第7話 私の決断

「ヴィオラ、君がそんな事をするような女性だなんて、思っていなかった」


苦しそうに、けれど間違いなく、私に侮蔑を孕んだ声で告げる、アレン様。

そのまま背を向けて、『彼女』の元へと歩き出すアレン様を止めようとした私の手は、何にも届きはしなかった。


それは、記憶にある言葉。

星歴786年、9月18日。

このままだと、私は半年後に婚約破棄を告げられる事になる。




自室のベッドの上に、倒れるように寝転んだ。

クレアも、今は傍にいない。……最近は、最低限しか傍にいてくれなくなってしまった。


「……記憶の、通り、ね」


やっぱり、ダメだったかぁ。

泣きたいのに、静かな空気に溶けて消えた声は、あまりにも乾ききったものだった。


これでも、頑張ったんだけど、なぁ。

もう、あんな思いはしたくなかったから。

たくさん、たくさん頑張ったんだ。


リリィ様をいじめていると噂が立たぬよう、極力他の友人と共に過ごした。

1人っきりにならないようにしたし、リリィ様とも関わらないようにした。

学園が終わったら、友人やアレン様と一緒にいられない日は、真っ直ぐに帰宅した。

……前は、挨拶を交わしただけなのに、『嫌味を言われた』と言われてしまった事もあるから。


だから、なるべく私のできる範囲で対策を取ってきた、つもりだった。

……それも全て、無駄だったようだけれど。


それだけ対策をしても、予防線を張っても、何故か『私がリリィ様をいじめている』と皆が口を揃えて言った。

前は勘違いや思い込みかと思っていたけど、今回それは違うと気づいた。



リリィ様が、直接お話をした事のある方が、全て──彼女の味方になっている。



私の友人も、最初は噂を「何を馬鹿げたことを!」と憤ってくれていた。

けれど、リリィ様に話を付けてくるとお話をした途端、「あんな可愛らしい方をいじめるなんて、見損なったわ!」と手のひらを返したように私の事を糾弾した。

両親やクレアもそうだ。

私の言い分を信じてくれていたのに、リリィ様がご両親と共に我が家へと直談判に来た瞬間、態度が一変した。


──『お前をそのような娘に育てた覚えはない!』


そう言って、ぶたれた頬の熱さは、今でも覚えている。


以前は気付かない事だった。驚きと困惑で手一杯で、……そんなことを考える余裕もなかったから。

だから、ある意味『収穫』と言えるだろう。


「……けれど、意味が無いわ」


気づいたところで、私に何が出来ると言うんだろう。

彼女と直接話したことのない使用人は、未だに半信半疑、という対応だけれど……家長である父や母、侍女長であるクレアが私を悪と断定しているからだろう。表立って私の見方をしてくれる方はいない。

他の学園の方もそうだ。遠巻きに見ていて、私が声をかけようとしても逃げられてしまう。

先生たちはもう、みんな『彼女』の味方だ。

……アレン様経由で彼女がご挨拶をしたという、国王御夫妻も、そう。


私は、何も出来なかった。


「………………」


立ち上がり、ベッドサイドのテーブルの、引き出しを開ける。

鍵つけのそれは、『万が一の時』のためにと、我が家に用意されているもの。

公爵家以上の爵位を持つものとして、一定の年齢を迎えたら渡される、『お守り』。


だいたい使われることなく、破棄をされるか次代へと引き継がれるのだけど……高位な身分のものには、どうしても保険が必要なのだ。

最近まで、隣国のハイル帝国とも冷戦状態だったし。


「………何もしなかったのにね」


蓋をあけ、縁をなぞる。

準備は、もう、済んである。

あとはこれを飲み干すだけ。


「……………何もしなかったから、悪かったのよね」


『前』は、何もしなかった。

だから、ああなってしまった。


──なら。

次は、行動をするしかない。



「──……、……………」



煽った『お守り』は、とても甘い香りがした。

最後に呟いた言葉は、音にもならず、私の倒れこむ音に紛れて消えた。




ヴィオラのベッドサイドのテーブルの上。

そこには、上品な便箋に一言『私は何もしていない』の一言だけが、残されていた。


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