何食わぬ顔で言った。

「 あ、いや… 何でもない、何でもない! はっはっは! 」

 ウソこけ! 何でもない事あるか! 今の表情、超激ヤバそうだったじゃないか!

 僕は、心配になって言った。

「 よく確かめろ! 今までの経験から言って、ロクな事が… 」

「 20・19・18・17…… 」

 って、また無視かいっ! しかも、10秒増えとる。

「 16・15・14…… あれ?( ぼそっ ) 9・8・7…… 」

 ……おい。 今、あれ? とか言わなかったか……? しかも、5秒、ドコ行った?

 今回も、超ヤバイ予感がする。 先回の時もそうだった。 マトモに成功する感じが、全然しない。 蹴り飛ばして首を取り、強制終了させた方が良さそうだ……!

 僕は言った。

「 ちょ… やめいっ! 絶対に失敗する気がする! 」

「 大丈夫だよ。 50円分のミッションだ。 楽勝だね 」


 ……今、何て言った? テメー、50円分しか、仕事しない気か?


 僕は、のほほんと答えたサバラスの肩に、ポンと手を置き、殺意を込めた表情で睨んだ。

「 ……よおぉォ~~~く分かった…… 後で、覚えとけよ? メッ… チャクチャにしたるでな。 あぁ? 」

 脅しの入った、尋常ではない僕の言い方に、さすがのサバラスもヤバイと感じたらしい。 慌てて、妙な脂汗を変形した額に浮かべながら訂正した。

「 じ… 冗談だよ、冗談! ユーモアが通じない人だねえ、キミは 」

 ユーモア? 本気だったんだろうが、てめえ……! 片腕だけだとか、顔だけだとかよ。 アシュラ男爵じゃあるまいし、頼むからマトモに仕事をしてくれ……!

 星野が言った。

「 サバラス。 しっかりやってくれないと、マズイ事になりかねん。 中途半端に入れ替わった場合、新しく入れ替わった者に、最初から経緯を説明しなくてはならない。 面倒だろう? そんな事は 」

 以前、僕も同じような事を聞いたが、その時、サバラスは、記憶操作が面倒だが、問題ないとヌカしおった記憶がある。

 はたして今回、サバラスは、感心したように言った。

「 なるほど、確かに面倒だ。 う~む…… さすが、星野クンだね。 後々の事まで、ちゃんと視野に入れておる 」

 テメぇ~~~… 相手によって、返答を選んでやがるな? 僕の発言は、問題外ってか……? そもそも、後先を考えていないのは、お前だ。 分からんのか? まあ、分からないからテキトーかましているのだろう。 基本手順を省かず、忠実に職務を履行していれば、ここまで手間は掛からない。 ヤツの場合、カウントを見ていれば一目瞭然である。 いかにも『 テキトーやってます 』と言った、典型的な見本のようだ。

 サバラスは言った。

「 15・14・13…… 」

 …って、おい! 結局、無視か? しかも、ナンで戻るんだよっ! 合計13秒、不明だぞ! やはり、蹴り飛ばすしかないのか?

 僕は、ふとサバラスが、以前に言っていた事を思い出した。


『 入れ替わりは、その者が気に掛けている者に、入れ替わるのではないかと思ってね 』


「 …… 」

 イチかバチか、やってみるしかない。

 このアホは、カウントを止める気はないだろう。 ここまで不安定なカウントでは、今までの経験から言って、まず失敗だ。

( 入れ替わる相手は、僕だ。 僕の事を思うのか…… 僕の事、僕の事……! )

 最近、腹の調子が良くなかったな……

 違う。 そんなんじゃない。 え~と… あ、そうだ。 最近、やたらと臭い屁が出て困るな…… 違う、っちゅうに! 大体、もっと、スカして出さにゃイカンのだ。 …って、違うわ!

( 何で、ヘンな事ばっかり想像するんだ? やっぱ、アホに洗脳されたからか? え~と…… )

 スカすと結構、臭いのが出るらしいな。 いっそ、もっと豪快に… って、ナニ考えてんだ、僕はっ? …いつだったか、街中のショッピングモール内をデート中にスカしてしまい、「 急に、体を動かしたくなっちゃった! 」とか言って、スキップしながらそこいらを走り回り、膝を叩くついでに、お尻の辺りも叩き、『 異臭 』をまき散らしながらゴマかした事があったな。 かすみは、無邪気に笑っていたが… って、そんなコト考えている場合かああぁ~~~~っ!

「 …3・2・1、はい、行ってみよかぁ~! ゴオォー! 」

 終わった。

 もう勝手にしてくれ。


 瞬間、僕の目の前が暗くなった……

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