イミテーション・イルミネーション

石嶋ユウ

イミテーション・イルミネーション

 白い息が空に舞い上がり、消えてゆく冬の夜空。私とミルクは人一人が入れる程の大荷物を持って、自宅の扉を開いた。この荷物の中身は100クレジットで買った自律人形アンドロイドが入っている。自律人形は大昔に発明された人そっくりに作られた精巧なロボットで、私達の社会では労働力として欠かせない存在の1つだった。 だが、今の私達がこの自律人形に求めているのは、決して労働力なんかではないのだ。 リビングの電気をつけて、上着のコートを脱ぐ。それから、ホットココアを飲んで僕はようやく、荷物の包みを開けた。中には、身長155センチの小柄の女性の形をしたスーツ姿の自律人形が目を閉じて入っていた。ココアを飲み終えたミルクは、人形の姿をじっくりと観察した。彼女に目には感動とも、恐怖とも言えるような、そんな表情を浮かべていた。「ようやく、届いたね」「そうだね。じゃあ、動かすよ」 


 私とミルクは‘彼女’の服をスーツからカジュアルな物に着せ替えた。それから、人形の電源を入れた。機械が動き始めた音と共に人形はその綺麗な目を開いた。「はじめまして。私はZX-22自律型人形です。業務に必要なデータを首筋のメモリポートからメモリを挿入して、登録してください」 私は、事前に用意していたメモリを首筋に挿入する。「データ、入力中……」 抑揚のない、平な声で人形は言った。私とミルクは人形のデータ登録が終わるのを待つしかなかった。「本当にうまく行くのかな」 ミルクが不安げに呟いた。「それを祈るしかないでしょ」 私はそう言うことしか彼女にしてやれなかった。データのロードは続いて、やがて、「ダウンロードが完了しました」という音声と共に一時的に電源が切れて、目をつむった。


 私とミルクはそれを見守った。すぐに自律人形の目が開かれた。「あれ、アミ、ミルク。どうしたのさ?」 その自律人形アンドロイドは不思議そうな顔をして私達を見つめた。声は、さっきの抑揚のない機械的な物から人間味のある、私達にとっては聴き慣れた声に変わった。私とミルクは思わず泣いて‘彼女’を抱きしめた。「リン!」「おかえり、リン!」「え、何よ、急に」 彼女が驚いたようだった。それでも、抱きついた私とミルクの背中に手を触れた。その手からは体温が感じられなかったが、そんなことはどうでもよかった。


「私、病気で動けなくなったはずなのに、どうしてこんなに元気なの?」 リンは自分の顔に手を当てたり、軽くジャンプしたりして、自分の体の具合を確かめていた。「それは、そうだよ。私たちがなんとかしたんだから」 ミルクが言った。ミルクは最先端の医療技術を研究している研究者だ。一方で私も工学には明るい方だ。だからこそ、リンは自律人形アンドロイドとして蘇った。「そうなんだ。2人とも、ありがとうね」 私はそれが彼女の声で聞けただけでも嬉しかった。 


 リンが蘇ってから飲まず食わずで一夜が過ぎた。そこで、私達は久しぶりに全員で大きなショッピングモールへと買い物に出た。時刻が午後の三時を過ぎ買い物が一通り済んだところで私達は食事のできる場所を探していた。「どこへ行こうかな」「あそこがいいな」 リンが指した先には、かつて彼女が行きつけだったイタリアンの店があった。私達はそこで遅めのランチをすることにした。 店の中はそこそこ混んでいて、三人で座れる席を見つけるのに少し時間がかかった。ようやく席を見つけて各々の注文を決めてウェイターさんを呼んだ。「ご注文は?」「ナポリタンを一つと、カルボナーラを一つ。それから、ミートソーススパゲッティを一つください」「かしこまりました」 ウェイターさんは注文を承ってすぐに厨房の方へと戻っていった。リンも手を洗うために手洗い場へと行ってしまった。私とミルクだけが残された席。ふと気になったことがあって、私はミルクの服を引っ張った。「どうしたの?」「そういえば、リンって食べ物は食べられるんだっけ?」「一応。後で、中から回収しないといけないけど」「そっか……」


 そうだった。彼女はもう死んだのだった。今の彼女はあくまで自律人形アンドロイドなのだ。私とミルクが、彼女の死の直前にこっそり脳のデータと体の特徴をスキャンして作った、コピーなのだ。それを改めて思い出してしまった。そんなことを考えていると、目の前にコートを着た男性が現れた。「あなた誰?」 ミルクが男に聞いた。男はぶっきらぼうに内ポケットから手帳を取り出した。「司法局の者です。アミさんとミルクさんのお二方で間違いないですね」 その時、私とミルクは全てを察した。私は椅子に掛けてあったコートを男に投げつけて、ミルクと一緒に走りだした。「待て!」 コートを取り払った男が追いかけてくる。私とミルクは全力で走った。だが、それも虚しく私達は何人かの捜査員に囲まれてしまった。さっきの男が遅れてやってきた。「あなた達は、故人の姿や人格を模したアンドロイドを作った容疑が懸けられています。司法局まで御同行を願います」 私とミルクはおとなしく手を上げて降参した。しかし、遠くの方から叫び声が聞こえてきた。「ちょっとあんた達、この二人に何しようっていうの!」 リンが騒ぎに気づいてやってきてしまった。「リン、来ないで! 逃げて!」 ミルクが駆け寄ろうとするが捜査員に取り押さえられてしまった。私は、どうすることもできずにいた。「私の友達に何をしてるの!」 リンはミルクを取り押さえている捜査員を殴った。すると、今度は二人の捜査員がリンを取り押さえて、背中のポートに機能停止用のチップを差し込んだ。


「リン!」 リンはその場に倒れ込んでしまった。私は慌てて彼女の側へと駆け寄った。「リン、リン、しっかりしてよ!」 私がバカだった。彼女は生きた人間だろうと自律人形アンドロイドだろうと、彼女、リンなのだ。私は彼女のことが大事なのだ。それが、どんな形であろうと。「ごめん、今度こそお別れみたい……」「何を言っているのよ……」「愛してる」 そう言って、彼女は機能を停止した。私はこの悲しみを堪えきれなくなって涙を流した。彼女の亡骸を強く抱きしめながら。


 辺りは夜となって、イルミネーションが点灯を始めていた。白い息が空に浮かんでは消えていく。私とミルクは司法局の車に乗せられて、それを眺めていた。キラキラ、キラキラと光るイルミネーションは私達にとっては場違いだった。だが、その景色はどうしても綺麗だった。

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イミテーション・イルミネーション 石嶋ユウ @Yu_Ishizima

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