第4話 旅館

「あ、あそこだけ開いているみたい」


ユイが指を差している方向を見ると、一軒だけシャッターが閉じていない店舗が見えた。遠目ではわかりづらいが、あそこが旅館で間違いないだろう。


「ここは・・・旅館か」


店の前まで来て、食料品店ではないと分かった5人はガッカリした顔をしている。俺としては予想通りだったから特に思うことはない。

いずれにしても誰かと会わないことには、連絡手段も食べ物もありつけない。まあ、連絡手段についてはおそらくダメだと思うが・・・。


「ごめんくださーい!」


誰もいない旅館のロビーにミクの声が響き渡った。だが少し待っても返事がない。俺も声を掛けようとした時、カウンターの奥の方から女性の声が聞こえてきた。


「はーい」


「今日はお客さん誰もいないって聞いたんだけどなぁ」


茶衣着ちゃいぎの格好をした若い女性の仲居さんがブツブツ独り言を言いながらカウンターの奥から出てきた。


「お待たせして申し訳ございません。いらっしゃいませ。宿泊のご予約をされていましたか?」


「こちらこそ、忙しいところすいません。こんな格好しますけど、宿泊客じゃありません。携帯が繋がらなくて・・・」


申し訳なさそうな顔をしてミクが仲居さんに答える。


「そういうことですか。この村周りの山で電波が届かないらしいんですよ」


「すいませんが、電話貸してもらえませんか?」


今度は仲居さんが申し訳なさそうな顔をする。


「それが・・・山を通っている電話のケーブルっていうんですか。おとといの嵐で切れたらしくて、今は不通なんです」


(一応もっともらしい理由があるのか)


感心している俺をよそに5人は動揺していた。タイキが仲居さんに問いかける。


「そ、それじゃあ電車は?」


「電車ですか?午前中に一本だけですけど・・・」


「なら他に・・・バスとかタクシーは?」


「バスは今日はお休みなんです。タクシーはありません」


5人の顔が項垂うなだれる。ここに残ると知っている俺も少しガッカリした。


「連絡も移動もダメか。・・・どうしようか?」


コウが全員に問いかけた。


「・・・」


皆どう答えたらいいか分からず沈黙したままだ。仲居さんも彼らを見て困惑している。仕方がない。徒歩で脱出するとか言われたら困るから、ここは助け船を出すか。


「仲居さん。急で悪いんだけど、今日泊まれる?」


突然俺から声を掛けられて、驚いた様子の仲居さんが反応する。


「は、はい。今日は誰も泊まっていないので空いてます。ただ、お食事が・・・」


「ああ。さすがに予約じゃないしなぁ。でも何にもないわけじゃないでしょ?」


「それは・・・何かはあると思いますけど、調べて見ないことには・・・」


「・・・」


俺が"この仲居さんは大丈夫か"みたいな顔をしているのがわかったらしく、仲居さんがあわてて話し出した。


「じ、実は叔母の・・・女将おかみの手伝いで数日前から仲居をやってるだけで、ここで働いているわけではないのです。それであまり知らなくて・・・。それと女将さんと料理人ともう1人仲居がいるのですが、今日は全員出払っていて、お客さんもいないからと、私は留守番だけお願いされて・・・今ひとりなんです」


「もしかして君は村の人じゃないの?」


「はい。なので村で携帯が繋がらないのは、私も驚いてます・・・」


納得した俺は仲居さんに頷くと、振り替えって5人を見る。俺と仲居さんの会話を黙って聞いていたようだ。選択肢は無いが一応聞いてみる。


「俺は今日は諦めて泊まろうかと思うんだけど、君らはどうする?」


「どうしようか?」


ユウスケが他の4人を見回す。


「うちらも今日は泊まるしかないんじゃない?」


「そうね」


コウとユイが賛同した。他の2人も頷く。それを見た俺は顔を仲居さんの方に戻した。


「彼らの宿泊もお願いするよ。部屋は・・・」


「別々で」


後ろからユイの声が聞こえた。


「6部屋頼むよ」


「わかりました。皆さんお上がりください。えーと、記帳を・・・」


全員、靴を脱いでロビーに上がった。俺はキャリーバッグの伸びた取っ手を仕舞い、持ち手を変える。仲居さんはカウンターの辺りをキョロキョロと宿帳を探しているが見つからないらしい。


「すいません。あとで記帳のお願いしてもよろしいですか?」


「大丈夫だよ。見つかったら教えて。それと荷物は自分で持つから」


「それではお部屋にご案内しますね」


仲居さんの後ろをついていく。ひとつ頼み事をしないと。


「仲居さん、実は店がどこも閉まってて、昼飯がないんだ。どうにかならない?」


「あ、今夜は村の大切なお祭りがあるらしくて、村総出で準備してるって聞きました。それでお店は閉まっていたと思います。さきほども言いましたが、食材を見てみないと・・・」


「わかってる。何でも構わないよ」


案内された部屋は6畳の畳の和室だった。キャリーバッグを置いたあと、畳の上に座って足を伸ばす。久しぶりの畳だがやっぱり良いな。とりあえず一息つける。

ふと廊下の方で足音が聞こえた。どうやら仲居さんが全員を部屋に案内したあと、急いで食料品を探しに戻ったようだ。


(さて。これからどうするか・・・)


映画の内容だと、大学生5人組がお祭りを見に行って、そこでとんでもないものを目にする。それを発端に騒動が起こり・・・短髪の男子学生が殺される。つまりユウスケだ。まずはこれをどうにかしたいが・・・。

仮に大学生たちを旅館から出さなければどうなる?何も起こらないのだろうか?そもそもそんな事が可能なのか?


(これは映画だと言っても信じるどころか、変人扱いだろうなぁ)


昼飯くらいはここで食べられるだろう。夕食となると・・・。


「祭りの夜店しかないよな・・・」


だめだ、祭りに行かせないようにする理由が見つからない。それならユウスケを殺されないようにするしかない。

俺は上半身を倒し、仰向けになって天井を見つめた。


「どうしよう・・・」






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