第5話 土曜日午後三時からの愛

土曜日午前三時。

姉と私はいつものファミレスで、最後の晩餐ならぬ最後のドルチェを味わっていた。


「姉さん、最後はこれなの?ティラミス。」

「そう。最後にしてようやくドルチェっぽいでしょ?最初からこういうのを選べばよかったのよ。」


確かにそうだ。

むしろこの店にティラミスなんてメニューがあったのか。

最近できたのかもしれない。誰かからドルチェってどういうことだ、とかいう苦情でももらったのかもしれないな。


「美味しい?美雪。」

「甘いし苦い。」

「全くもってその通りね。」


しばしの沈黙が訪れる。

私は食べることもままならないが、姉は髪の毛を耳にかけながら、素知らぬそぶりでティラミスを食べ続ける。

こんな時でさえ、姉は美しい。


私の止まった手を姉はチラリと見た。

そしてこう言い出す。


「知ってた?ティラミスって意味は私を上に引っぱってっていうんですって。これを食べて引っ張り上げてくれたらいいのに。」

「そうだね。」


今日のドルチェの意味はそういうことなのだろうか。

だとしたら姉にしては安易だ。


その後は二人無言で食べ続けた。

そして、最後のファミレスを後にする。

私の姉の間に劇的なことなど昔からなかった。だから、最後になるこのこともさして何も起こらなかった。

感情といえば、もう少し悲しかったり辛かったりするのかと思ったが、ただ無心。わかりやすく言うならば、ただ元気がない。それだけ。


しかし、これで全て終わりになるのか。姉の最後の一手とは何なのだ。

結局、何も考えられなかったのだろうか。

安易なティラミスなど選んで。


「姉さん、今日で最後なのかな?姉さんのマンションで何もかも忘れられるのは。」


いや、違うな。

何もかも忘れるのはこれからだ。

午前三時の秘事は全て何もかも忘れなければならない。

馬鹿みたいだ。

こんなに不毛なことを、汚く胡散臭いファミレスで繋ぎ止めていたなんて。

所詮、二人の愛はそんなものだったのかもしれない。


そう私が思っていると、姉は不可解なことを言い出す。


「今日はもう帰りなさい。」

「え?」

「今日は終わり。このファミレスの話はこれにて終演。」

「姉さん!待って!!終わらせるのは分かってる。でもこんな終わり方。」

「甘くて苦い。」


これか。

姉の言いたいことは。

これだったのか。


姉は寂しそうに笑って私の頬を撫でた。

そういうことは姉の部屋でして欲しい。

これからもずっと。


目に涙をいっぱい溜めていると姉は、しっかりと私を見据えて言う。


「来週の土曜日午後三時に家に迎えに行く。待ってて。私は私たちを引っ張り上げる。」

「どういう・・・。」

「またね。」


そう言うと姉は何も言わずに去っていった。

ただの姉妹としての始まりなのだろうか。

姉の言葉はいつも不可解だ。


そして、期待感など全く無く私は次の土曜日を迎えた。

嫌に日の照りつける午後三時。

姉は約束通り家にやってきた。


「美雪、行きましょう?」

「行くってどこに?ファミレスはもう・・・。」

「私はどうしてこんな簡単な一手を思いつかなかったのかしら。ドルチェのあるまた新しいファミレスを見つければいいの。」


それは何処にあるのだ。

私は姉に疑問を投げかけることもなく彼女の後をついていく。

そして、近くの駅にたどり着いた。


「電車に乗りましょう。」

「切符は何処まで買うの?」

「そんなもの一番安いのを買いなさい。どうせ乗り越しはできるのだから。」


私は姉の言われるがままに一番安い切符を買った。

安いのを買え。

そんな言葉が姉から出るとは。

私も安く見られたものだ。


電車に乗り込むと、姉と二人座った。

何処行きかも見ていない。

姉は昼間から堂々と私と手を繋ぎ出す。

心配して姉を見ると、どうせ誰も私たちのことなんて知らないわ、と言った。


「ねぇ、姉さん。何処に行くの?何処にそんなファミレスなんてあるの?」


すると姉は微笑む。

今日の姉の微笑みは、今まで見た中で一番美しく穏やかだ。


「その一手は考えていない。」

「え?」

「このまま電車に乗り続けたら、何処かにあるでしょう。終着駅までは行かないけど。まぁ、何処かにたどり着くわ。終着駅に行く前に乗り換えましょう。何処かしら線がつながってるから。乗り換えればいいだけ。」

「姉さん・・・。」

「甘くて苦い。引っ張り上げる。変な名前ね。ティラミスって。そんなドルチェの名前なんて食べるには何の意味も持たない気がする。」


そして、私たちは方を寄せ合って電車に乗り続けた。

夕陽が差し込む。

姉と私の影が電車の床に映し出された。それの美しいことといったらない。


何処に行くのだろう。

何処あるのだろう。

姉でさえ分からないのだ。私に分かるわけがない。

でも姉の言うことは正しいので、何かしらあるのだろう。


何処かに。

私たちの愛が続く場所が。


電車はずっと走り続けていた。

次のドルチェを求めて。姉と手を繋ぎながら。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ドルチェは午前三時から 夏目綾 @bestia_0305

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