今井さんはたぶんときどき未来からきてる
まじりモコ
第1話 今井さんは活力のち時々やけど
モブでいたい。モブがいい。その願いの根幹はやはり、私にはモブしか適正がないってこと。
ではモブって結局なんなのか。
モブの役目は教室の背景でガヤをすることであって、際立ったり孤立して目立ったりすることじゃない。だから特別すぎても、劣等生すぎても駄目なんだ。
では何がモブをモブたらしめるのか。
これはあくまで私の持論になるが、それは物語の核心へと近づかないことである。
大切なことには気づかなくて、気づいても近づかない。そうして物語の本筋から遠ざかる。モブに大事なのはそれだ。本筋に関わるなんてモブには荷が重すぎるから、不用意に本筋へ接近すると死ぬタイプのモブになる。見せしめに惨たらしい最期を迎えがち。主要キャラにはやらせられないエグい死にかたしがち。
それはちょっと遠慮したい。とはいえ波乱万丈でドラマチックな人生というのも疲れるから
というわけで生き残るほうのモブ志望な私、どうも
くせっ毛セミロングの黒髪に、平均的な身長。平凡で印象に残らない顔。着崩すでも基準通りでもない着こなしの制服に、通学カバンには小さなキーホルダーを二つほど付け、休み時間を友人とのくだらない世間話に花を咲かせて過ごす。
そんなモブ中のモブなのです。これ以上の役回りなんて、私には荷が勝ちすぎる。良くて観測者くらいがいい。むしろ観察する側でいたい。だって可愛い子とか眺めるの好きだし。これ以上影が濃くなると女の子の絶対領域とかガン見してんのがバレる。訴えられる。たぶん負ける。多額の損害賠償を背負って人生お先真っ暗だ。ガハハハッ笑いごとじゃねぇ。
そんなこんなでモブを貫く私は、絶対に人々を取り巻く物語の核心には近づかないことにしている。
例えば、そう。クラスメイトの今井さんが、ときどき未来の自分と入れ替わっていることに気づいたとしても、だ。
今井さん。
この今井さん、実は私の観察対象の筆頭だったりする。簡単に言えば推し。
今井さんは別にすごく目立つとか、顔が超かわいいとかいうわけじゃない。むしろどのクラスにも一人はいるよね程度の可愛さだ。でもそれが私的には超絶良い。可愛すぎないところがまた可愛い。よくいる女子高生って感じで興奮する。自分の思考回路がおっさん
そんな彼女の異変に気付いているのは、たぶん私だけだ。
ここ一週間、今井さんの様子は時折おかしかった。急に自分の机を間違えたり、友人の名前を呼び間違えたり、つい最近流行りだしたアイドルグループを『懐かしい』と称したり。
とはいえ、普通はそれだけで入れ替わりを疑ったりしない。一見して彼女に変化はないからだ。
ではなぜ私が、今井さんが未来の今井さん──みら井さんと入れ替わっていると気づいたのか。
理由の一つがズバリ、おっぱいのサイズ。
なんと今井さん、みら井さんと入れ替わるとワンカップ成長するのである。具体的に言うと目測DからEへ。最初はもちろん、ちょっと背伸びしてパッドを入れてみたのかな? なんて思った。年頃の娘さんだし、その辺を気にするようになったのかと。けど、よく観察したら違うと分かる。
あの柔らかそうな
まぁこれだけなら、双子の姉妹と入れ替わったとか他の可能性も考えられる。なのに同一人物と断定するのには、ちゃんとした理由があった。
今井さんとみら井さんはなんと、ほくろの位置が一緒だったのだ。
……いや待って。覗きとか盗撮とかじゃない。そんなことしてない。私はモブの名誉にかけて間違っても法に触れることはしないよきっと。
だってほら、私たち同性だし。体育の前とか着替えが同じ部屋で行われるじゃん? 推しが脱いだら自然と視線が引き寄せられるじゃん? 見るじゃん? 背中のほくろの位置とか覚えるじゃん? この流れはもう不可抗力じゃん? はい無罪。
そんなわけで、今井さんとみら井さんはほくろの位置が同じだったのである。しかも三か所。
