第25話
第四章 覇王を継ぐもの
小さな身体で巨大な回廊を駆けているのは、誰もが愛する世継ぎの君。
黄金色の髪を靡かせながら、屈託なく明るさを振りまき、小さな身体で信じられない速度で走っていた。
常人離れした皇家の直系ならではの動きだ。
もう十四、五といった外見だが、年齢的には幼かった。
十四、五に見えるわりに身長が低いのは、彼がまだ本当の成長期を迎えていないせい。
記念の儀式(十歳の誕生日のことで、記念の儀式を済ませれば、この日を以てある程度一人前と見做される。但し成人ではない)にも手が届かない彼は、大人びた外見と比べ、まだ本当に小さな少年なのだ。
成長に関して異端なのは、皇家の直系なのだから、もう宿命のようなものである。
父親の成長が比較的緩やかで、十六、七で成長を終えたことを思うなら、彼は成長の早くて大人びた少年であった。
リュシオンがどちらかといえば、童顔の部類に含まれるのに比べ、その顔だちが凛々しく感じさせ、大人びて見えるのも、実に対照的である。
もちろんリュシオンが、常日頃穏やかな大人びた態度をとっているため、彼が童顔だというのはあまり意識されないが、客観的に見て、彼は絶対に大人びた少年ではない。
青年とも呼べない、未成熟な少年そのままだった。
本来の気性そのままに育っていて、どちらが年下かわからなくなるのは確実だった。
もし今も天真爛漫であったなら、身長さえ逆転すれば、どちらが親かわからなくなるのは確実だった。
それほどリュースは伸びやかに、大人びた成長の段階を踏んでいた。
今はまだ父親には敵わないが、身長が後少し伸び、それに見合った体格に成長できたなら、確実にリュースは父親を越えるだろう。
リュシオンの華奢で線の細い、頼りない身体つきは、同性の目から見れば、頼りない子供に映る。
どれほど均整の取れた肉体を所持していても、しっかりした肉体を誇る同性の間では、幼く頼りなく映るのは仕方がなかった。
彼が常に庇護される位置にいる、不本意な現実はそのせいだった。
もしリュースが父親を越えた体格に成長できれば、それだけでふたりが他人に与える印象は大きく変わるだろう。
それは現在のリュースを見れば、比較的難しいことでもないように思われた。
今でも年齢の近いの年にしか見えないほど、彼は急激に成長している。
例え一般的な成長ができなくても、実の父を越えた体格に成長するのは、すでに約束されているようだった。
父親護りの美貌と頭脳も相まって、彼は今から十二分に異性にモテる。
まあ残念なことに、本人は浮いた噂のひとつもないのに、何故か、同性から羨まれるほどには絶大な人気を誇る父親には遠く及ばないが、大きな声では言えない、リュシオンに関する噂を、息子であるリュースは知っている。
同性の敵とまで形容される、モテすぎる父親が、どんなの噂の種になっているかを。
その気もないのに異性の注目を集め、いらない噂を招く父親をリュースは生粋の『たらし』でははないかと疑っている。
本人には全くそんなつもりがないのに、ほとんど口説いているのと変わらない現状を、無意識に招いてしまうのだ。
リュシオンを直に知った恋人が、急激につれなくなったと嘆く同性は多い。
大抵の男が頑張って対立しても、絶対に太刀打ちできるわけはないのだが、それでも気の毒すぎて、リュースはなにも言えなかった。
そこにいるだけで常に他人の視線を独占するリュシオン。
あれで何故恋人を作らないのか、誰に口説かれても靡かないのか、リュースにしても不思議だった。
宝の持ち腐れのような気がして。
望めば、どんな美女でも手に入るだろうに、頑な姿勢を崩さない父親に、息子としてリュースも疑問は抱いていた。
父親に夜の相手をさせる、一夜の戯れの相手さえいないことを、リュースは薄々知っていた。
真夜中に突然寝室に来訪しても、リュシオンは必ずひとりで夜を過ごしている。
どんなときも慌てることなく息子を迎え入れる。
その手の知識は好奇心も手伝っで、多少は持っていたリュースには、その意味はすべて飲み込めた。
夜を共に過ごす女性など、存在しないのだと。
客観的に見て、これは奇妙すぎた。
普通の男なら夜の相手は求めるものだと聞いている。
それが常識なのだと。
だが、リュシオンにはそれがない。
平然とひとりで夜を過ごす。
これで悪質な噂にならないのは、彼がごく普通に正常な男性であることを、誰もが疑わないからだ。
それは禁欲的なまでに、同性、異性を問わず、靡かない彼の姿勢に現れている。
情事の相手だけではなく、恋を語る恋人すらリュシオンは求めない。
幾らその手の話題に疎い子供でも疑間は抱く。
この現状がリュシオンを巡る噂に、更に拍車をかけていることを
リュースも知っていた。
誰が彼を落とすのかと、失礼な言い方だが、そういう露骨な噂も出ていた。
言い換えればそれだけリュシオンが、禁欲的な姿勢を解きない現実の証明でもある。
誰に申し込まれても、一切、受け入れず、柔らかい笑顔で、それでも呆気ないほど迷いなく拒絶する。
どんな相手なら、彼が動揺するリュシオンに彼の好みすらのか、わからないと悩む声もあった。
未だ若々しい外見を保ち、現実に少年である神帝は、常に恋愛事件の只中に存在する。
そのくせ、当人だけが平然として全く動揺することなく目々を過ごしているのだ。
息子であるリュースが、どこか不自然さを感じさせる父親の、禁欲的では済まない一面に小首を傾げるのも当然の成り行きであった。
彼もすでにそういう感情を理解できないほど子供ではない。
それだけに同性として、父親の不自然さは眼に見えてしまう。
それを指摘しないのも父親に問わないのも、息子として義理の母親など絶対に欲しくなかったからだった。
リュシオンが夜の相手すら求めなければ、絶対に次の妃は現れない。
そうすれば大好きな父親を独占していられる。
この頃のリュースの思考は、常に父親に対する独占欲だけで構成されていた。
他人から見てもわかりすぎるほど、この頃の皇子は、子供だったのである。
「あっ」
回廊を駆けていたリュースは、遠くに幼なじみの顔を見つけ、弾んだ声を上げた。
一気に走る速度を上げ、、どこかに向かっているらしい彼を追いかける。
「ァリステア! 丁度よかった!」
すこし高く響く聞き慣れた声に名を呼ばれ、アリステアが振り向いた。
リュースより、かなり年上に見える、リュシオンと同年代に近い外見の少年であるが、一般人であるため、実はリュースとほぼ同年齢であった。
但し誕生の時期だけを見れば、と、条件は付くが。
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