日華に手向ける、赤き花束

デミ

第1話

 かじかんだ手で僕は自転車を走らせていた。大雨の中、ずっと。辺りは暗くなっていて電灯も明るいとは言い難く、その光はただ薄暗かった。電灯が近づいてくる度にとめどなく降ってくる雫の数々が姿を露わにする。


 それを見ると、僕は水分を含み重くなったコートのことを思い出す。合羽かっぱを着ていればよかった。コートはもう随分と重くなり、ペダルを漕ぐと蓄積されてきた疲労で足が悲鳴をあげるのがわかる。

 暗闇の中、何も考えずに走っている方が気は楽で、痛みもいずれ気にならなくなる。そう思わないと漕ぐのをやめてしまいそうだったから。


 僕は、右手に着いている壊れた腕時計に目を向けた。時計の針はあの時のまま動いておらず、何故外さずに着けているのか思い出そうと記憶を探ってみたが、自転車をただただ漕ぎ続けることしか僕の頭には浮かばなかった。

 でも、壊れた腕時計を右手にしているのはきっと理由があって、それは必ず思い出さなければいけない大切なことだと思った。

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