地震が三か所での観測によって震源を特定するように、人間もほくろの一致三か所をもってして同一人物であると仮定することができるのだ。これを『ほくろ三連星の法則』と言う(言わない)。
そんなこんなで、私の類まれなる観察眼のおかげで『今井さん未来の自分と入れ替わり説』を提唱できたのだ。間違ってたら中二すぎて恥ずかしいから誰にも言ってないけど。
入れ替わりに気づいた理由は、実はもう一つある。これは観察しなくても分かる露骨なやつだ。本来なら私みたいなストーカー気質じゃなくても分かる変化なのだが──
あ、もしかして私が今井さんに嫌われてるのって、実はこの私のねっちょりした視線に気づかれてるせい? でもだったらとっくに私は檻の中だよね。ううん、証拠は残さない派だから敗訴は
こうして私は今日も
ちょうど教室から出てきた女生徒とぶつかりそうになって私はバックステップを踏んだ。
「うわっごめ────げっ、
噂をすれば今井さんである。
御覧、この妹を
「あ、すみません」
「チッ」
加えて鋭い舌打ちですよ。鋭すぎて、反射的に謝罪する私との間の溝がいっきに広がった幻覚まで見えたからね。まぁ今井さんの背中が遠ざかってくのは彼女が速足に立ち去ってったからだけど。
私は廊下の角に消えた今井さんを見送って教室へ入った。友人たちへ簡単に挨拶して席に着く。前の席の子と薄い談笑を交わしつつ、脳内ではさっきの今井さんのことを考えていた。
あれがデフォルトな今井さんの私への態度だ。基本的に明るくムードメーカーと呼べる人気者の今井さんが、どうしてか私に対してだけ異様に冷たい。
さすがに人前で露骨にイジメてくるようなことはないけど、さっきみたいに不意をつくと憎悪が
初めて顔を合わせた一年生の頃からそうだ。嫌われるような心当たりはないし、ましてやまともに話したことすらないはずなのに。
なんかもう、私という存在そのものが彼女にとって価値底値って感じだ。
まあ、可愛い子に強烈な感情を向けられるというのは、それがどういう方向性であろうと楽しめてしまう私なのでむしろウェルカムなわけだけど。普段とのギャップでさらに美味しいし。
そんな今井さんの態度こそ、私が彼女の異変に気付く最初のきっかけであった。
これがみら井さんになると私に対する態度が目に見えて変わるのである。
お、ちょどよく今井さんが戻って来た。都合のいいことにあのパイ圧はみら井さんだ。みら井さんは今井さんのフリをして友人たちの輪に戻っていく。
彼女たちがどこでどうやって入れ替わってるのかは未だに謎だ。ほんの一瞬目を離した瞬間にもう変わってたりするから、もしかしたら
私も友人と会話しながらみら井さんへ
私は気づかったフリをして顔を逸らしたけど、みら井さんの狼狽えっぷりは横目でこっそり観察しても分かるほど。途端に挙動不審になって、人の水筒を倒してしまう。濡れた机を慌ててタオルで拭いて、友人たちからどうしたのなんて
調子を合わせて場を盛り上げつつも、みら井さんはちらりと私のほうを
おいおいおい、なんだその初恋の人にふいに出くわした乙女みたいな反応は。こっちが恥ずかしくなってくるからやめて欲しい。駄目だ、体が
「フイ子ちゃんどうしたの? 顔赤いけど、今日そんなに暑かったっけ?」
「ううん、なんでもない」
「そう?」
笑みで誤魔化せば友人は簡単に信じてしまう。不思議なことに、今井さんの異常に他のクラスメイトは気づいていないようだ。
みら井さんはずっとあの調子だ。あれほど私を嫌悪していた今井さんが、私に対してこんな反応を見せるなんて。
落ち着いてから見返したみら井さんはまだ耳が赤かった。下のほうで指を結んで、先ほどの失態を恥じるように照れ笑いを浮かべている。なんか、ほんと……
「…………
「なに拝んでんの? フイ子ちゃん鼻息荒くてキモいよ」
ほらね? ヘタに関わったら、こっちが火傷するに違いないんだ。
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